第13話
(なんか怪しいような……)
怪しいという曖昧な感覚は覚えたが、いかんせん曖昧過ぎて確証がなさ過ぎる。
「でも、噂は当たっていると思うわよ」
「クララ様?」
「実際、リリーネ子爵の領地には悪魔の獣が良く出る。まあ領地の半分が森林に山だから立地上致し方無い部分もあるけど、それでも悪魔の獣がよく出るのは領主としては頂けないわね」
クララ様がそう語ると説得力が出る。彼女の低い声が身体の芯まで伝わるのだ。
その後。イェルガーから何度か宮廷にいた時の話を聞きつつ1週間程が経過した日の昼前。屋敷にふわふわと白い封筒が窓の隙間を縫いながら漂うようにして届いた。
「ジュリーからだわ」
安楽椅子に座り紫色の毛糸を使って編み物をしていたクララ様が白い封筒をぱっと掴む。そして封を開いて中の紙を取り出して読みはじめた。
「うんうん……大丈夫そうね。マリーナ。クリスとイェルガーを呼んで来て」
「はいっ」
私は屋敷の中庭で剣術の訓練をしている2人に、クララ様が呼んでいるという旨を伝えた。
「マリーナ! すぐ行く!」
「参りましょう」
こうしてクララ様の元に集合し、彼女からの話を聞く事になった。
「結論から言うと大丈夫そうだから、宮廷に戻ってもいいわよ」
「!」
クリス様が目をぱっと輝かせ、私の方を見るとばっと私を抱き締めた。
「やった……! 俺達宮廷に戻れるんだ!」
「クリス様……!」
「やった、やった!」
クリス様の温かな体温が更に喜びにより紅潮していく。彼の喜び具合は私が言うのもなんだが、まるではしゃぐ犬のようだ。まあ、クリス様は昔から犬っぽい所はあるが。
「良かったですね!」
「ああ! 嬉しい!」
彼の願いが叶ったのは素直に嬉しい。
するとそこで、クララ様が落ち着くようにとクリス様を制する。
「あ、すみません」
「ごほん! 宮廷への帰還はゴールではございません。その事はあなたも重々理解しているはず」
「はい……」
「それとマリーナ」
「はい?」
「クリスは宮廷へ帰還した後、あなたと再婚約したいという意思を示してはいるけど、あなたはどう暮らすつもり?」
「あーー……」
リリーネ子爵の元では過ごせないし、婚約者という立場では宮廷で暮らせられるかどうかも分からない。
「という訳でクリスとマリーナ。宮廷に帰還後のあなた達の暮らしについても一応は考えを立てました。まずクリスは王子としてまた暮らせるだろうから、そこまで心配はしていません。問題はマリーナの方」
「……私」
「マリーナ。王立魔術大学院に通うのはどうですか? クリスにとっても良い話だと思うけど」
その後、クララ様から王立魔術大学院についての話を聞いてみた。まとめてみると王立魔術大学院はその名の通り魔術を習う学校。王立魔術学園のグループ内に属し、初等部、中等部、高等部、大学と来て大学院が一番上になる。
しかも大学院は成人を迎えた者なら貴族庶民問わず誰でも通えるという事だった。学費もいらないらしい。
「マリーナは公爵家にいた時は学校には通わずに家庭教師から色々学んでいたのよね?」
「はい」
「なら、大学院の方が良いわ。大学ならテストがあるけど大学院なら面接だけだし」
「なるほど」
「あ、おばあさま!」
ここで、クリス様が右手を挙げながら何かを決めたかのような真剣な目でクララ様を見つめる。
「俺も行きます! マリーナと一緒にいたいし、魔術も学びたいので!」
「ええ、いいわよ」
「……おばあさま、ありがとうございます! マリーナ、俺も一緒だから。心配しないで」
クリス様の穏やかな笑みが私の胸の中に染みていく。熊のぬいぐるみもそうだが、彼といるとなんだか安心できて癒やされるのだ。
「マリーナは?」
「私も大学院に行きたいです」
(もっと魔術について勉強したい)
「分かりました。では、私も決めねばならないわね」
「?」
「私も同行するわ。そして魔術大学院の教授として教鞭を取り、あなた達を見守りつつ導きましょう」
クララ様は立ち上がり、そう自信たっぷりに言い放った。
これが、グランバスも大魔女のオーラとでも言うように圧がすごい。
「おばあさま、本当ですか?」
「ええ。ジュリーにもこの事は伝えておくわ。イェルガーもよろしく」
「はい、クリス様とマリーナ様をお守りいたします」
「では早速手紙を書くわね。みんなは下がっていいわよ」
「はい!」
クララ様は宮廷、国王陛下と王妃様あてに手紙を書いて風に乗せて送り届けた。返信は夜の22時頃に到着する。
「クリスとマリーナ、イェルガーの帰還を待っているとの事よ。良かったわね」
ほっと一息つきながら、寝間着姿のクララ様から手紙を受け取り読んでみる。そこには確かにクララ様の言ったような内容の文言が記されていた。
「クリス様、返信です」
「どれどれ……!」
手紙は隣の部屋にいるクリス様にも勿論見せた。クリス様もクララ様と同じように、息をほっとつきながら良かったと呟いたのだった。
「一緒に行こう。マリーナ」
「はい。クリス様」
クリス様は私をそっと抱き締め頭を撫でる。