24 第4章第3話 裏路地
「さ、ここよ!」
香子はんに案内されて来たんは、銭湯の裏路地を入ったところにある一軒の小さなお店なの。入り口は、中が見えへんドア一枚があるだけ。ドアの横には、薄暗い光が入った看板が道路の上に置かれている。看板には、『スナック 味平』と書いてあるわ。
「マスター、来たよ!」
「お、香子ちゃんじゃないか。今日は、飲めるのかい?」
「見て、マスター」
そう言った香子はんは、ウチを指差したの。またウチは、何がなんだか分からず、とにかく挨拶だけはしたんよ。
「おばんです……よろしゅうおたの申します」
「お! 付き添いが居るなら、遠慮しないで飲めるんだね!」
「そうだよ、マスター。この子にも美味しいもの食べさせてね」
「ああ、分かってるって!」
中は、薄暗ったけど、正面の棚にはぎょうさんの瓶が並べられとるわ。香子はんの話によると、これは全部お酒なんやって。
実は、香子はん、今晩はこのお酒が飲みとうてここに来たらしいんや。会社ではお酒なんて飲まへんし、家でもウチはそんな様子を見たことあらへんの。
「あははは、家ではね、ベッドの上で飲んでるの。だって、ベッドの上だとそのまま寝れるでしょ」
「へー…………」
ウチは、まだ意味が分からへんくて、ただ相槌を打つだけやったんよ。ところが、奥のテーブルから思わぬ声がかかったんやわ。
「おや、伽供夜ちゃんと香子ちゃんじゃないの? ああーー、今日は伽供夜ちゃんが、付き添いなんだね……ご苦労さま伽供夜ちゃん」
「あら、水野博士はん。ここで、何してはりますの?」
「何って、ワシだって、食事したり、お酒飲んだりするんだよ、あははは」
「あははは……博士、今日はね博士には面倒掛けないから、大丈夫よ」
「そうかい? まあ、それはそうと、こっちに来て一緒にやらないかい?」
ウチらは、博士はんに誘われて同じテーブルに付いたんよ。博士はんは、小さな焼き物のコップに透明なお酒を入れて飲んではったわ。テーブルには、焼き鳥や野菜炒めなど小皿に乗った料理が幾つか並んどったんや。
「伽供夜ちゃんは、お酒を飲むのかい?」
「あのー、ウチはお酒って、よく分からんのです。実家におった時はまだ子供やったし、地球のおじいちゃんは何か飲んではったけど、ウチには飲ませてくれへんかったんよ」
「そうなんだ……じゃあ、今日はお酒じゃない方がいいな。香子ちゃんの面倒もみなきゃいけないし…………マスター、この子にアルコール無しで、美味しい飲み物作ってくれないかな」
「はいよ、任せな!……香子ちゃんは何する?」
「あたしは、いつものカクテルを適当に見繕ってよね。お摘みもよろしく!」
「分かったよ。そこのお嬢ちゃん、肉は好きかい?」
「はいな、この間、テレビでやってた『生姜焼き』っていうのは、美味しそうに見えましたわ」
「よっしゃ、分かったよ。適当にいろいろ作ってやるから、待っててくれ」
「ここのマスターはね、とっても料理が上手なのよ。しかも、お酒に合う料理をいっぱい出してくれるの」
香子はんは、とっても嬉しそうにマスターが立っているカウンターの方を見てはったわ。カウンターの向こうは台所になっていて、その場でいろんな料理を作るみたいや。
この店は、カウンターに席が3つ、それに4人掛けの丸いテーブルが2つしかない小さな店なんよ。全体的に薄暗いけど、もの凄く落ち着いた気持ちになれるお店やわ。
従業員は、マスターの他に若い女の子が1人おったんよ。その子は長い髪の毛を両脇で縛ってただ垂らしているだけ。なんの飾りも付けてへんの。
マスターは愛想よく振舞ってはるけど、その女の子はまったく口を開かへんの。お客さんの前に来ると笑顔だけは作るんやけど、あんまりしゃべったりはせえへんのね。でも、落ち着いた店の雰囲気とは合っているような気がしたわ。
「お、お、おまち……どうさま……」
その女の子がお盆にお酒と料理を乗せて運んで来はったんよ。マスターはほんまに料理が上手なんやね。まったくお客さんを待たせへんのやもん。
「うっわーいつものカクテルだ! このピンク色、美味しそうでしょ、ウグッ……このサクランボが、また美味しいのよね……ゴクッ……ハーーー!」
香子はんは、小さなカクテルグラスを目の高さまで持ち上げながら、ゆっくりと口を付けはったんよ。目を瞑って味を確かめてはるわ。ほんまに美味しそう。
ウチの目の前に置かれたんは、緑色で少し気泡がグラスの底から立ち上ってるんよ。口の中に入れると、シュワーっと弾ける感じがした。甘いけど口の中が清々しくなるんや。
「おや、ソーダだね。これも美味しいんだよね」
見ると博士はんも似たような色のものを飲んではったんよ。でも、きっとあっちには、お酒が入っているんやろね。だって、博士はんの頬っぺたが少し赤くなっているんやもん。
今回は、ウチにも分かったわ。これは、熱じゃなくてお酒に酔っているんや!
料理もどんどん運ばれてきたんよ。ウチがテレビで見た『豚肉の生姜焼き』もあったわ。初めから細長く切られていたので、箸で摘まんで食べることができたんよ。肉は柔らかくて、一口で噛み切れたわ。ジュワーっと、肉汁も出たし、その肉に掛かっていた生姜の効いたソースもめっちゃ美味しかったわ。
「どうだ、美味しいだろ、伽供夜ちゃん。 ここのマスターは、メニューに無くても、こんなものが食べたいって言ったら、すぐに作ってるれるんだ」
「はい、ウチ、こないな美味しいもの食べることができて幸せです!」
「でしょ~、あたしも幸せよ~こんなに美味しい……オシャケが飲めるんですもんね~」
「おやおや、香子ちゃんはもう酔って来たかな? ほら、お料理も食べなよ。そうしないと、お酒だけで終わっちゃうよ」
博士はんは、香子はんにお料理を取り分けたり、テーブルの上を片付けたりしながら、丁寧にお世話を始めはったんよ。
「……あ、伽供夜ちゃんは、気にしないで自分の好きな物をどんどんお食べ。香子ちゃんはね、いつもこうなんだよ。誰かがお世話をしてあげないとね。……いい子なんだよ……この子と居るといつも楽しい気持ちになるんだ」
「……そうなんや……」
そう言えば、ウチも香子はんと一緒に生活するようになって、毎日がめっちゃ楽しいわ。そうか、この楽しさは、香子はんのお陰なんや……。
「ま、今日は伽供夜ちゃんがいるから、帰りは安心だよね」
「え? どういうこと?」
◆水野博士のイメージイラスト
(つづく)
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