279 第23章第6話 憬れ
「“月のウサギ”って、アレのことなんか?」
「うーん……それは、どうかな? メールには、“月のウサギ”としか書いてないんだよ」
ウチは、人類委員会からのメールを思い出して、社長はんに尋ねたんや。そして、満月に映るウサギを見ながら、ラビちゃんに聞いてみたんや。
「ふーん、そうなんか。……ところで、ラビちゃん? その“ケイちゃん”って、誰やの?」
『見てよ! あの月に大きく映ってるじゃない。可愛い顔して、耳の所には綺麗な花の飾りが付いてるでしょ!』
「社長……ここもやっぱりお伽噺の世界なんですよね」
「ああ、多分そうだと思うよ記誌瑠君」
「間違いないはずじゃ、ワシらが居た部屋にあったのは異次元転送装置なんだ。ワシは、あの装置をいつもシャトルに内蔵していたんじゃよ。だから、多分じゃが、あの部屋ごと異次元に転送されたと思うんだ……」
「せやけど、博士はん? 部屋ごとなら、壁や床はどこへいったんや? ここにあるのは、椅子だけやんか?」
「うーん……それは、ワシにも分からんのじゃ」
「まあ、それは後で考えるとして、記誌瑠君? ここは、どんなお伽噺の世界か分かるかね?」
「待ってください、今、調べてるところです……」
記誌瑠はんは、あの分厚い地球歴史全集のページを捲っていたんや。変やね、さっきまであんな本は持ってなかったはずやのに……どっから出したんやろか?
「記誌瑠はん? その本、どないしたん?」
「ああ、伽供夜さん、それが不思議なのよね。気が付いたら、私の膝の上に乗ってたのよ」
なんか、記誌瑠はんがお伽噺の世界について調べるのは、予定に入ってたみたいやね……。
「あ! 多分このお伽噺よ……あのウサギの耳を見て! あの花が特徴みたい」
「記誌瑠ちゃん、そのお伽噺って、あの地球……いや、日本のものなのかい?」
「そうよ、博士!……そこに古くからの言い伝えで、月に行ってしまったウサギというのがあるの」
『そうね、ケイちゃんは、いつもあの花の飾りを自慢のように気に入ってるみたい』
「なあ、ラビちゃん、そのケイちゃんとは仲良くしてたんか?」
『うーん……仲良くっていっても……ケイちゃんには、こうして月に映る姿じゃないと会えないのよ。ワタチは、カグちゃんを追いかけて地球に行った時にちょっと見ただけなの』
「え? どういうことや?」
「みんな聞いて……。昔ね、地球にね、とっても人間に成りたいって思ってたウサギがいたの。だから神様にお願いしたんだって」
「そのウサギ……ケイちゃんなの? そないに人間に憬れていたんだ」
「そしたらね、神様は言ったの。“自分の食べ物を人間にご馳走しなさい”ってね」
「へえー、せやけど、ウサギって草ぐらいしか食べへんのやないか? まあ、ウチのラビちゃんは何でも食べるんやけどね」
「そうね。おまけに、その時の日本は冬だったの。だから、草って言っても、枯草しかなかったのよね」
「そんなら、その枯草を人間に食べさせたんか?」
「違うわ。ウサギはね、人間に枯草を食べさせても喜ばないと思ったの。人間の喜ばないことをしても、ダメだって思ったのね」
「そ、それで……どうしたんや?」
「ウサギは、枯草を集めて火を付けたんだって」
「え?」
「そして、ウサギは“自分をご馳走にしてください”って言って、火に飛び込んだそうよ」
「なんやて?」
「でもね、すぐに神様が姿を現して、そのウサギをそのまま月に連れて行ったんだって」
「あー、だから、月の中にウサギが見えるんやね……」
『そうよカグちゃん……ケイちゃんは、お月様になっちゃったのよ』
「え? な、なんでや? そないにしてまで、人間に成りたかったんやろか?」
『多分、ケイちゃんはね、人間が好きだったのよ。きっと、自分が憬れていた素敵な人間に成りたいって思ったのね』
「せやけど……月に行ったって言うんやけど……ケイちゃんは人間にはなれへんかったんやろ? ああやって、月から地球を見てるだけで、悲しいんやないかなあ?」
「……そうか、だから……月にいるウサギが泣いてるって……」
「社長はん……ウチ、どないしたらええんの? もう、あのケイちゃんは、どうにもならんの?」
ウチは、何もできんことを社長はんに愚痴ってしもうたんや。今すぐ、ここら飛び出して月に行ってケイちゃんを褒めてあげたいと思うたんやけど……、ここから動けんわ……。
そないなことを思いながら、ウチが月を眺めていたら、また一瞬月がフワア~っと霞んだと思ったら明らかに違うウサギの姿になったんや。
(つづく)
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