第一話「ありったけの残酷を君に」
「ぅうう………」
頭が痛い。
体も痛い。
全身の細胞という細胞から痛みを感じる。
外傷はない。
だが、全身が火傷した後かのような、ヒリヒリした感覚がある。
両目もさっきの光線を間近に直視してしまい、若干ぼやけている。
周囲は相変わらず暗い。
……変だ。
みんなの声が聴こえない…。
それどころか、輪郭がない。
ぼやけていても形は捉えれるはずだ。
だが、何も無い。
誰も居ない。
「う……あえ?」
ようやく視界が正常に機能し、夜目が利いてきた時だった。
私にしては珍しく、素っ頓狂な声を出してしまった。
いいや、これは誰だって同じ状況ならそういう反応をする。
……広かった。
さっきのこじんまりとした部屋ではなく、体育館ほどの広い洞窟のようだ。
暗く広い洞窟。
手品の様な芸当に驚かされた後、やっと脳が正常な判断と感情をわたしに教えてくれた。
「だれか……いないの…?だれか……だれか!!!」
返事はなかった。
ただただ私の声がこだましただけだ。
ここは……どこなの?
分からない。
皆は何処に行ったの?
分からない。
私は攫わたの?
分からない。
私はどうなるの?
分からない。
不安、不安、不安、不安、不安。
何もかもが不確定。
未知が多い。
闇が多い。
私の心臓の鼓動が、どんどんと早くなっていくのが分かる。
ドクドクという音が聞こえる。
それに呼応して、息が荒くなる。
鼻で呼吸をしているのか、口で呼吸をしているのかも分からない。
ただ、音だけが聞こえる。
私の音だけが、聞こえる。
………私の音だけしか………聞こえない。
今、この場で、わたしは独りだ。
「はぁ………はァ……ハァ………!」
次第に呼吸が整えられなくなる。
緊迫感が……臨場感が……これを現実だと言い張る。
これは夢ではなく現実。
その事実にまた、焦ってしまった。
「…あぁ……!……あぁぁ……ぁぁ………」
叫ぶことすらも、ままならなかった。
…………深呼吸
…………深呼吸
…………深呼吸
………次第に落ち着きを取り戻した私のとった行動は探索。
私が動かなければ、何も始まらない。
まずは、この広く暗い洞窟から出る。
広い洞窟に人がいればラッキー。
なにか明かりがあればちょっとラッキー。
何も無ければアンラッキー。
ただ闇雲に何かを探すのではなく、なるべく上に向かい続けることに決めた。
ここは恐らく地下だ。
地下ならば、上に行けば外に出られる。
…………
不安要素はある。
ここで誰かを待つべきでは?
人と会っても、その後どうする?
その人は助けてくれるの?
そもそも、その人は本当に無害?
まだまだ疑問はいっぱいあるだろう。
何かと欠陥のある案だと理解している。
私の足りない頭では、他に思いつくものが無い。
でも……
「…何もしないよりかはマシ」
不安も問題も疑問もある。
今はその全てを押しころして、ただ前に進もう。
ほんの少しだけの勇気を足に集中して…
そして、私は歩いた。
────────────────────
探索は視覚と触覚に頼った。
鼻はずっと異臭がしていて使い物にならない。
耳をすませても、洞窟が広くてあまり音が反響しない。
舌は……そもそも使い道ないでしょ……
だが、触覚は使える。
主に手だ。
壁に手を当てながら、その先をなぞって行く。
そしたら通路がみつかる。
視覚じゃ分からないことは、手の感触でカバーする。
歩いていて思った。
この洞窟はまるで迷路みたい。
アリの巣とも異なる構造。
ただ広くでかい穴もあれば、狭い通路もある。
「はぁ〜かなり歩いたぁ」
いや、実際はそこまで歩いてない。
通路を見つけては進むという行動を数回した程度だ。
度重なる不安の連続で、精神的に疲れているだけだ。
今は広い洞窟を通路で抜け、さらにその先の入り組んだ迷路を抜け、その先の通路で休憩をしている。
だが、これは休憩なんて言わない。
なぜなら、今も物凄く気分を害しているものがある。
「うぅぅ……異臭がすごい…」
そう、臭いが本当にきついのだ。
しかも、場所によってまた違う異臭がするから、余計に気になってしまう。
なんだろう、この何とも言えない臭いは。
この臭いは恐らく何かの腐敗臭だ。
なんの腐敗臭だろう?
早くこんな所抜け出したいし、もう歩き続けよう。
休憩を終え、もう一度歩みを再開した。
ベチャッ
「ッ?!」
通路を抜けた先の広い洞窟で何かを踏んでしまった。
恐る恐る下を見る。
暗くてよく見えなかったが、それが何か分かった。
「……死骸だ」
目を凝らしてよく見てみると、白くて毛深いコヨーテの様な見た目の動物だった。
特筆すべき点は、しっぽが5本あるというところだ。
そして、その死骸が6匹も転がっていた。
なんとも無惨な形だった。
まるで他の生物に食べられた様な……
わたしはそれ以上耐えきれず、口元抑えようとした瞬間
「──────────え?」
手だ。
手首が宙を舞っていた。
私の目の前で片手が宙に飛んでいた。
なぜ手が宙に舞っている?
一体、だれの手?
──────そんなの決まっていた。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!」
あまりの激痛だった。
あまりに痛すぎて転んだ事にすら気づかないほどに。
熱い熱い熱い熱い!
痛い痛い痛い痛い!
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いイタイイタイイタイイタイ!!
あまりの痛みにその場で丸まってしまった。
痛みの発生源は右手からだった。
瞬間的にに自分の利き腕である右手をみた。
私の右腕は血だらけだった。
そして何より
私の右手が、切り落とされていた。
「あ゛あ゛あ゛ぁぁ………ぐぅぅ……あ゛あ゛あ゛あぁぁぁ!!」
「グルルルゥ…………」
「ィッ?!」
それは、私の知っている生物ではなかった。
狼だ。
いや、龍?
そのハイブリッドの様な見た目をした大型の生物だった。
私の何十倍もデカく、高く、青く、そして何より獰猛な見た目だった。
爪も鱗も全てが鋭利な刃物のようだ。
そしてこのデカさで足音さえ聞こえなかった。
そう、私は狩られたのだ。
この龍に。
「……………」
「うぅぅ…………ううぅっっっ……」
その生物は唸り声も遠吠えも鳴らさずに、ジリジリと私の方に近付いてくる。
悶える暇も与えずにゆっくりと私に近づいてくる。
私は溢れ出る血と涙が止まらずに、その場で悶え続けた。
今から死ぬという恐怖に腰が抜けて立つことすらも出来ない。
あぁ、これが私の人生の終わりなのか
せめて、せめてもう一度みんなと会いたかったな
お母さんにもお父さんにも何も言わずに死ぬのは嫌だな
死にたくない……
死にたくないよぉ……
龍がその鋭利な爪を振りおろそうとした。
その瞬間、私は目を瞑った。
ごめんねみんな、先に行くね。
私は潔く死を受け入れた……
────────────────────
あれ
なんでだろう
いつまで経っても攻撃が来ない
私は恐る恐る目を開けた。
え……?
龍が切られていた。
真っ二つに。
あれは…?
その龍の前…いや、わたしの前に誰かが……
誰かが立っていた。
「────────────────────」
あぁ、目の前の誰かが何か言っている。
でも、何を言っているのか分からない。
もう頭は使えなかった。
出血が酷いのだろう。
目を開け……るの…も……げん……か…い
私はそのまま、力尽きてしまった。