25 第4章第4話 あの頃は良かった
バタン…………スー……スー……スピー……
「え? 香子はん?」
「あははは、もう寝ちゃったか……」
「ええ? どないしたん、香子はん?」
見ると香子はんは、テーブルに突っ伏して気持ち良さそうに眠ってしまってたんよ。そうやの、だから水野博士はんはテーブルの上をいちいち片付けてはったんやね。
「香子ちゃんはね、お酒が大好きなんだけど、どうしても寝ちゃうんだよ。どこでも寝ちゃって、その後朝まで起きないんだ」
「ウチ、知らんかったわ」
「仕方ないさ。もし、一人でお酒を飲んで寝てしまったら大変だろ? それで、新畑社長から『お酒を飲む時は、絶対に会社の人と一緒にいること』って決められたんだよ」
「そりゃあ難儀ですわなあ~。ああ、だから普段はお家のベッドで飲むんやね。そのまま眠ってしまってええように」
「まあ、お酒を飲んで暴れる訳でもないし、周りの人に迷惑を掛けないんだから、ワシはいいと思ってるんだ、なあ伽供夜ちゃん」
眠ってしまった香子はんを見ながら、博士はんはまた自分のお酒を飲み始めはったんよ。ウチも、まだ食べかけの料理を摘まみながら、博士はんと二人だけになった機会にあることを思いついたんや。
「博士はん、ちょっと聞いてもええでっしゃろか?」
「ん? 何かな? ワシに分かることかな?」
「さっき香子はんから聞いたんやけど、この月の生活では、いろいろなことが『人類委員会』の規則で決まってるって。その規則に、お風呂は銭湯だけで、お家には作れへんって本当なんですか?」
「ああ、そのことかい……」
水野博士はんは、そう言うとお酒を口に運んでから、しばらく何かを考え始めはったんよ。
「伽供夜ちゃん……ここに来てから、変だなあと思ったことはないかい?」
変? ウチが、月に来てから? 何もかもが珍しく……でも、変だなんて…………。あ、そうだ!
「ウチが地球で生活していた時は、まだ技術が進歩してへんくて、地球人はみんな月なんかに行けるとは思ってへんかったわ。ところが、今は月に人類が生活してるんよ。それだけ技術が進歩したってことなんやろ?」
ウチだって、そないに文明が進んでいたところで生活していたわけやない。地球よりちょっとだけ進んだ月の世界っていうところで暮らしてただけなんよ。
それだって、今、ウチのいる月と比べたら、技術は遅れとると思う。だって、この何もない月にドームなんていう物をつくれるんやから。
「そう、こんなに技術が進歩したのに、月の生活って、技術の進歩が表には出てこないんよ。お家にお風呂がなかったり、お店は小さな商店街しかなかったり、みんなの生活に技術の進歩のようなことが感じられへんの……ううん、何か進歩を隠しているような感じがするんよ」
「ほほう、さすが月のお姫様、伽供夜ちゃんじゃのう。……伽供夜ちゃん、ここからの地球は見たかのう?」
「はいな、見ましたわ!」
「どんな色をしていたかな?」
「真っ赤でしたわ。まるで、人が住むのを拒むような色やったんよ。私が知っている地球は、青かったのに……」
「そうなんじゃ、今の地球は、人が住めないんじゃ。そう、もう今から約100年前、人間は地球を捨てたんじゃ」
「え? 地球を捨てた?」
「ワシが月に来る前じゃ。地球では、もの凄い技術革新があり、文明の絶頂期を迎えていたそうじゃ。詳しいことは、ワシにも分からんが、その技術は地球を破滅へと導いてしまったらしいんだ」
「破滅ですか……」
「うん、それで仕方なく生き残った人類は、地球を後にしたんだ」
「そして、みんなが月に住み出しよったんですね」
「いいや、違うんだ。月に住み出したのは、日本人……いや、日本に住んでいた人達だけなんだ」
「ええ! この月には、日本人しかおらんのですか?」
たまに、月の街でも外国風の人は見かけるけど、それは昔日本に住んでいた外国の人の子孫なんやろなぁ。
「その時、月に来た日本人は、反省したんじゃと思う。技術の進歩ばかりに囚われては、また月をも滅ぼしかねないと……」
「ほな、不思議な規則は、その時の反省をもとに、月に来た人達が作ったんやろか?」
「ワシは、そこ迄は詳しく知らんのじゃ…………だがな、どんな生活を続けたらいいかを考えワシ等を導いてきたのは、『人類委員会』なんじゃ。約束事も『人類委員会』が決めてる。彼らは、少なくとも日本の生活レベルでの技術進歩は、『昭和の後期頃』にすべきだと考えているようだ」
「昭和の後期ですか?」
「ああ、街は商店街に活気があり、大型のショッピングモールやコンビニなどがまだ出現しておらず、人々は互いに助け合いながら仲良く生活していた頃が良かったという訳じゃろ」
「ああ、せやから銭湯が義務付けられたり、こんな小さな居酒屋がぎょうさんあったりするんやなあ」
「うん、そうだと思う。ワシは、好きじゃよ、こんな生活。……人間の生き方は、昔のままなんじゃが、医療のレベルや貧しさに関係する技術だけは、きちんと進歩しているしな」
「そうやなあ、お風呂は無いけどシャワーはあるし。重力の調整だってできるんやもんね。……博士は、なんでそんなに詳しいんやろ?」
「……ワシは、知ってるんじゃ。昭和の後期、日本が貧しさから抜け出し、生活レベルも上昇していたあの頃を……」
え? どういうことや。昭和の後期と言うたら、今からおよそ200年前やんか。なんでなん?
(つづく)
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