22 第4章第1話 仕事の後の楽しみ
「いっやー、今回もかぐやちゃんは、大活躍だったわよね~」
「そんなー、ウチなんか失敗がぎょうさんで、何の役にも立ってまへんやん」
「いやいやいや、あの頑固な桃太郎君を手名付けたのは、かぐやちゃんの大手柄よ~」
桃太郎はんを鬼ヶ島の冒険に誘い出すのに成功したんは、『うちのお陰』だって、香子はんは言ってくれはる。記誌瑠はんも頑貝はんも、褒めてくれはったわ。
でも、ウチには何が良かったんか、さっぱり分からへんの。ただ、桃太郎はんが赤い顔してたから風邪でも引いたんかなあって思って、ちょっとお熱を計っただけやのに。
「がくやちゃん、いいから、いいから。いつまでもそんなに気にしなくても。今日は、まだ日が暮れたばかりだから、パアアーっと楽しくやりましょ!」
なんだか香子はん、機嫌ええわ。2日間のお泊りの仕事から解放されて、ほんまに嬉しそうやわ。
「そうやなあ、お泊りの仕事は大変やったもんね。ほな、晩ご飯の前にシャワーでも浴びはる?」
「そうね、夕べはシャトルでお泊りだったからね。シャワーもいいわよね。…………うーん、あ! それじゃ銭湯へでも行こうか!」
「え? 銭湯ってなんなん?」
ウチは、この月の異次元探偵社に来てから、初めてシャワーっちゅうもんを使ったんや。体全体が温かいお湯に流されて、めっちゃ気持ちよかったわ。だって、ウチが居た月には海が無いさかい、水を自由には使えへんかったんや。まして、体を洗うためにお湯を沸かすなんてできる訳がなかったんよね。
体は、手ぬぐいを地下水で湿らせて拭くだけやったんや。
そうそう、地球のおじいはんとおばあはんのところに居た時は、暖かいお湯が湧いてる岩場に何度か連れていかれたけど、外なんよ! しかも、たくさんの弓や刀を持った人らが、周りを囲んでいたわ。みんな空を見上げていたけど、ウチはそんな中で行水しても、ちっとも落ち着かんかったわ。
おばあはんは、『温泉』と言って、いつも嬉しそうにお湯に浸かっていたんやけど、ウチは落ち着かへんからすぐにお湯から出てたんよ。
「そっか、かぐやちゃんは、銭湯に行ったことがないんだ! じゃあ、すぐ行こう! 今、行こう! 帰りにご飯も外で食べて来よう!……さ、着替えて、行くよ!」
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「いいわ、このスウェット! かぐやちゃんはピンクで、あたしはグリーンよ。似合ってるよ!」
「そ、そうか?……まあ、この服は柔らかくて、伸縮もあり、とっても着やすいんやけど…………」
「なに? 浮かない顔して。……あ! オシャレじゃないって思ってる?……いいのよ、どうせこれから銭湯に行くんだし、その後ちょっと寄るところがあってね、ふふふ……」
ホンマに着やすいけど、外出着としてはどうかと……、ただ、このまま寝てしまっても何の問題もあらへんことは確かやと思うけど。
とにかく香子はんの指示通り、最小の荷物とお財布だけを持って出かけたわ。行先は、『松の湯』っちゅう銭湯なんや。
ウチらの住んでいる『月面中央クレータードーム』は、半径が約2キロメートルぐらいやねん。そこに、コミュニティができているわ。『松の湯』銭湯もその『中央ドーム』の中にあるんや。
「さ、着いたわよ。ここが『松の湯』よ」
正面に大きな文字で『松の湯』って書いてある暖簾が下がってるんや。そして、入り口が左右に分かれていて『男』と『女』ってなってるわ。
「あたし達は、こっちね。……はーい、おじさん、こんばんは!」
「お、香子ちゃん、今日はもう仕事終わったのかい?」
「うん、そう、さっき終わったばっかりなの。夕べ、泊りの仕事だったから今日はお風呂で羽根を伸ばしに来たのよ」
「そうかい。そりゃ、ご苦労様だったね。ゆっくりしてってくれよ。お、お仲間も一緒かい?」
「うん、うちのかぐやちゃんよ。よろしくね!」
「よ、よろしゅうおたの申します」
「ああ、こちらこそよろしくたのまあ~、なんかやけにお淑やかだね。まるでお姫様みたいだ!」
「あははは……おじさん、よく分かったね。じゃあ、お風呂セットお願い。これお金ね」
「はいよ!」
入り口の高いところに座っているおじはんが、やけに親しく話し掛けてきたんや。真似をしてウチもお金を払ったわ。
「香子はん、今のおじはんはお知り合いなんか?」
「ま、あたしがよくここに来るから、顔馴染みになったのよ。優しいおじさんだから、分からないことがあったら聞いていいわよ、何でも丁寧に教えてくれるから」
「あのー……これは?」
「あー、これはお風呂セットよ。家から持って来なくてもここで準備できるの。バスタオルに手拭、それに洗顔セットよ……ま、これだけあれば完璧だわね」
凄い! ほとんど手ぶらで銭湯に来て、ここですべてを賄うんやなあ。
「ここが、脱衣所よ。脱いだ服はこのカゴに入れてから鍵の付いてるロッカーに入れてね。お風呂に持って行くのは、手拭と洗顔セットだけよ。……靴はこっちね」
荷物を入れたら鍵をかけて、そのカギは自分の手首に巻き付けておくんやね。そしてウチらは、脱衣所の大きな曇りガラスの戸を開けて湯気の中に入ったんや。
「うっわーこないにぎょうさんお湯があるうーー」
ウチは、びっくりしてしもうたわ。それに、何や? この絵! 何でこないなところに富士山があるんや?
「何? かぐやちゃん、びっくりした? でも、ここは銭湯だから、お風呂もそんなに大きくないのよ」
「え? これで大きくないん? ウチにしたら、……そう、あの浦島太郎はんの時に見た海みたいな感じがしますわ!……それに、体を洗う場所もこないにぎょうさんある!」
「ま、今じゃ月も水を大量に作り出せるからね……さ、早くお化粧を落として、お湯に浸かりましょ!」
ウチらは、洗顔セットを使ってお化粧を落としたんや。お化粧言うても、ウチはそんなにしてへんの。精々、口紅くらいやな。……香子はんは……まあ、それなりに時間かかってましたけど……。
「うっ……あっ、あーーー……ふうーーーーーーー、ゥん!」
首までお湯に浸かるって、なんでこんなに気持ちええんやろ? 自然に笑ろうてしもうわ。ちょっと熱いような気もするんやけど、それもまたええわ!
「へー、さすがかぐやちゃんね。お行儀がいいわよね。ちゃんと手拭はお湯に浸けないようにしてるのね」
「さっき脱衣所の壁に『入浴のマナー』ってポスターが張ってありましたわ。みんなで入る銭湯ですから大事なんやね」
お風呂の中を見回すと数人のお客さんもおったわ。香子はんによると、これからの時間帯の方が銭湯に来る人は多いらしいんや!
「ねえ、かぐやちゃんは、みんなでお風呂に入るって、恥ずかしくないの?」
「え? なんでです?」
「いや、最近の若い子は、裸になるのを嫌う場合もあるのよ。うちの記誌瑠ちゃんなんか、絶対に嫌だっていって銭湯に来ないのよね。あたしは、お風呂が好きだからよく誘ったんだけど、全部断られたわ」
「そうなんですな……ウチは、平気なんです。だって、月では、……あ、ウチが暮らした月ですよ……水が貴重だったから、お風呂なんて無かったし、シャワーだってあらへんから、手拭で体を拭くだけですの。それに、ウチの体は何人もの侍女が拭いてくれてはりました。せやから、裸を見られるのは平気なんですの」
「おー、さすがお姫様ですね。だから、堂々としていらっしゃる!」
「……でも、おじいはんやおばあはんと暮らした地球では、たくさんの警護のお侍はん達がお風呂の周りにいたんや。男の人ばっかり……あれは、ちょっとしんどかったわ。それに比べたら、ここは女の人しかいないから平気ですわ!」
「ああ、まあ、ここは女湯ですからね」
ウチ、また余計なこと言うてしもたんやろか? 一緒にお風呂に浸かっていた他のお客さんが、今の話を聞いて小さく笑ろうてる。何が可笑しいのかな~?
香子はんも、まるでお母さんのような目をしてウチを見て笑ってる……なんか、地球のおばあはんを思い出すなあ。
(つづく)
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