第二話「久しぶり」
子供の頃の話だ。
私はまだ小学校入りたで、右も左も分からなかった時にインフルエンザにかかった。
その時、確か40度程の熱を出して、父と母が大慌てしていた。
それで私は学校を休み、しばらく寝込んでしまった。
当初の私は生まれて初めてインフルエンザにかかった。
その時は本当に死ぬかと思った。
感じたことの無い体の異常。
気持ち悪くて熱くて、そして苦しかった。
頭がぼやけていて、何も考えられなかった。
「お母さん……私しぬの…?」
ふとでた私の言葉。
母は私にニコッと笑い、優しく答えてくれた。
「蓮華はしなないわ」
お母さんはそう言って、私の手を優しく包んでくれた。
お母さんは続けてこういった。
「だって、蓮華には私やお父さんがついてるもの。」
そんな些細なお母さんの一言が、私の唯一の希望だった。
誰かがそばに居るという安心感。
今の私の縋るものはそれだった。
お父さんも仕事を休んで、私の様子をちょくちょく見に来てくれた。
お父さんは不器用な人だ。
私の慰め方が下手くそで、いつもそれをお母さんに弄られていた。
だから、お父さんは私に一輪の花を持ってきてくれた。
「お父さん……それ…花?」
「ああ、これはな、お前の花だ。」
「……私の…花…?」
「そうだ、この花があったから、俺は蓮華とお母さんに会えたんだ。」
「……なんで…?」
お父さんはフッと笑い、こう言ってくれた。
「蓮華が病気に打ち勝てたら教えてやるさ」
だが、インフルエンザが完治した頃には、私はその事を忘れていた。
私の名前は羽田野 蓮華。
父と母がつけてくれた名前だ。
そしてこの夢も……いつか……………
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…………シャンデリアだ。
意識が起き上がり、目を開けた私の視界の端に映っていたシャンデリア。
天井は真っ白で、電球の1つもない。
寝ていた体を少し起き上がらせ、辺りを見渡す。
壁は赤を基調とした見た事のない紋様。
更に体を起き上がらせると、そこには木の机、本が敷き詰められた本棚、白い椅子、ステンドグラス風の窓、白い扉。
木の机の上には、何かの箱だ。
取っ手があり、赤い何かのシンボルが掘られた箱だ。
そして木の机の下には、茶色のスーツケースの様な何か。
えぇ〜?
本当に貴族の屋敷に来てしまったのだろうか?
いや、本当に貴族の屋敷だとしても、文明が追いついて無さすぎやしない?
現代に貴族という者が居るのかも分からないが、せめて何かの電子器具があってもいいと思う。
なんか観光スポットとかにお邪魔している感じだ。
「う、うーん」
本当はここが何処か。
何故ここにいるのか。とか
聞きたい所ではあるが、まだ私の脳が覚醒していない。
というか、人が居ない。
「ーーー・・ーー・・ーーー・ー」
……誰かの話し声が聞こえる。
扉の向こうからだ。
これは……日本語じゃない…?
英語?フランス語?中国語?
どれも該当しない、私の知らない言語。
「・・・・ーーー?ーー・・ーー・・・ーー」
「・・ーーー・・・・・、・・ーーーーーーー」
やっぱり分からない。
違う声音も聞こえてくるから、扉の奥にいるのは2人…?
「ーーー・・・ーー」
「ーーー・・ー!」
どんどん声が近づいてくる。
ここに来て気付く。
私は他の国に飛ばされてしまったのでは無いだろうか?
だとしたら……
「ーーーー・・・ーー」
ガチャ
扉が開いた。
「…………………」
「…………………」
「…………………」
やはり二人組の女性のペアだった。
そして、私含めた3人はその場で固まってしまった。
1人は白いロングコートを羽織った赤髪ロングの美人なお姉さん。目はライトグリーンのジト目で、頬っぺに火傷のような痕がある。
身長も私以上に高い。
正にクールビューティという言葉が似合う女性。
もう1人は…………え?
もう1人は……獣だった。
いや、これはかなり極端な言い方だ。
髪はピンクで、その髪には狐の耳が着いていた。
露出度が高い白服に、どんぐりのような目。
そして、尻尾が生えていた。
…………コスプレイヤーさんですか?
「・・ーーー・・・!!!!!」
「え?え?」
どんぐり目のコスプレイヤーが驚いた表情ではしゃいでいる。
顔がすごく嬉しそうだ。
それより、今どきの異国のコスプレイヤーはここまで完成度が高いのか。
頭の耳はウィッグの一部?
………いや、興奮で耳が動いている。
どういうシステムで動いてるのでしょうか?
「・・ーーー!!・・ーー・・!?」
「・・ーー・・…………」
「えっと、いや、あの……」
「・・・・・・ーーーーー!」
「・・ーー・………」
「あの、私の……この言葉分かります?」
「・・ーーー!!」
「・・・・・・ーー」
「………どうしよう……」
あの、なんか置いてきぼりにされてますけども、私の分かる言葉で話す事って出来ないですかね?
あー、うん、無理そうかな?無理そうだね。
コスプレイヤーと赤髪の女性が話し合っている。
多分、私の事について話してるのでしょう。
………これっていつ帰れるんだろう。
もっと緊迫した雰囲気になるかと思ったらこれなのだ。
私はすっかり緊張の糸が切れてしまった。
「・・、ー・・!」
「・・ーー、・・ーーーー・・」
「ん?」
コスプレイヤーの女性が後ろを振り返るなり、どっかに行ってしまった。
それに続けて、赤髪の女性もいなくなった。
律儀に扉を閉めて行って。
………私もう帰っていいですか?
帰れるか分からないけど。
赤髪の女性が居なくなった直後に、また新しい足音が聞こえてきた。
コツ…コツ…と、革靴の様な重たい足音。
これは多分、男の人の足音だ。
ガチャ
扉が開いた。
「………………」
「……………?」
また一瞬だけ無言の空気になった。
扉から現れてきたのは、やはり男性。
身長は高く、黒いロングコートを羽織り、歳は30代とかそういう所だろう。
髪は黒のセンターパートで、顔は………いや、この顔……どこかで見た事がある?
「………久しぶりだな」
「!」
日本語だ。
よし、やっと話が通じる人が来た!
いや、それより……彼は「久しぶり」と言ったよね?
私の知っている人?
いや、私の知り合いにあんな顎髭が生えたおっさん知りませんけど。
だが、どこかで……いや、誰かに似ている?
「え……だれですか?」
「まぁ、流石に分からんか」
「なんで私の事知ってるんですか?」
「まぁ落ち着けよ」
「というより、ここは何処なんですか」
「落ち着けって」
「あ……ごめんなさい……急に色々質問しちゃってて」
気持ちが逸ってしまい、ついつい食い気味に質問してしまった。
普段の私は絶対こんな事しないのに……
よっぽど私は焦ってると見える。
……何処かがズキズキと痛む。
そして、何かを忘れてる気がする。
「そうだ……!みんなはどこに─────ぅぅっ!」
「おっと…!」
急に私は立ち上がろうとして、両手を使おうとした瞬間に激痛が走った。
その衝撃で、転けそうになった私を、間一髪で支えてくれた。
「はぁはぁ…………すいません、ありがとうございます」
「いや、いい。まぁ一旦座れ」
そして私はベッドに座ると同時に、現状を理解した
「………あぁ……」
右手がなくなっていた。
何故?なんて言わなくても分かる。
私はここに来る前に、右腕を切り落とされたのだ。
謎の狼……いや謎の龍に。
因みに私の利き腕は右手だった。
その利き手を失ったのだ。
この先どうやって生きていけばいい?
片腕だけで、どうやって生活出来る?
あぁ、泣きそうだ。
今にも誰かに泣きつきたい。
でも、ここには誰も居ない。
親も友人も誰も。
私は今……どんな顔をしているのだろうか?
「………辛かったんだな」
「……………」
彼は少し吃り、その後何かを決めた様にこう言った。
「………れんかさん」
「……!」
何で……私の名前を…?
「君が俺の事をどう思っていたか分からない」
彼は言葉を続ける
「俺にとっての君も、ただの友達の友達という認識だった」
彼は言葉を続ける
「俺からは君を慰める事は出来ない」
彼は言葉を続ける
「でも、君の事を全力で支援する」
彼は言葉を続ける
「俺は5人の中で、一番不器用だから、こんな気遣いしか出来ないけれど」
彼は言葉を────いや、彼じゃない
「良かったら……俺を頼ってくれないか?」
………扉から入ってきた時、薄々感じていた。
この顔と雰囲気は彼に似ていると。
だが、彼がこんな所に……こんな大人びた感じではなかった。
少なくても、彼は顎髭は生えてなかった。
でも、この言葉で確信した。
「……あなたの名前は、柳津 憂夜……ですか?」
無表情だった彼が、今だけ少しだけ口元が緩んだ。
「久しぶり」
「……久しぶり」
2人とも少し照れ臭く言ってしまって、恥ずかしい気分になる。
そしてもう一つの感情が目に押し寄せてくる。
「あれ……わた…し……」
何か顔に、いや、目に違和感を感じた。
これは何かと思い、左手で確かめた。
水だ。
…違う、涙だ。
「うぅぅ…………っううっう…………」
彼は私の隣に座った。
背中を叩いてくれたり、さすったりはしてくれなかった。
だが、彼はハンカチを渡してくれた。
ああ、これは彼なりの気遣いなんだ。
不器用で真面目で、そして優しい。
そして、私は長い間、すすり泣くように泣いた。
白色布地のハンカチで涙を拭った。
でも、悲しい事があったからじゃない。
私の涙は、多分安堵の涙なんだろう。
家族は居なかった。
右手は失った。
けども、友達は居てくれた。
だから今だけ、この感情の赴くままに流された。