第17話
あれから時間が経ち朝。私がベッドから起き上がったタイミングでメイド2人が部屋に入室してきた。
「おはようございます。マリーナ様」
「2人ともおはよう」
この日はクリス様と再び婚約を結び、ジェリコ公爵の座を継ぐ儀式が行われる。
私は魔術大学院に通うつもりなので、しばらくこのクララ様の屋敷に住む事になる。領地経営はクリス様が手伝ってくれる事になった。熊のぬいぐるみになる前まで彼が熱心に勉強していた分野の1つというだけあって、彼の自信たっぷりの様子はとても頼もしい。
「では、髪をセット致します」
「お願いします」
ベルベットの深い緑色のドレスに着替えた私はメイドに髪をセットしてもらい、お化粧もしてもらった。準備が終わるとリビングルームにいる、クララ様の元に挨拶に向かう。
「クララ様、おはようございます」
「おはようマリーナ。気をつけていってらっしゃいね」
「はい、行ってきます」
クララ様はリビングにて安楽椅子に座り、編み物をしていた。編み物を止め、笑顔を浮かべて私を送り出してくれたのだった。
(よし)
宮廷からの馬車に乗り込み、宮廷に向かう。馬車から降りた地点には赤い絨毯が引かれ、その絨毯の両端に執事やメイドらが整列して私を出迎えてくれる。
赤い絨毯を踏みしめながら歩くと、玄関ホールに軍服を身に纏ったクリス様が待っている。
「クリス様、おはようございます」
「マリーナ、おはよう。ドレス似合ってるね」
「緑色のドレスは何か新鮮かもしれないです」
「そのうち慣れるよ。似合ってるもん」
クリス様に褒められ、やや上機嫌になりスキップしそうになるがここは神聖な儀式の場。それを抑えて慎まやかに歩いて王の間に入室する。奥の黄金の玉座には国王陛下と王妃様が並んで座っているのが見えた。
「マリーナ・ジェリコ様、前へ」
「は、はい」
執事に促され、私は国王陛下から2人分くらいの距離まで歩み寄る。右隣にはクリス様もいる。
「マリーナ・ジェリコ。そなたをこれよりジェリコ公爵と扱う。そして、我が息子クリスとの再婚約を認める」
「は、はい。ありがたき幸せにご、ございます」
「ジェリコ公爵として、クリスの婚約者……未来の王太子妃として今後とも励むように」
「はい」
「そしてクリス」
「はっ」
「そなたを魔術大学院への入学を認めるに従い、大学院卒業後正式にそなたを王太子に任ずる」
「は、はっ!」
「では、書類にサインを」
執事がうやうやしく、書類が乗った木製の台を2人がかりで運んできた。ぱっと見台はオーケストラが使う楽譜台に似た形に見える。
書類は婚約に同意する事を示すもの。まずはクリス様が羽付きのペンでさらさらとサインをする。
「マリーナ、ここにサインを」
「はい」
クリス様からペンを受け取り、書類を読む。内容を確認した後、クリス様の指で示された場所にサインをした。
「これで、いいですか?」
「ああ、大丈夫」
サインが終わると、書類は執事によって国王陛下の元にささげられた。国王陛下が目を通すと、彼は玉座から勢いよく立ち上がる。
「ここに、クリスとマリーナ・ジェリコの婚約を正式に承認する!」
こうして、私は再びクリス様と婚約を結ぶ事となった。これまで長いようで、短い時間だった不思議な感覚だ。
儀式が終わると、私は宮廷の執事やメイドからは早速ジェリコ公爵の名で呼ばれる事となった。マリーナ呼びに慣れていただけにこちらも不思議な感覚だ。
(今日から私はジェリコ公爵なんだな)
まだ実感が湧いてこない。だが、これから領主としても頑張らないといけない。私は赤い絨毯の上を歩きながら息を吸って気合を入れたのだった。
(がんばろ)
それからは領主としての領地経営の仕事が始まり、更に魔術大学院入学の為の書類を送ったりと忙しく過ごす日々を1週間ほど経て、ついに魔術大学院で面接の日が訪れた。
大学院の施設はまるで白い巨大な図書館と言うべき見た目で、これでもかという量の書物が巨大な棚に納められている。それがずらっと幾重にも並んでいるのだ。
(圧倒されそうだ)
「ジェリコ公爵。お待ちしておりました」
大学院の教授と思わしき人物が私を面接が行われる部屋まで案内してくれた。部屋は貴賓室の1室で、ベルベットの椅子をはじめアンティーク調の調度品がところせましと並んでいる。更に暖炉もあった。
「どうぞ、お座りになってお待ちください」
「は、はい」
ベルベットの椅子に座ってしばらく待っていると、3人の男女がそれぞれ派手で高貴な服装を身にまとい入室してきた。おそらく3人とも貴族の人間だろう。
「ジェリコ公爵。この度は院への入学をご希望なされ、誠に感謝いたします。ゆえにもう、そのまま入学を決定したいと考えていますがいかがでしょうか?」
「え、面接を受けなくても良いという事ですか?」
「はい、そうです。魔力量も申し分ないですし」
(それはそれでいいんだろうか……)
私は面接を受けなくてもいいか。という気持ちと、私だけ特別扱いは良いのだろうかという2つの気持ちに心がシーソーのように揺らいでいる。