206 第19章第9話 ウサギとカメの悩み
「なあ、カメはんは、ホンマにこの辺りにいるんか?」
「ええ、彼は、いつもこの祠のあたりで日光浴をしているんです。だから、私はできるだけカメさんの身近な場所でと思って、祠をゴールにしたコースを設定したんです」
「何て、優しいウサギさんなんでしょう! カメさんのためにカメさんの慣れ親しんだコース設定するなんて、まったく、なんでこんなに優しいウサギさんなのに、カメさんは競走してあげないのかなあ~」
「まあ、香子君、きっとカメさんにも何か事情があるんじゃないかな~」
「そうね、社長の言うように、ひょっとしてカメさんも、徹と同じように何か拗ねてるかもね!」
「なにお! おい、香子、変なところで俺を引き合いに出すなよな!」
「あはははは……ごめん、ごめん」
ウチらは、とにかくカメはんにも会って、事情を聞こう思うって祠の近くにきたんや。あちこち探し回ったら、祠の裏で全部甲羅の中に仕舞って寝っ転がっているカメはんを見つけたんや。
すぐに、ウサギはんは近寄って声を掛けたんや。
「あ、カメ君、カメ君、こんなところにいたのかい」
「ん? なーんだ、ウサギ君じゃないか。……僕は、やらないよ! もう、競走なんて御免だよ!」
カメはんは、甲羅から首だけ出したんやけど、ウサギはんの顔を見るなり、すぐに競走を断っていたんや。こりゃ、けっこうメンドクサイことになってるんやないかな。
「……まあまあ、カメはん。そないに頭から競走がイヤヤなんて言わんと、ちょっとウチらと話をしいへんか?」
「何だよ、……人間なんか、関係ないだろ。これは、ウサギとカメの問題なんだよ!」
「けっ、何言ってんだよ、このカメ! さっさとウサギと競走すればいいんだよ。どうせ、お前が勝つんだから、心配ばっかしてんじゃねーよ」
「バッカじゃないの? あんた。僕がウサギ君に勝てる訳がないじゃないか? そんなことも分からないのか? 最近の人間はバカだなあ~」
「なにおー、誰がバカだって? このカメが、バカっていうお前の方がバカなんじゃないのかよ~」
「あーあーあー……徹ってば、何、カメと喧嘩してるのよ、いい加減にしなさいよ。まったく、もー。あんたは、こっちに来てなさい!」
頑貝はんは、香子はんに引っ張って連れていかれたわ。まったく、頑貝はんも不器用なんやから、相手の事情を聴くなんていうことができなんやね。単純明快やないと、分からへんのや。やれやれ……。
ついでに、社長はんがウサギはんもなだめて、ここから離してくれたんや。ウサギはんには、社長はんと博士はんで、話を聞くみたいや。
記誌瑠はんはウサギはんとカメはんの競走のコースを見に行ったわ。「調査して来る」って、カメラを持って走って行ってしもうたんや。
なんや、ひっくり返った甲羅から首だけ出してるカメはんと向かい合ってるんは、ウチだけになってしもうたわ。
「なー、ところで、カメはんは、ウサギはんと競走をしたことがあるんか?」
「もちろん、あるよ。何度も、何度も、競走したんだ……」
「それで、結果はどうやったんや?」
「そんなの決まってるよ。いつも、僕が負けるのさ」
「……あのな、さっき聞いたんやけど、あのウサギはん、ちゃんとハンデも付けとるとってゆうてたけど、それでもダメやったんか?」
「ダメだね……確かにハンデを付けて競走してるんだ。そのハンデだって、だんだん大きくしてくれるんだよ」
「え? そんなに融通してくれるんか?」
「そうさ、……ウサギ君は……とってもいい奴なんだよ……」
カメはんは、甲羅から首だけ出して、遠くで社長はん達と話をしてるウサギはんの方を見ながら、なんや静かにため息をついとったんや。
「なあ、カメはん? ホンマは、競走したいとちゃうんか?」
「…………………」
「カメはんだって、頑張ってるとこ見せたいって、思うてるんとちゃうか?」
「…………。僕はね……いつも正々堂々と競走してるんだよ。……もちろん、ウサギ君だってそうさ。……だけど、……やっぱり僕は勝てないんだよ。……仕方ないんだよね……えへっ」
最後は、カメはん、笑っとったけど……とっても悲しそうやったわ。そして、すぐにまた首を甲羅の中に引っ込めてしもうたんや。
ウチは、なんて声を掛ければええか、分からようになってしもうたんや。
(つづく)
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