6 第1章第5話 竜宮城のドン
昼公演の2回目までは少し時間があるんやね。ウチ、客席の様子が気になって、舞台袖から覗いてみたんよ。後ろの客席は、お客はんが入れ替わっととるわ。まあ、大抵のお客はんはそんなにずっとは見ていやへんと思うけど……。
あ! 乙姫はんが、桟敷席をまわって挨拶してはるわ。しばらくおうてへんけど、元気そうでなによりやわ。
社長はん達にも声かけてはるんや。乙姫はんも商売熱心で豆やからね。あ! なんか博士はん、デレデレしてるんやないか?
「ようこそ、いらっしゃいました。竜宮城、昼公演の1回目、どうでしたか?」
「は、はい、とっても良かったですよ……えっと、あなたが乙姫様ですか?」
「まあ、乙姫様だなんて、わたしなんてただの乙姫家当主ですのよ。乙姫やす子と申します。どうぞ御贔屓に」
「え? 乙姫家? 御当主様なんですか!」
「はい、たかだか30代目でございます。ところで、あなた達は初めてのお方ですか?」
「あ、え、ええ……僕は、海のはずれでタコタコ会社の社長をしてます、タコ社長と申します」
「ワシは、そこの番頭をしてます、イカ博士です」
「まあ、遠いところありがとうございます。ゆっくり楽しんでいってくださいね。……まあ、ゆっくりといっても、できればいい加減なところで切り上げるといいと思いますけど……あちらの方のようにずーーーっといらっしゃるとね~」
なんか社長はんと乙姫はんが話をしてはる。あのいつも優しい乙姫はんが困った顔で横の方を指差してるはる。えっと……横、横……あ、ひょっとして、あれが浦島太郎はんやろか?
「あのー、やす子さん。あちらの方は、ここにずっといらっしゃるんですか?」
「ええ、あの浦島さんにはちょっと御恩がありましてな。うちの若いもんが、お客さんを引っ掛け……あ、えっと、ご案内に外へ出かけた時に、悪い奴らに脅されましてね。そこを助けていただいたんですよ」
「あ、まあ、確かに彼は、助けましたよね。でも、その助けた亀さんって、客引き……あ、お客さんを探しに出てたんだ」
「社長、道理でこの劇場お客がいっぱい入っていると思ったら、そんなカラクリがあったんじゃな~」
「しっ! 博士、あんまり深く詮索しない方がいいよ、僕達も帰れなくなったら大変だからね」
「あ・は・は・は……」
「ところで、やす子さん、そんなに居座ってもらうのが嫌なら、その日の営業が終わったらお引き取りしてもらえばいいじゃないですか?」
「あら、お客さん、なんにも知らないんですね。まあ、初めてだから仕方ありませんか。……ここ、竜宮城の劇場は、閉まらないんです。昼2公演、夜3公演、そして朝は、出演者による握手会とずーっと引き続きなんです。竜宮城に、お休みは無いんですよ」
「そ、そうなんですか! なんてブラックな……」
「そんなことはありませんよ、お客様は一切無料で見続けられるので、逆にホワイトじゃないですか? それに、劇場の出入りは、お客様ご自身の意志でしか行えませんから」
「はー、うーん、それじゃあ、こんなに楽しい場所、浦島さんは帰りたくないのも無理ないか……でも従業員は大変だなあ」
あれれ、社長はん、なんか腕組んで考え込んではるわ。
あ、あっちの浦島はんの席に、誰かが近づいていきよったわ。……頭にサメのお面、上半身は裸にピンクのエプロン……下半身は海水パンツ? なんかキモイけど……やっぱりアレは、頑貝はんやね。間違いないわ。ウエイターに変装したつもりやねんね。
(つづく)
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