2 第1章第1話 初出動
====登場人物====
新畑 懐……社長
風見 香子……情報課長
頑貝 徹……営業課長
後藤 記誌瑠……総務・経理課長
水野 博……研究開発課長〔博士〕
小野宮 伽供夜……アルバイト(営業課)
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「社長はん、おはようさんで~す」
「おお、伽供夜君、君~洋服姿もいいねえ~」
ウチは、小野宮伽供夜。ま、地球の人は『かぐや姫』って呼んでくれはる。でも、ウチは今日からこの『異次元探偵社』の社員なんよ! えっと、まだアルバイトやけど、ビシビシ働いて早いとこ正社員にしてもらうんや。
昨日こっちの世界に来てから、ウチは香子はんの家に一緒に住まわせてもらうことになったんや。ウチ専用のお部屋もあんの。
今朝は、ウチの洋服を買ったり、生活に必要なもんを揃えたりしてから出社したんや。
会社にはもうみんな出社しとったわ。記誌瑠はんは、事務所の中を行ったり来たりしてはる。
「記誌瑠はん、何しとるんですか? お仕事でっか?」
「ううん、これは違うのよ。ただ、事務所の中を片付けてるだけよ。……特に、社長の私物をね」
「いいじゃないか記誌瑠君ってば~。せっかくこのソファーの周りにいろんなものを配置できたのに、片付けちゃうなんてさ~」
「いい加減にしてくださいよ社長。ここは異次元探偵社の事務所なんです。社長のお部屋は、3階にアルじゃないですか!」
「ええ? だって、ここの方がみんがいて賑やかなんだもん。僕、1人は嫌だな~」
なんか社長はん、拗ねてはるわ。この異次元探偵社は、三階建てのビルになってるんやて。1階が事務所、2階が食堂兼談話室、3階が社長宅だってさ。社長はん、ここに住んどるんやね。
「だからって、この事務所兼応接室に私物を持ち込むのはやめて下さいね」
「うー……」
記誌瑠はん、ちょっと厳しいなあ。総務兼経理課長だからやかなあ。社長はん、独身なんね。家族おらんから、寂しいのかいな?
香子はんと家から会社まで歩いて来たけど、ここはほんまに月なんかって思ってしまうわ。ウチのいた月とは大違いや。あちこちにまとまった街ごとドームに入ってるんや。重力も昼と夜の時間もほとんど地球と同じなんや。びっくりしたなあ。もう、これだけでウチの月に帰らんといて良かった思うわ。
会社は三階建てになっとるけど、辺り見渡してもこれ以上高い建物はあらへんわ。もっとも、この月はクレータードームちゅうもんの中に建物を建てるさかい、あんまり高いとドームから飛び出してしまうもんね。
あ、それからこの会社な、地下室があるんやて。なんでも博士の研究室兼倉庫になってるそうや。後で、見せてくれるってゆうてはった。
「ほんまに、こんな時間の出社でええんですか?」
「うん、構わないよ。ただ、お昼に来れば、昼食が食べられるからね」
「はいな、社長はん。おおきにです。昼食の食券とかは、どこで買うんですか?」
「おや、伽供夜君、食券なんか知ってるんだ。凄いね~」
「あ、いやウチの月では、お城の食堂を使う時は、食券を買うんです。ウチはお姫様なんで無料だったんですけど」
「あははは、そりゃあいいや。僕の会社はね、お金はいらないんだよ。昼食は記誌瑠君が作ってくれるんだ」
「えっと、経費は会社持ちなんで……」
「いろいろお手伝いとかは歓迎するよ。僕も前は手伝っていたんだけど……」
「社長は手伝わなくていいです」
「どうして? 僕、お手伝いしたいのに……」
「社長が、手伝うと美味しくなくなってしまいますから。……他の人もお手伝いはお断りしてます」
「そうよ、お昼はきしるちゃんに任せれば大丈夫なの! あたしらは、邪魔しないようにすればいいの」
ああ、香子はんもお手伝いはしないねんな。とにかく、この会社には勤務時間があらへんみたい。出動の時が来れば社長はんから呼び出しが掛かるらしいねん。
ただ、普段は記誌瑠はんの昼食を食べるために、昼前には全員揃うらしいねん。それだけ、記誌瑠はんの昼食が美味しいってことなのね。
社長はん以外は、同じこの中央クレーター町内で暮らしてるわ。あ、水野博士はんな、研究室に籠ってはるので、会社の地下に住んどると同じみたいや。
「ね、社長、かぐやちゃんのワンピース似合ってるでしょ? 洋服着た事ないっていうから、あたしが見繕ってあげたの。この薄いグリーンがピッタリだと思うのよね」
「ああ、ばっちりだね。それに、膝丈までのスカートもちょうどいいよ! 伽供夜君は、可愛いから何を着ても似合うんだね!」
「まあ、社長はんったら、ウチ、とっても嬉しいわ!」
「ま、それもこれも香子君が面倒をみてくれるお陰かな。できる女史はやっぱり違うね~」
「私なんかとんでもない。かぐやちゃんは、まだこの世界に慣れてなくて、買い物ができないんですよ。他にも生活必需品とか買いそろえるの大変だったんですからね」
「いやあー、本当にご苦労さん。それで、家の方は片付いたのかな?」
「おおきにです。みなはんに、手つどうてもろて、助かりましたわ。それに、あない立派なとろこに住まわせてもろて、ほんに感謝しておりま!」
「やーよ、かぐやちゃん。立派なところなんて。たまたまあたしの借りてる家で、部屋が余ってただけよ。普通よ、ふ・つ・う!」
「そんなことありまへん。あないきれいなお部屋だし、しかもテレビってもんがあるやないですか。あれは、楽しいですな~」
「おやあ、伽供夜君はテレビっ子なのかい?」
「そうなんですよ社長。かぐやちゃんったら、早速昔のアーカイブ映像なんか引っ張り出して見てるんですよ」
「だって、凄いじゃおまへんか? 200年以上も前の映像が見れるんですよ」
ウチにしたら、テレビそのものがもう珍しいねん。月面テレビ局が二局しかないって、香子はんが嘆いていはったけど、ウチにしたら、もうそれだけで贅沢やん。おまけに、アーカイブ映像配信っていうのが、凄いねん。100年以上前の地球の放送が見られるんよ。ウチ、虜になってしまうかも。
ブッブー ブッブー ブッブー ブッブー
「あれ? みんなすまんな、ひょっとして出動かもしれんな~」
「社長、あれは『人類委員会』からのメッセージ着信じゃないですか!」
「記誌瑠く~ん、分かってるよ。……でもね、面倒くさいのヤダナ~って思って」
「いいから、社長、早くメッセージを受信してください!」
『…………うん…………なになに…………え?……お!……よし!!!』
「社長はん、どうしたんですか?」
なんだか、社長はんが生き生きしてるわ。さっきまで、あんなに面倒くさいってぼやいてはったのに。
「みんな、出動だ! 伽供夜君には、初仕事になるかな!」
「はい、ウチ、頑張るわ! 社長はん、それで、行き先はどこやねん?」
「うふふ、まあそんなに慌てるな。さあ、みんな、出かける準備をするぞ! 徹君と博士にも連絡を頼む!」
「社長、そんなニコニコして、社長も行かれるんですか?」
「もちろんだよ、香子君! 今回は、あの竜宮城だぞ! 僕はね、こういう仕事を待っていたんだよ!」
竜宮城って、あそこやねんな。うーん? そないに楽しいとこやったろうかなあ~。
◆異次元探偵社がある月のイメージイラスト
(つづく)
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