207 第19章第10話 ウサギの気持ち
ウチな、ひっくり返って甲羅だけしか見せてへんカメはんを両手で持ち上げてみたんや。そして、首のところをよっく近づけて覗いてみたんや。
したらな、なんとカメはん、首を引っ込めたまま、涙を流しとんのや。小さなかすれ声もするさかいに、これは泣いてるんやと思ったわ。ウチは、何か声を掛けて慰めようかと思たんやけど、下手に慰めてもカメはんの気持ちは落ち込んだままやなあと思ったんや。
したから、ウチは、思い切って、手に持ちあげた亀はんを振ってみたんや!
「あわわ……あわわ、や、……ヤメロ……振るなよ!……あわわ……ヤメロってば!……」
「どうや、参ったか! 早う首を出さんかい!」
「何だって言うんだよ、いい加減にしろよな。目が回っちまうぜ!」
そう言って、カメはんは、首だけやなく、両手両足、それに尻尾も甲羅から出してウチのことを睨んできたんや。
「そうや、そうやって、ちゃんと向かい合わんとホンマの話し合いにならんわ! ええか、カメはん、よく聞きなはれ!」
「何だよ、いきなり。……それより、僕を下に降ろせよ、いつまた振り回されるかと思ったら、落ち着かないぜ!」
ウチは、ゆっくりとカメはんを地面に置いて、向かい合ったんや。もちろん、ウチはしゃがんでカメはんと目線を合わせたんやけど……えらい低くて、こりゃ疲れるわ。
「なあ、カメはん。……何で、勝てへんのや?」
ウチは、もう正面切って、直球で攻めたんや。困った時は、ストレートのど真ん中なんや!
「……僕だって……頑張って……るんだ。……スクワットしたり、腹筋したり、素振りしたり、ノック受けたり……でも……」
カメはん、なんか思い出しながらゆっくりとしゃべり出したわ。なんや、それなりの対策もしてはるんやね……ちょっと、方向性が違うもんもあるようなんやけど……。
「でも、……なんや?」
「でも、ウサギ君も真面目なんだよ。ウサギ君は、毎日のトレーニングを欠かさないんだ。体を鍛える事だけじゃなく、生活リズムもきちんとしてる。早起きして、村を一周してから朝ご飯を食べてるし、お昼ご飯の後は、ちゃんと昼寝をするんだ。昼寝は、きちんと30分だけって決めて、絶対にダラダラ寝とはしてないんだよ。息抜きのゲームも1時間以内って決めて、夜は8時に寝てるんだ」
「へえーーー、なんか理想的な生活しはるんやね」
「そうさ、ウサギ君は偉いんだ。必ず、トレーニングの終わりには、僕らの競走コースの試し走りをして記録をこまめに残してる。昨日は、また、1秒縮まったって喜んでいたさ」
「そんなに真面目なウサギはんなら、絶対にゴール間際で昼寝とかしないわな」
「もちろんさ、昼寝は必ず自分の穴に帰って、慣れた枕じゃないとダメなんだってさ」
「そりゃまた、律儀なこって!」
「僕だって、いっぱい練習してるけど、こんなウサギ君には、絶対に勝てないよ! 僕じゃダメなんだ! 競走するのは無駄なんだよ!」
カメはん、すっごい投げやりの言葉なんやけど、涙を浮かべとるねん。口では、あないなことゆうてても、きっと自分も隠れてトレーニングやってるんやと思うわ。だって、カメはんの両手両足には、ちゃんと一流スポーツメーカーの運動靴を履いてるんやもん。
そういえば、カメはんは、両手も使って走るんやね。手にも運動靴履いてるし。
「なあ、カメはん……なして、ウサギはんはそれほどトレーニングに打ち込んどるんやろ? 生活リズムまで整えて、なんでカメはんとの競走に挑むんやろな?……ひょっとして、ウサギはんって、嫌な奴なんか? 勝って、自慢したいために、頑張ってるんか?」
「違う! ウサギ君は、イヤな奴なんかじゃない! ウサギ君は、僕に優しいし、勝っても必ず僕を気遣ってくれるんだ!」
「だったら猶更や、なしてウサギはんは、そんなに頑張るんやろ? カメはんなら、分かるとちゃうんか?」
「……………………」
カメはんは、黙って遠くで社長はん達と話しているウサギはん達の方を見つめていたんや。
(つづく)
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