68 第8章第10話 魂のハーモニー
後、余興やってへんのは、ウチと記誌瑠はんだけやね。まあ、今回はウチの歓迎会さかい、何もやらんでええって言われてるやけど、どうしたもんかなあ~。
それにしても、記誌瑠はんは何をやりはるんやろ?
「さあ、余興もこれで最後になります。いつものように、最後は記誌瑠ちゃんで、締めていただきましょう!」
ああ、司会が博士はんに替わりよったわ。あ、記誌瑠はんが正面に立ちはった。マイクは持ってるけど、さっきとなんも変わったところはあらへんな。服もそのまま、いつものスーツ姿やし。
おや? 何かマイク持つ手が振るえてるやないけ?
「なあ、博士はん? 記誌瑠はん、大丈夫なん? 手が振るえてるやん!」
「ああ、そっか、伽供夜ちゃんは初めてだからなあ。記誌瑠ちゃんは、極度のあがり症でこんな余興なんかの時は、特に緊張するみたいなんだ」
「え? せやかて、さっきまで上手いこと司会してはったやん。香子はんと頑貝はんの実況も上手かったで~」
「あー、あれはな、何度も同じことをしてきたんで慣れたんだわ」
「へえー、じゃあ、香子はんと頑貝はんのバトルも相当繰り返してるんね」
「なんせ、社長は2か月に1回は必ず懇親会をやってるからな。しかも、忘年会と新年会は別にやるんだぞ!」
「そんだけ、やれば慣れるのかもね~」
「ただな、記誌瑠ちゃんの余興は、なかなか慣れないんじゃ。ま、自分が一番目立つからな。それでも、彼女の歌は、最高なんだよ」
へー、記誌瑠はん、歌をうたはるんや。あ、前奏が鳴り出した! この歌、ウチ知ってるわ。この前、アーカイブテレビの歌番組でやっとった。とっても、奇麗な女の人が歌ってた。もうだいぶ前の歌らしけど、地球が青かった頃の思い出らしいわ。
「なあ、まだ、手が振るえてるやん」
「ああ、いつもなら香子ちゃんが、傍に行って励ますんだけど、今日はもう寝てしまったからなあ~」
「よし!……ウチ、支えちゃる!」
記誌瑠はん、小さな声で歌い出したわ。声も振るえてるし……。ウチ、記誌瑠はんの後ろからそっと近づいたの。体をちょっとだけ近づけ、右手を彼女のマイクを持つ手に重ねた。そして、小さな声で「がんばれや」って、ゆうたの。
記誌瑠はん、小さく頷いたわ。そして、少しずつ声も出るようになったの。歌も中盤になってくると、声に張りも出てきたわ。
凄いやん、記誌瑠はん。歌、上手いわ!
サビの頃には、ウチの目も見てくれるようになって、高音のビブラートも掛かるようになったの。
もう大丈夫ね。ウチが、席に戻ろうとした時、記誌瑠はんはマイク越しに支えていたウチの手をもう片方の手で強く握り返してくれたの。そして、「一緒に……」って言ってくれたわ。
2番は、ウチも声を少し出したの。高い記誌瑠はんの声が、部屋中に響いたわ。ウチは、その声を聞きながら、少しだけ低音部をカバーしたの。
2番のサビの頃には、もうウチも思いっきりハーモニーを響かせてしもうてたの。だって、あんまりにも気持ち良かったんだもん。もう、その頃には記誌瑠はんの震えも無くなっていたわ。
3番は、始めっから大サビね。一本のマイクを2人で握って、息を合わせたの。もちろん、お互いに片手で身振りもつけたわ。ホントに気持ち良かった…………。
歌が終わっても、ウチら2人は放心状態だったみたい。会場の大きな拍手で、ふと我に返ったの。
「うっ、うっ、あ、ありがとう、伽供夜さーーん! うわあああああーーーん!」
泣きながら記誌瑠はんが、抱き着いてきたの。もちろん、ウチも泣いてしもうてたわ。
座卓の方を見ると、やっぱりみんなも泣いとったの。ウチが、自分の席に戻ると、みんなが声を掛けてくれたの。
「伽供夜ちゃんのお陰かな、良かったよ~。記誌瑠ちゃんの歌が何倍も素敵に聴こえたよ」
「そうそう、伽供夜君のハーモニー最高だったよ! 君の出し物、良かったよ!」
「お前も、歌、上手いんだな~。今度からは、記誌瑠とデュエット組めばいいんじゃないか?」
博士はんも社長はんも頑貝はんも、手放しで喜んでくれた。寝ている香子はんも、まあ、笑顔なんで良かったかな。
最後に、記誌瑠はんがやってきて、またウチの手を両手で握って言ってくれたの。
「伽供夜さん、ホントにありがとう。伽供夜さんのお陰で、とっても気持ち良く歌えたわ。私、歌が大好きでこの余興もいっつも楽しみなの。でもね、緊張しちゃうんだよね。だから、いつもは香子さん助けてもらってるんだけど、これからは伽供夜さんにもお願いしちゃおうかな? ダメ?」
記誌瑠はん、なんだか笑顔なのよ。とっても嬉しそう。もちろん、ウチだって嬉しかったから、「ウチこそ、お願いね!」って、もう一度抱き合っちゃった!
よし! 後は社長はんだけやね。
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「それでは、みなさま、これで小野宮伽供夜さんの歓迎会 兼 定例懇親会を終了いたします! 帰りは、お気をつけてくださいね」
『きゅるるる……(2次会とかは無いのね)』
「あ、ラビちゃん、起きとったの? 大人しいから、寝てしもうたかと思ったわ。香子はんも寝てるから、いつもこれで終わるそうよ」
『きゅるるる……(じゃあ、家に帰ろうか!)』
ウチは、いつものように、香子はんを背負って、家に帰ろうとしたの。そしたら、記誌瑠はんが傍に来てモジモジし出したの。
「どうしたん?」
「……それ……邪魔にならない?」
「あ、香子はんが、博士はんの余興でもらったクッション?」
「う、うん……もしね、もし、持って帰るのが大変だったら、私にくれないなか?」
「せやかて、これ、香子はんがもろたもんさかいに、ウチが勝手に決められへんわ」
「そっか……やっぱり、ダメだよね」
記誌瑠はん、そないにこのクッションが欲しいんかなあ……。
「なあ、明日じゃダメかな……香子はんな、似たようなものぎょうさん持ってるんよ。だから、このクッション、記誌瑠はんにあげるように聞いてみるわ。たぶん、『いいよ』って言うさかい、そしたら明日会社へ持っていったる。それでええかな?」
「え? ホント! 嬉しいわ、伽供夜さん。ありがとう!」
記誌瑠はんは、嬉しそうに帰っていったの。
すると今度は、社長はんが心配そうに声を掛けてきたわ。
「大丈夫か? 伽供夜君……なんだったら、僕が背負おうか?」
「あ、社長はん……大丈夫ですよ。ウチ、こう見えても力持ちなんよ」
本当は、博士はんが作ってくれた『重力調整器』で、香子はんの重さはなんも感じないんだけどね。
あ! そうだ。いいこと思い付いたわ!
ウチ、香子はんを背負ったまま、社長の目の前で、ちょっとよろけてみたの。
「あ! 危ない! ほら、やっぱり僕が……」
やっぱり、社長はんはウチを正面から受けとめてくれはったの。ウチは、そのまま社長はんに抱きついちゃった! えへっ!
これで、ウチのミッションクリアや!
「ああ、大丈夫ですよ。石につまづいただけですから」
「え? 石? ああ……まあ、気をつけてな……」
確かに月には、多くの石があるやけど、石が剥き出しのところは、ドームの外なんや。ドームの中は、どっこも奇麗になってるさかい、石なんてあらへんわ。
(つづく)
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