27 第4章第6話 おやすみなさい
それからしばらくは、ウチも博士はんも何も喋らへんかったんや。ただ、お料理は美味しかったさかい、いろいろと注文をしたわ。博士はんもお酒はようけ飲んではったわ。
香子はんが寝てしもてから2時間ほどが経ったやろか、お店の時計を見ながら博士はんは静かに口を開いたんや。
「そろそろ帰ろうか? 香子ちゃんを家に連れて帰らなきゃならないので、あんまり遅くならない方がいいでしょ?」
「ええ、そのつもりなんやけど……ウチじゃ寝てる香子はんは無理かもしれへん」
「あははは……大丈夫さ伽供夜ちゃん。ここは月なんだよ」
「どういうことですやろか?」
「本来、月の重力は地球の6分の1なんだ。でも、日常の生活に支障がないように重力調整をしてるから普通に動けているだけさ。……そこで、この『携帯重力調整機』を使えば、香子ちゃんだってあっという間に体重を軽く出来るんだよ」
博士はんは、手首に填めるような小さなリングをポケットからとりだしはった。小さなボタンが幾つかついているが、シルバーに輝くそのリングはとってもきれいでおしゃれに見えたんや。
「うーーん……このくらいの調整でいいかな? はい、このリングを香子ちゃんの手首に填めてごらん」
ウチは、水野博士から受け取ったリングを香子はんの右手首にそっと通したんや。リングは、柔らかいシリコンのような感触があって、手首に填めると自動で伸縮して手首にピタっと固定されたんや。
「伽供夜ちゃん、ゆっくり香子ちゃんを持ち上げてごらん」
ウチは、香子はんの腰のあたりを両手で押えて軽く力を入れたんや。そしたら、やすやすと香子はんの体はテーブルから離れ、足も床から浮き上がってしもたんや。
「ね、これなら楽に伽供夜ちゃんでも家に連れて帰れるでしょ! そのリングは、伽供夜ちゃんにあげるから、今度また香子ちゃんと出かける時はよろしくね」
「わかりましたわ」
ウチがそう言って、帰る用意を始めると、博士はんはウチの傍に来て耳元でこう言わはったんや。
「それから、ワシの秘密は新畑社長しか知らないんだ。だから伽供夜ちゃんも内緒にしておいてね」
そう言った博士はんは、嬉しそうに手を振って店を出て行かはったんや。
ウチは、香子はんの分の会計も済ませてから、香子はんを背中に負ぶって店を出たんや。負ぶったって言っても、まったく重さは感じへんかったや。本当に、この重力調整リングは凄いわ。これも、水野博士はんの発明なんやて。
店から家までは、少し歩かなあかんのや。それでも街は月面ドームの中やさかい、風も吹かへんし、今日の事前気象調整では晴れになってたさかい心配いらんみたいや。
香子はんを背負いながら、月面をゆっくり歩いているんや。一応ドームの中やさかい、道は平らに舗装されてるわ。景色は、夜に調整されているさかい、宇宙の空がそのまま見えるの。頭の上には、赤く染まった大きな地球がじっとこちらを見つめている。
確かに赤うて不気味な色やけど、あの丸くて大きな地球は、いつみても懐かしい感じがするんや。ウチだけなんやろか?
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ウチと香子はんの暮らしている家に着いたんや。香子はんを部屋に連れて行き、ゆっくりベッドに降ろしたんや。スウェットやさかい、思った通りそのまま気持ち良さそうに寝てるわ。薄手の掛布団やさかい、暑くないと思ってそのまま掛けてあげたんや。
ちょっとだけ、香子はんの部屋を見ると、やっぱりベッドの横の壁はきれいな棚が備え付けられていて、ところせましとお酒の瓶が並べられていたんや。いろんな種類がきれいに整頓されるわ。いつも、ここで飲んではるんやろね。
「……う……ううっふ……まっ……て……あ……」
ベッドの上で香子はんは、寝息に混じって笑顔で寝言を呟いてはったんや。きっと、誰かと一緒にお酒を飲んではるんやろか?
ウチは、ベッドの枕元の豆電球を消してから、静かに香子はんの部屋から出て戸を閉めたんや。
そして、コップ一杯の水を飲んでからウチも自分の部屋に入って寝たんや。
(第4章 完 ・ 物語はつづく)
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