281 第23章第8話 知恵
「…………は!…………ここは、どこや?」
ウチは、目を覚ましたんや。幸い、ウチはまだラビちゃんを抱えとったわ。
ガラーンとした殺風景な地面。土や岩がゴロゴロしとるわ。空は濃紺。あ、これは夜なんや。綺麗な星がキラキラ光っとる。…………あ! アレは…………。
「地球や! 大きな、青い地球が見える!」
思わずウチは、大声で叫んでしもうたんや。慌てて、まわりを見ると、みんなも居たわ。ただ、まだ倒れたままや。
「社長はん……。頑貝はん!……香子はん。……博士はん、記誌瑠はん。……みんな起きて!!!!」
「……う、うううー……ああ~……」
『……カグちゃんったら、……う、うるさいわよ~』
ウチが大声で叫んだからなんやろか? それとも、みんなが目を覚ますのも、予定のうちなんやろか? もう、何でもええわ。とにかく、みんな一緒で安心したんや。
「ごめんな、ラビちゃん。……ラビちゃんは、大丈夫か?」
『ええ、ワタチは大丈夫よ…………。だって、ここ“月”じゃないの?』
「……ふう、そっか、やっぱり僕達は、月まで来ちゃったんだね」
「社長はん、月までって、なんや?」
「だって伽供夜君、ミッションは“月のウサギを泣かせるな!”だろ。絶対、次は月に行って“ウサギ”に会うんじゃないかなあって、思ったんだよ」
「おお、それじゃあ今度は、俺達は本物のウサギに会えるんだな」
「まあ、徹君、あんまり期待しない方がいいかもしれないけどね……。なんせ、僕達、ヘルメットも付けてないのに平気で息ができているんだよ。それに、ほらっ……ここは、月の重力じゃないんだ」
社長はんは、その場でピョンピョン跳んだんやけど、別に浮きもしないし、地球で跳ぶのと変わらんような跳び方やったわ。
「うーん、やっぱり、ワシらはお伽噺の世界の“月”にいるんじゃろうな」
「そっか、じゃあ、ちょっと待って。今、この地球歴史全集で、本物の月に来たウサギのお伽噺を探すから……」
「いや、記誌瑠。その必要はないかもしれないぞ。……ほら、あそこを見ろよ。ウサギが1羽、こっちを見てるぞ」
「なあ、ラビちゃん? あのウサギはんは、誰だかわかるん?」
『……いいや、あのウサギは、知らないわ……ただ、普通のウサギじゃないみたい』
少し離れたところに、ウサギらしき姿をしたものが居たんや。ただ、それはウサギとは思えんような色をしてたんや。なんか、体中が赤黒くなっており、まるで全身の毛を毟られたような感じがしたんや。
ウチは、迷わずラビちゃんを抱えたまま、そのウサギはんらしきものの傍まで走っていったんや。
「……はあ……はあ……なあ、あんたは、地球のウサギはんか?」
「はい、ぼくは、もともとあそこに住んでたウサギです」
「なあ、お前、その体中の毛はどうしたんだよ?」
頑貝はん達もウチを追いかけて、ウサギはんの傍まで来たんや。
「これは、ぼくがいけないんです。せっかく、親切にしてくれたワニさんに酷いことをしてしまったんですから……」
「え? ワニに酷いこと?…………待って! じゃあ、あなたは、元々は白い綺麗なウサギだったのよね」
「はいそうです」
「記誌瑠ちゃん? このウサギちゃんは、誰なのか分かったのかい?」
「博士、ちょっと待ってね。もう少し聞いてみるから?……ねえ、ウサギさん、ひょっとして島に渡りたくてワニさんを並ばせて橋の代わりにしたんでしょ?」
「はい、その通りです。よくご存じで……」
「でも、その時はワニの数を数えるためって言ったことが、ウソだってバレてワニにお仕置きされたのよね!」
「……ん? 違いますよ! ぼくは、ちゃんと最初から橋の代わりに並んでって頼んだんです。でも、ぼくが通った後、ワニさんは人間にも同じように橋の代わりをしたんです」
「え? どういうこと? 私の知ってるアノ話とは違うの? ……ねえ、それからどうなったの?」
「それから、ワニさんは島に渡りたい動物や人間がいたらいつでも並んで橋になってあげていたんです。……でもね、軽いぼくみたいなウサギならいいんですけど、人間とかゴリラみたいな大きな動物だと、背中を踏まれるワニさんが可哀そうになったんです」
「へえ~……それで?」
「そこで、ぼくはワニの代わりに丸太を浮かせて橋を作る方法を人間に教えたんです。人間は大喜びで、木製の橋を作りました」
「あれ? めでたし、めでたしじゃないの?」
「ところがです。せっかく、人間や他の動物とも仲良くなれたって喜んでいたワニさんが、もう頼りにされることがなくなり、橋の作り方を教えたぼくが悪いって怒ってしまったんです」
「はあーー、なるほど。それで、ワニにやられてしまったのね」
記誌瑠はんが、そのウサギはんと話をしてようやく真相が分かったんや。
「あれ? でも、なんであんた、この月におるねん? ワニにやられたのは地球でやろ?」
「ぼくはその時、おそらの満月を見たんです。そこには、ぼくらの心の支えだった、あのウサギがいたんです」
「えっと、そのウサギって、さっきまで僕らが見てた、あのウサギかな?」
「きっとそうよ、アナタ。やっぱり、あのウサギは、地球のウサギの心の支えになっていたのね」
「なあ、それからどうしたんや?」
「ぼくもあんなウサギになりたいなあ~って思ったんです。……そしたら、突然神様が現れてぼくをここまで連れてきてくれたんです。ここなら、他に誰もいないので、ぼくがどんな知恵を出しても誰にも迷惑をかけないんです」
「なんやて? 誰にも迷惑をかけない? いっぱい知恵を出しても? 知恵を出すって、ええことやないんか? ええことしたら、なんで迷惑なんや?」
ウチは、何がなんだかよく分からんくなったわ。この知恵のあるウサギはんは、1人で寂しくないんか?
『カグちゃん、ワタチ、思い出したわ……彼ね、チー君っていうのよ。チー君には会ったことはないけど、月のウサギの中では有名なの。知恵のチー君っていってね、相談ごとを地球に向かって叫ぶと次の日には、その願いが叶うんだって』
「地球に向かって叫ぶんか?」
『うんそうよ。でもね、誰も姿をみたウサギはいないの。……きっと、チー君が居たのは、地球じゃなくて、月の世界だったのね』
ウチ、なんとなく分かったわ。そのチー君って、ワニにやられた姿を見られたくなくて、月まで逃げてきたんやないかな。だから、月でも、他のウサギには会わんと、隠れてその知恵を使ってたんやね。
なんや? 地球って、知恵を使うことを褒めてくれる人はいないんか? せっかく、人や動物の役に立とうって一生懸命やったチー君が認められんのか? おかしくないんか?
ウチ、また、悲しくなってきたわ……。
「ねえ……かぐやちゃん。どうしたの?……そんな悲しい顔して?」
「香子はん……ウチ、なんか悲しいのと、悔しいのと、腹が立つのと、頭の中がグチャグチャや……」
「かぐやちゃんって、ウサギさんが大好きだもんね。……こんなにウサギさんが酷い目に合ってるのは耐えられないよね……」
香子はんが、背中からウチのことを抱きしめてくれたんや。ウチがラビちゃんを抱きしめてるような感じがしたんや。ウチも、ラビちゃんみたいに、ウサギの気持ちがあるんやろか?
「おい! 今度は、あっちの岩山の方に、別なウサギがいるぞ!」
頑貝はんの声に驚き、そっちの方を見たら、今度は真っ白な綺麗なウサギが、じっとこっちを見ていたんや。
すぐに、視線を戻したんやけど、チー君の姿は消えていたんや。
ウチは、もう迷わずに一直線に、その新しく見えたウサギに向かって駆け寄ったんや。もちろん、他のみんなもウチと同じように走ってくれたんや。ウチには、仲間がいるんや。ウチは、1人やないし、ウチのやろうとしていることは、ここにいるみんなが認めてくれとる!
(つづく)
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