44 第6章第5話 公私混同
『……はーーい、どちらさま~?……今、行きますから…………………ガチャ』
あれ? この声、どっかで聞いたことが……。インターフォンが切れ、しばらくしたら会社の正面入り口の扉が開いたの。
「あ、水野博士はん!」
「なんだ、伽供夜ちゃん。いったい、お休みの日にどうしたの?」
「博士はんこそ、お休みの日に会社で何してるの?」
「あー、言ってなかったっけ? 会社の地下にはシャトル倉庫があるって知ってるよね」
「ええ、毎回、そこでシャトルに乗り込んでますからね」
「あそこさ、研究室にもなってるんじゃ。ワシゃ、そこの研究室に住んでるんじゃよ」
「ええ、そうなんですか? じゃあ、いっつも新畑社長と一緒なんやね」
『なーんだ、あんたら、同棲してんの?』
「馬鹿言ってんじゃない、同じ建物だけど、部屋は別だし、お互い干渉しないようにしてるからな…………って、お! ラビちゃん、ちゃんと話せてるじゃないか!」
『うへっ、あんた、ワタチの言葉が分かるの?』
「何を言ってる、ラビちゃんと話せる首輪を作ったのはワシじゃよ! ワシはな、普段から動物の言葉が分かるようにこれを付けてるんじゃよ」
そう言って博士は、自分の耳からワイヤレスイヤホンを取り出して見せてくれたの。
「どうじゃ、伽供夜ちゃん、役に立っておるだろ?」
「うん、博士、どうもありがとうね。さっそく、夕べラビちゃんといっぱい話せたわ!」
「それは良かったのう。……それで、今日はいったい何の用で会社に来たんじゃ?」
「えっとね…………うんとね…………う、う…………」
ウチ、困ってしもうたん。水野博士はんに、本当のことを言おうかどうしようか迷ったんや。すると、ラビちゃんが小声で教えてくれはったのよ。
『カグちゃん、博士に社長のこと聞けばいいんじゃない? 適当に、社長にはお世話になってるからとか言ってさ……』
そやね、きっと博士なら、いろいろ知ってるかも?
「うんとね……ウチ、社長はんにお世話になってるやろ。だから、社長はんにお礼のプレゼントとかしようと思ったの。でもね、社長はん、お休みの日とかどんなことしてはるとか、趣味とか、まったく知らんのよ。それで、今日確かめに来たんだけど…………あ! そうだ! 水野博士、新畑社長のこと教えておくれやす、何でもいいさかい。ね、お願い、博士はん!」
「なんだ、そんなことかい。まあ。社長にはみんな世話になってるから、別にお礼なんてしなくてもいいとは思うけど……ま、気持ちだからな。ワシの知ってることなら、何でも教えるぞ」
「うっわー、嬉しいなあー、ありがとう博士はん!」
『それじゃあさ~、社長のお部屋見せてよ。ワタチ、社長のベッドでピョンピョンしたいなあ~』
「え? ダメよ、ラビちゃん、そんな失礼なことお願いしちゃあ」
ウチ、びっくりしたわ。いきなり、ラビちゃんがそないあつかましいことお願いするなんて。でも、博士はんは、なんだか平気な顔してるわ。
「お安い御用だぞ、ラビちゃん。じゃあ、早速中に入っておくれ」
ウチらは、一階の会社の事務所に案内されたの。そこは、いつもウチらが使っている場所で、事務机が置かれていて、隅っこには大きなソファーセットがあるだけなんよ。
「博士?……えっと、ここは、ウチらが使っている事務所じゃ……」
「そうじゃよ。……ほれ、ここが、社長のベッドじゃ」
『うっそだあー。これは、ワタチでも知ってる、ただのソファーって言うんだよ!』
「あ、いやあー、社長は、いつもここで寝ておるじゃろ?」
「まあ、確かに昼間、特に仕事が無い時は、いつもここで寝てるわね」
「そうじゃろ。しかもな、実は夜もここで寝ておるんじゃ。事務所のテレビを見ながらな」
「ええ? 社長そんなだらしない生活してるんですか?」
「ま、記誌瑠ちゃんには内緒だぞ。テレビの電気代は、会社請求だからな。それに、会社のソファーを私物で使っていることが分かると、記誌瑠ちゃんに叱られるしな」
『わーーい! ピョンピョンピョン……って、違うゥゥゥ! ワタチが見たいのは、社長さんしか使わない部屋が見たいの!』
「え? そうか~? …………じゃあ、ここかな?」
そう言うて博士が案内してくれはったんは、事務所の奥にあるドアの前やったの。博士がそのドアを開けはったら、畳半分ほどの狭い部屋があったの。
その部屋は、窓があらへんの。一面の壁は、何の装飾も無くただ薄いクリーム色の壁紙が張られているだけなんよ。
そこに、ちょこんと置かれた小さな事務机が置かれていたの。そして、事務机の上には、ケーブルでつながれたノートパソコンが一台あるだけ。他には、まったく何にもあらへんへんのよ。
「博士? ここ何? ここが社長はんのお部屋なの?」
「まあ、社長の部屋と言ってもいいと思うんだ。ここはな、人類委員会からのメールを受け取る部屋で、社長以外の人が入ってもパソコンは起動しないんじゃ。だから、この部屋を使うのは、社長だけってことだな~」
『ふーむ……このノートパソコンに繋がっているのは、LANケーブルね。やっぱり、有線しかこっちの月の世界には存在しないって本当なのね!』
「おや、ラビちゃん、機械にも詳しいのかのう」
『馬鹿にしないでよ! ワタチは、月でカグちゃんが居なくなって、とっても詰んなかった……ううん、寂しかったの。だから、王宮図書室の本を全部読みまくったのよ。中にはね、地球歴史全集ってのもあって、いろいろ機械工学の発展歴史なかんかも書いてあったの』
「スッゴイ、ラビちゃん!」
『だから、ワタチに任せてねって、言ったでしょ!』
「なあ、そんなに機械に詳しいんなら、ワシの助手にならんか? きっといろんなものが発明できそうだわ!」
『いやよ、メンドクサイ! ワタチは、ただ楽しく暮らしたいだけなの!』
「そうか~残念だのお~」
「ところで、水野博士、どうして人類委員会のメールは、社長しか受け取れないの?」
(つづく)
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