大久保忠佐に生まれ変わっていたので。
「おい。これやっとけよ」
やってもやっても終わらない仕事。誰にも認められず、名前さえ呼ばれないブラックな会社勤め。
「チッ。俺の名前は「おい」じゃねえっつーの」先輩に投げつけられた書類を拾いながら呟く。
「ああ?お前今何つった?」
ヤベー。呟きが相手に聞こえちゃったみたいだ。すっとぼけようと振り返った瞬間、ものすごい勢いで殴られた。
体ごと吹っ飛んだ拍子にデスクの角に頭をぶつけ、崩れ落ちる体。
あれ…なんか視界が真っ赤に染まっていくんですけど…
遠のく意識の中に見えたのは、床に広がる血溜まりだった。
そして気がつけば1573年。
三方ヶ原の合戦の最中だった。
俺は徳川家康の家臣である大久保忠佐に生まれ変わっていたと気付く。
え〜…めっちゃモブ。それに俺、武田信玄派なんだよね。せっかくなら武田に付きたかった。
でも、大久保忠佐に生まれ変わったには何か意味があるんじゃないかと考えた。
……え?
ちょい待てよ?
三方ヶ原の合戦という事は…家康が信長と組んで信玄に挑んで負けたやつ?
つまりこの後、たぬき親父の脱糞に立ち会えるって事じゃね?
脱糞キターーー!
それに気づいた俺は、ワクワクしながらその時を待つ事にした。
そしてその時まで家康に死なれては困ると、がむしゃらに戦って家康を守った。
でもなんか俺以上に、本多忠勝が奮戦しててジェラシー。
しかし流石は俺の推し、武田信玄。惚れ惚れする戦いっぷりだった。
鬼気迫る武田勢の勢いに恐れ慄いた徳川側はあっという間に大敗。
次々と家臣たちが死んでいく中を逃げ帰る。その恐怖から家康が馬上にて脱糞した。
この戦は、大勢の家臣を無くした上の大敗であった。
這う這うの体で浜松城に着いた時、俺はここぞとばかりに家康に言う。
「殿!一大事でございます!殿の馬の鞍に糞が付いておりました。もしや殿は糞を漏らしておりませぬか?」
目を見開き固まる家康。
ああ、このたぬきの脱糞に立ち会え、それを伝える役目を出来るなんて!転生なんてくだらねえと思っていたが、最高じゃねーか!
早く言え!あのセリフを言ってくれ!
「これは糞ではなく非常用の味噌だ」
リアルに家康の口からそのセリフを聞いた瞬間。
「ブブォーーーっっ!!」
俺は思いっきり吹き出してしまった。
糞を漏らした主君のことを庇う事なく大笑いしてしまった。
ああ、俺また死んだなぁ。「俺」を思い出してまだ数日だけど、いい人生だったなぁ。
大笑いしながらそんな事を考えていた。
するとどうだろう。家康は大笑いする俺と一緒に笑い出した。
「これは味噌だ!」言い張る家康。
「いや違いまする!どう見ても糞です」俺も譲らない。
俺も家康も涙を流しながら大笑いした。
本当は俺は知っている。
この糞味噌話は真偽は不明の伝承に過ぎないと。
だからここにいる俺は本当の「大久保忠佐」ではないし、目の前で大笑いしている徳川家康が本当の「徳川家康」ではないと。
でも俺はこの世界の徳川家康が大好きになっていた。
これからも命をかけて守るべき主君だと。
本物かどうかは関係ない。
俺にとっての主君はこの世界の徳川家康である。
だから命をかけて守る。それだけだ。
月日は流れ、忘れていた記憶が甦る。
家康が言ったとされるあの言葉を、この世界の家康が秀吉の前で言ったと知り俺は泣いた。
我が宝は
我のために
命を投げ出す
家臣なり
ああ、俺、めっちゃモブの大久保忠佐に生まれ変わって良かった。
「たぬき祭り」参加作品になります。
コロンは歴史が苦手なので、基本情報が脳にありません。なので大久保忠佐という人目線が書けたのだと思っています。
たぬき親父と呼ばれるのは糞味噌話のずっと後の事ですが、現代の記憶を待つ主人公目線で書かせていただきました。
物語の中にあるように、糞味噌話は真偽は不明です。
どうぞ生暖かい目で見逃してください★