15 第3章第1話 甘い桃
====登場人物====
新畑 懐……社長
風見 香子……情報課長
頑貝 徹……営業課長
後藤 記誌瑠……総務・経理課長
水野 博……研究開発課長〔博士〕
小野宮 伽供夜……アルバイト(営業課)
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「社長、今日は珍しくみんな出社してるんですね」
「ああ、まあ出社といっても、もう10時だしな。……僕、何もしてないけど、小腹が空いちゃったな」
ウチの勤めとる異次元探偵社は、会社といってもけっこう緩いんや。別に勤務時間は決まってないんやけど、みんなはお昼ごろ集まってくるわ。
そう、お昼ご飯を食べに来るんよ。ご飯は、記誌瑠はんが作ってくれるんよ。そのへんの食堂で食べるより美味しいんやさかいに。
記誌瑠はんは、総務兼経理担当なんよ。別に調理係じゃないんやけど、他の人にご飯を任せることがイヤやいうんよ。
例えばな、社長はんなんかに任すと贅沢ばっかしするみたいやねん。食材も高いのばっかし買うし、挙句に高級料理を出前しちゃうんやって。頑貝はんも似たようなことするってゆうてはったわ。男はんは、節約することを知らんねんって記誌瑠はんが怒ってはったなあ。
昼食は会社で作るから経費で落とすんやそうや。だけど、経理の記誌瑠はんとしてはやっぱり経費節減したいみたいやね。
『無駄な支出は行わない。贅沢は敵よ!』ってゆうのが、合言葉みたいになってはるんや。
社長はんは「別に経費はいくら使っても大丈夫だよ」って言うらしいねん。不思議なことにこの会社、そんなにびっしり働いてないのに、収入はコンスタントにあるんやってゆてたわ。経理課長の記誌瑠はんでも収入の詳細は分からんってゆうてたし。
「えっと社長、お昼には少し早いですので、何かおやつでも作りましょうか?」
「お! 記誌瑠君、いいねえ~。適当に甘い物でもお願いしたいなあ~」
「分かりました。……みなさんもどうですか?」
「いいね、記誌瑠。俺はしょっぱい物が食べたいなあ~」
「あたしは、アイスがいいなあ~」
「ワシは、あんこが食べたいなあ~」
「ウチは、白玉団子かな~」
「さすが伽供夜さん、お月見団子ですか……って! そんなみんなバラバラに言われても無理ですって! 今日は、『桃クリームパフェ』にします!」
あははは、ウチらは好き勝手なことばっかりいってるさかいに、時々記誌瑠はんは鬼になったりするんやけど……美味しいから誰も文句はいわんのや。
ブッブー ブッブー ブッブー ブッブー
「おや? お仕事メールかな?」
いつものように社長はんは、この事務所の隣にあるメールボックス入っていったんや。すぐに受信作業は終わったみたいやけど、どうも社長はんの表情は浮かない感じやった。
「社長はん、お仕事なんか?」
「ああ、伽供夜君、今回は『桃太郎』ですね……」
「どうかしたんですか? 難しい仕事なんですか?」
「うん、あ、いや、そうでもないと思うけど……。香子君達なら大丈夫でしょ。……だから、僕は今回やめておこうかな?」
「社長はんは、お留守番するん?」
「だってね伽供夜君、『桃太郎』だよ。『桃太郎』には、美人のお姉さんは出てこないんだよ」
「社長、それだったら、ワシもお留守番したいですね。『鬼』は嫌ですよ。万が一『鬼』と闘うようになったら、ワシ、怖いですもんね」
「そうだよね、博士。……よし! 今回は、僕と博士は居残りにしよう。……じゃあ、後は香子君頼んだよ、みんなで頑張って来てね」
「ええ? また、社長はそんなズルして~……。まあ、仕方ないか。さ、徹、さっさと準備して行くよ!」
「へいへい!……ところで、社長、今回のミッションは何なですか?」
「えっとね、『桃太郎を立ち上がらせよ!』だ。……記誌瑠君、『地球歴史記録全集』の桃太郎のページを頼むよ」
記誌瑠はんが、慌ててページを捲っとったんよ。そして、びっくりしたように叫んだわ。
「ああ! お話が途中で終わってる! 桃太郎が青年になったところで、『……めでたし、めでたし』だって!」
記誌瑠はんは、「読みますよ」っていって、『地球歴史記録全集』の桃太郎の部分を読み始めたんや。
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……青年になった桃太郎は、鬼ヶ島の鬼の噂を聞くたびに震え上がって家に引き籠るようになりました とさ……めでたし、めでたし。
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「なーんだ、今回のミッションも簡単じゃん! ちょっと桃太郎に『活!』を入れりゃいいんだよ。俺に任せとけ」
「ダメよ、徹。相手は青年期に入ったばかりなの。そんなこと言ったら、すぐに心が折れちゃうわよ。まったく、力任せの仕事しかしないんだから、もー」
「はいはい、それじゃあ香子の言う通りにやりますよ……」
「博士、使えそうなシャトルはある?」
「任せてね。とっておきのシャトルがあるぞ。『異次元シャトル キジウィング』じゃ。やっぱり桃太郎っていえば、お供のキジじゃろ!」
「ありがとう博士。あ、きしるちゃんスウィーツできたのね。これを頂いてから出発しましょ」
記誌瑠はんは、出来立ての『桃クリームパフェ』を配ってくれたんや。ちょっと深めのワイングラスに新鮮な完熟桃を入れ、バニラアイスと生クリームを混ぜたもので桃を埋め尽くしてるんや。後は、仕上げに乗せた缶詰のサクランボが一つだけやけど、見た目もとっても奇麗やったわ。
シンプルそのものだけど、それだけに桃の風味が協調されとるんや。やっぱり記誌瑠はんの料理は最高やな。
「うん、美味しいよ、記誌瑠君」
「ほんと、桃の味が格別ね」
「なあ、だけどこの桃、甘ったるくね?」
「何いっての徹ってば、桃はこれくらい甘い方がいいのよ、ねーかぐやちゃん」
「ウチ、桃って初めて食べましたわ。月では、あんまり桃って成らないんですよ。でも、ウチ、桃って好きですね。こないな美味しい物食べさせてもろて、おおきにです」
「そうかな~……この桃、とってもアマ~イような気がするんだけどなあ」
◆新畑社長のイメージイラストです
(つづく)
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