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第1話

 小さな窓からは木漏れ日が暖かく差し込み、暗い牢の中を照らしてくれている。一緒に小鳥がさえずる声も聞こえてきた。


「もう、そんな時間か」


 私、マリーナはかれこれこの地下牢に入れられて長い事になる。普段は魔法を使って屋敷の図書室から本を取り寄せてそれを木漏れ日の光を頼りに読んで過ごしている。


「おはよう、熊さん」


 私の唯一の味方である熊のぬいぐるみへの挨拶は、朝の日課だ。メイドから手渡されたもので茶色くて丸っこいフォルムのこのぬいぐるみは見ているだけで落ち着かせてくれる。

 すると地下牢の扉がぎいっと錆びた金属の音を立てながら、ゆっくりと開かれた。


「おはようございます」


 老いた小柄なメイドが入ってきて、私に朝食と着替えを渡し、簡易トイレの処理を行う。時折ぎょろっとした目で私と熊のぬいぐるみとちらちらと見ながら作業を終えると、扉を閉めて鍵をかけてそそくさと去っていった。


(終わった)


 するとまたも、誰かがこの地下牢へとやってくる足音が聞こえて来る。


(またか)

「ふん。今日も元気そうじゃない。残念だわあ」


 地下牢の錆びた柵越しに私を嫌そうに見つめる寝間着姿のこの茶髪の少女はソヴィという。リリーネ子爵家の令嬢で私より年下である。


「あらおはよう、ソヴィ」

「あらやだ、忌み子に話しかけられたら不幸になりそうだわ」

「でも朝の挨拶は大事でしょう?」


 ソヴィは扇子で口元をしきりに仰いでいる。そんなに地下牢の臭いが気になるなら、別に毎日来ないでもいいのだが。


「マリーナの方が魔力がバカ高いから手を出せないのが癪だわ。まあ汚い女なんて触りたくもないけど」

「……」

「ふん、まあいいわ。せいぜいここで死ぬまで暮らしていなさいな」


 そう言ってソヴィは地下牢からかつかつと荒々しい靴音を立てながら去っていった。

 私はあれから間もなくこのリリーネ子爵家に身柄を引き取られた。そして引き取られてすぐに、この地下牢へと入れられたのだ。


「お前は忌み子だ。聖女候補ともてはやされていたようだが両親と祖父母が一気に死ぬなど聖女なものあるか」


 リリーネ子爵はそう言い放って、この地下牢に強引に私を押し込めた。この地下牢では使える魔力も制限されている。

 金色だった髪もいつの間にか真っ白になった。赤い目は変わってはいないようだが。


(鏡が無いからわかんないや。持って来ようとしたら怒られるし)


 地下牢には1日3度、メイドがやってくる。食事は朝と夕の2回で余りが与えられる。簡易トイレは朝になると中が交換される。服の着替えは数日から1週間に一度。もうこの劣悪な環境には慣れた。


「この子がいれば大丈夫」


 私は熊のぬいぐるみを撫でた。このぬいぐるみは地下牢に入れられて1か月くらい立った時に、メイドから貰ったものだ。

 撫でているだけで、胸の中が落ち着く。


「うん、今日も一緒に頑張ろうね」


 そう熊のぬいぐるみに語り掛け、私は朝食のパンと具の少ないコンソメスープを平らげると、一緒に魔術書を読むのだった。

 それから1週間後。この日は夜明けからがたがたと足音や何かが動いている音がすごく聞こえてきた。


「何かしら……?」

 

 そのせいかいつもよりも早くに目覚めてしまう。辺りはまだ暗く、ほぼ何にも見えない。魔力を使って探ろうにしても牢の中では魔力が制限されているので、出来ない。


「夜明けを待とう」


 しばらくして、日が登り光が窓から牢の中に零れ落ちて来た。こちらに向かう靴音は、彼女か。


「おはようございます」


 やはり、読み通りあのメイドだった。彼女が雑にこちらへ差し出した朝食はヒビの入った白いお皿に乗ったビスケット5枚だけだった。


(いつもなら余りが出るのに、おかしい)


 すると更にこちらに向かってくる靴音が聴こえてきた。


「ふふっ、アンタと会うのも今日で最後ね、マリーナ」

「ソヴィ」


 ソヴィは長袖の純白のドレスを身に纏っている。両裾を持ち上げてにやにやしながら私にドレスを見せつけてきた。


「綺麗なドレスね」

「ええ、そうでしょう? 今日私は結婚するのだから!」

「どなたと?」

「イリアス様よ。隣国のロイナ国の王太子殿下。政略結婚で嫁ぐの。羨ましいでしょう?」


 ロイナ国。長年ザパルディ国とは敵対関係にある国で、強力な軍事力と豊かな生産性を持つ大国だ。そういえばクリス様がいなくなる前から本格的に侵攻が始まっていたような。

 イリアス様はそのロイナ国の王太子殿下。切れ物だという噂は両親から聞いた事がある。


「政略結婚て大丈夫なの?」

「あら、私の心配してくれるわけ? 元聖女候補気取りかは知らないけど要らない心配よ」

「……」

「じゃあね、灰かぶりの忌み子マリーナ。もうアンタと会う事は無いわ。さようなら!」


 ソヴィは高らかに笑いながらそう言うと、靴を鳴らしながら去っていった。

 ソヴィが去っていってしばらくすると、天井から聞こえる音もぷつんと途切れたのだった。


(静かになった)


 結婚という事は、ソヴィとその両親も同行しているのだろうか。


「?」


 ふと、熊のぬいぐるみを見ると全身が橙色に光っている。


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