23 第4章第2話 魅惑の味
「はい、かぐやちゃん、これ!」
香子はんは、お風呂から上がって体にタオルを巻いたまま脱衣所の自動販売機で黄色い液体の入った瓶を手渡してくれはった。そこには『フルーツ牛乳』って書いてあったわ。
「香子はん、これも牛から採れるんですか?」
「まっさかー、いいから飲んでごらんなさい!」
ウチも体にタオルを巻いたまま、左手を腰に当て、右手で瓶を持って斜め上を見ながら、一口飲んだんや。
何? これ? 美味しい! 甘酸っぱいけどさっぱりしてるし、何よりこの冷たさが喉に浸みるわ! ウチ、二口目で一気に全部飲んでしもうたの。
「あら、かぐやちゃんは、フルーツ牛乳が気に入ったみたいね!」
「ウチ、牛乳も好きやけど、このフルーツ牛乳はえらい気に入ってしもうたわ!」
「良かった! でもね、コーヒー牛乳も美味しいのよ!」
「え、何や? ウチ、コーヒーも牛乳も知ってるんやけど、『コーヒー牛乳』っていうもんは、飲んだことあらへんよ」
「じゃあ、今度、銭湯に来た時は、あたしがまた奢ってあげるわ」
「ウチ、楽しみや! あ、明日も来はりますか!」
「うっふふ、よっぽど楽しみなのね。いいわよ、明日も銭湯に来ましょうね」
ウチは、こないな美味しいものが銭湯で飲めるなんて思ってもいやへんかった。何や、銭湯に来るのがとっても待ち遠しいわ。
ところで、不思議なことに月の人達は、多くの人が銭湯に通ってはるんやて。家にはシャワーがあるのに、やっぱりみんなお湯を溜めたお風呂に入りたんやろか。ウチは、家にもお風呂を作ればええのにって思ったんや。もちろん、銭湯みたいに大きなお風呂やなくてもええやん。香子はんに、何で家にお風呂を作らへんのか聞いてみたんや。
「うーん……お風呂はね、銭湯でしか許可が出ないのよ。家に付けれるのは、シャワーだけなの」
「え? 誰が、許可せえへんの? どうしてなん?」
「うーん、それ、あたしもよく分かんないけど……とにかく『人類委員会』が許可しないみたい。他にもね、いろんなものが、『人類委員会』の許可制で決まってるのよ。その辺は、新畑社長や水野博士が詳しいと思うんだけど…………なんだか、面倒くさそうだからあたしは、あんまり深く考えないようにしてるの」
「……そうなんや……」
「ま、例えば、この月には大型のショッピングセンターは無いわよね。火星や金星のドームだと、結構大きなものはあるって噂よ!」
「え? 火星や金星?」
なんや香子はん、さらっと凄いこと言わはった! 人間って、この月だけに住んでるんやないんですか? なんか、ドキドキしてきたわ。知らんの、きっとウチだけなんとちゃうやろうか? 今、全部聞くのはやめとこ。いつか、ゆっくり聞いてみることにするわ……。
「そんなことは、どうでもいいから、さっさと着替えて次に行くわよ。……あ、お化粧は簡単でいいわよ、どうせ大した男は居ないからさ……ふふん」
「は、はいです~」
香子はんは、持って来た小さな化粧ポーチを開けて、脱衣所の鏡の前に立って化粧を始めはったの。軽くファンデーションを塗って、眉毛を書き足してから薄い色の口紅を塗って、あっという間に出来上がったわ。
それでも、いつもの香子はんの80%はあるわ。素が美人やさかい、本当はお化粧せんでもええ思うんやけど……。
ウチは、もともとお化粧なんてしてへんの。でもね、月のお城におった頃は、お母様が厳しゅうて王族の身だしなみや言うて、侍女たちが寄って集って塗りたくられてたの。ウチ、あのお化粧も嫌で、家出したかったんよね。
今じゃ、殆どお化粧なんてしてへんわ。会社へ行く時は、薄く口紅を塗るくらいやな。あ、でもね、スキンケアだけはしっかりやってるんよ。なんせ、このお肌が荒れないようにせなあかんもんね。乳液付けたりや肌マッサージしたりは、毎晩入念にやってるんや。
まあね、これもここに来てからアーカイブTVで覚えたんよ。番組の途中で入るコマーシャルっていうのも、楽しいんやもん。
「準備出来たわね、かぐやちゃん! じゃあ、次行くわよ! 次は、夜のスナックよ!」
へ? スナック? って、何や?……晩ご飯食べに食堂へ行かはるんやないの?
(つづく)
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