プロローグ
夜、わたしは母親が用意した料理を平らげた後、直ぐに自室に戻り支度をした。
自室に戻り服を着替える手前、何を着ていこうか迷ってしまった。
これから足を運ぶ所を考えるなら、お洒落をする必要はないと判断し、ラフな服装に着替えた。
自室である2階から、リビングのある1階まで足早と駆けた。
「あ」と母親が何かを言いかけて、足を止める。
「れんか、またどっか行くの?」
「うん、すぐ帰ってくる」
微妙な空気になってしまった。
三日前に見つけた廃工場を、友達と散歩してくると行ったら心配されそうだ。
だから、母親が本当に聴きたい事には答えなかった。
ほんの少しだけ間が空く。
「お父さんが帰ってくる前に帰ってくるのよ」
「おーん」
お母さんはそのまま夕飯の支度を始めた。
私の母親は優しい…というより寛容だ。もちろん優しくはあるが、ここでは寛容という言葉の方が適切だと思う。
基本的には、私のやるの事を尊重しているが、危ない事の分別は着いている。
「じゃあ、行ってくるー」
「気をつけてね」
靴はいつもの白のスニーカーを履く。
「行ってらっしゃい」
「行ってきまーす」
そうして、玄関から外に出る。
ちゃんと閉め忘れ無いように鍵を掛けて、ポストにいれる。
そこからは現地集合と聴いたので、寄り道をせずに、廃工場に歩を進めていく。
別に方向音痴ではないけど、グー〇ルマップを使って現地に行こうとする。
「………あ」
っと思ったら、スマホを持っていくのを忘れちゃった。
まぁ、最近はスマホに頼りっぱなしの生活だったから、今日だけ脱スマホという事で諦める。
歩いている途中に、お母さんの「行ってらっしゃい」という一言が一瞬だけ頭を通過して行った。
ありふれた言葉なはずなのに、一瞬だけ噛み締めてしまう。
スマホがないだけで、かなり歩いている間に色々なことを考えちゃうな〜。
私の住んでいる所は、俗にいう田舎だ。
周りが田んぼと虫だらけの緑が美味しい場所だ。
私はそんな田舎が大好き――――なわけがない。
近くにコンビニやスーパーがないのはもちろん、近所のおじいちゃんおばあちゃんは話が合わない事もあり、正直言うとかなり気まずい。
でも、そんなのは別に些事であり、一番の要因は虫。
わたしは虫が昔から大の苦手だ。
ビジュアルといい羽音といい、わたしは一生好きにはなれないだろう。
そうこうしてるうちに、現地である廃工場に着いた。
どうやら私が一番乗りらしい。
「よっ!」
「ッ!」
肩をぽんと叩かれ、一瞬ビクッとなる。
どうやら一番は私ではなかったらしい。
「ビックリしたんだけど…」
「わり」
悪びれもなく、ニンマリとした表情で答える。
私を脅かした男の名前は賢。
高校からの友人。
容姿は短髪ヘアに整った顔、ある一定の層からはモテそう。
彼を一言で括ってしまえば、少年心を忘れられない男子高校生、だと思う。
遊ぶ時は誰よりも楽しそうに遊び、気の許せる相手ならば些細なイタズラを仕掛けてくる。
プラモデル、漫画、アニメが大好きであり、漫画やアニメの話で意気投合して、そのまま成り行きで遊ぶ中になった。
今日の肝試しだって、彼が提案した事だ。
因みに今は11月9日であり、冬の寒いシーズンだ。
でも、彼にとっては関係ない。
「………」
……気づかなかった。
ケンの後ろに憂夜がいた。
彼も高校からの知り合いで、同級生である。
髪は男の子の中だと、比較的に長い方だ。
前髪が目にかかっており、見えずらそう。
顔立ちは整ってはいるが、肌が病的に白い。
実は、私はあまりユウヤとは関わりがない。
私は人間観察は上手い方だと思うが、彼の特徴を一言でいう事は出来ない。
容姿はわりと陰キャ寄りではあるが、コミュ障かと思えば実はそうでは無い。
話を振られたら普通に会話にも入れる。
ただ、彼から話しかける事はない。
常に無表情だが、何も感情が無い訳ではなく、偶にクスッと笑うことがある。
あえて言うなら、全てにおいて起伏が浅い?とでも言うのかな?
「れんか、後の女子メン2人は?」
「あー、多分もうすぐ来ると思う」
「みんなぁー!」
私が来た道とは逆の方向から声がする。
このよく響くファルセット。
聞き覚えのある声音。
この声が直ぐに繋である事が分かった。
「れんか達、なんか早いね!」
「私達で最後なのね」
「ナナちゃんと私もかなり早めに家を出たはずなのにね〜」
ケイともう一人、七が隣を歩いていた。
ケイは私と同じ中学校で、中学1年生の入学式の時に私に積極的に話してくれた。
容姿は黒髪にロングで端正な顔立ちをしている。
正直に言おう、この5人の中で一番顔の偏差値が高い。
立ち振る舞いもまるで、貴族のお嬢様みたいだ。
まぁ、私は貴族のお嬢様が何かは分からないのだけれど。
ケイは絵に書いたような美少女で、クラスの人気度も高く。
男子達の邪なランキング、付き合いたい人ランキング上位に位置している。
でも、私は知っている。
上田 繋は、中学生時代かなりの素行不良が目立っていた生徒でもあった。
なんやかんやあって、今の性格に成ったのは私としてもかなり嬉しい。
ナナも私と同じ中学校で、中学2年生の夏休みに知り合った。
容姿は紫髪にウルフカットで顔立ちは程々に整っている。
ピアスも空けているし、服装が乱れている。
はっきり言おう、彼女はスケバンだ。
もちろん、これは学内でも同じだ。
校則違反なんて日常茶飯事で、本人曰く「反省文を書いた回数なんて覚えてない。それぐらい校則違反を犯してる」と豪語していた。
でも、私は知っている。
ナナは中学生の頃、黒髪ショートで凄く真面目に勉強していたということを。
……… 一体何があってこうなったのか、今の私には分からなかった。
「よし、みんな揃ったな。じゃあ行くかぁ!レッツ廃工場!」
「……ちょっと待って」
ナナが待ったをかけた。
「流石に今は使っている人が居ない工場だからって、何も考えずに入るのは違うんじゃない…?」
「中に変質者がいるかもってこと?」
「確かにそれもあるけれども、仮にも廃工場なのだから、かなり入り組んでると思うのよね」
「つまりナナちゃんの言いたいことは、単独行動とかはパニックになる可能性が高いって事だよね!」
「そういうこと。つまり散り散りになるのは辞めておいた方が良いわ。隊列を組みましょ?」
確かに、名案だと思った。
だが、私は知っている。
ナナは極度のビビりだから、こういうのは固まって動いた方が怖くないと考えたのだろう。
その証拠に、ナナの顔が少しこわばっている。
「よし、じゃあそうしようか!」
ケイのファインプレーによって、ナナが心なしか落ち着いた様に胸を撫で下ろした。
多分相当嫌だったんだろうね。
「隊列を組むんだったら誰が前になるの?」
「ゆうやとかどう?」
「……普通に嫌だけど」
ケンの提案にほとほと嫌そうな顔をしている。
「ここは普通にジャンケンとかでいいんじゃない?」
「まぁ一番無難ではあるわね」
「おーけー、それで行こう」
そしてジャンケンの結果は先頭順にこうなった。
ナナ➡︎ユウヤ➡︎私➡︎ケイ➡︎ケン
「……なんでぇ…?」
心の底から嫌そうな顔をしているナナ。
でも、この中で懐中電灯を持ってきているのは彼女であった。
これも運命の神様が、ナナに先頭に行って欲しくて仕組んだのだろう。
うん、それにしても酷い。
何が酷いかって、ホラー耐性のない人間から前に行っているということ。
わたしも実は怖い系が苦手だが、中央に居るのが今は何より嬉しい。
「よし!じゃあ改めて。レッツ廃工場!」
そして私達は廃工場に入った。
中はかなりの広さをしていた。
2階もちゃんとあり、中の暗さも出てる満月が、ほんの少しの灯りを許している。そこに、先頭の懐中電灯が辺りを照らした。
入り組んではいるが、危ない物が落ちたり、変質者が居たりなんてのはしなかった。
周りの鉄製のものが錆びている。
階段、足場、扉など、かなり老朽化している。
不便な点があるとするならば、隊列の先頭が物音聞こえる度に、頻繁に立ち止まる事だった。
かなり歩いたので、少しだけ休憩を取った。
「………ねぇ……もう、探索し尽くしたと思うんだけど……」
「ええ、かなりいい頃なんじゃない?」
「え〜?まぁ、もう調べ尽くしたか。」
ナナはなるべく早く、こんな場所去りたいらしい。
「確かになんもなさそうだもんね〜。あ、扉だ」
ケイが何かを発見したらしい。
ケイが見つけた場所を私達は凝視した。
それは、扉には見えなかったが、確かにドアノブがついていた。
壁と扉の色が完全に同化している。
なのに、ドアノブはついている。
隠したいのか、隠したくないのかよく分からない構造だ。
「ほんとだ。よく気づいたね」
「夜目が利くからね〜私は」
ケンがドアノブを捻り開けようとするも、何か引っかかっていて、まともに開かないらしい。
ケンがもう一度力を込めて開けようとして、今度は勢いよく開いた。
扉の先は階段だった。
下に続く階段だ。
「…それで?誰が先に行く?」
ナナがみんなに聴く。
当然、みんなの目線はナナに向いている。
「……はぁ…分かりました…」
ため息が廃工場に響く。
さっきの隊列で入る事にした。
中は狭く、壁も階段もやはり汚い。
そして階段を降りた先には、何も無かった。
「まぁ、そりゃ無いよなぁ〜」
「何を期待してたの?」
「金銀財宝」
「逆にあったら困るわよ…」
「……ん?」
ユウヤが何かに気付いた。
「どうした?ゆうや」
「……いや、ただ地面に何か文字の様な」
地面を見ると、黒いサークルがあり、その中に文字が描かれている?床が汚れていて何も分からない。
暗くてよく見えないが、地面に描かれている物はアラビア語の様な感じだ。
その瞬間
「「「「「ッッッッ?!」」」」」
聞いた事ない異音と共に、黒いサークルの中から赤黒い光が、ここに居る皆を包んだ。
皆何かを言いかけるが、既に手遅れでだった。
そこに居たものは全て光に呑み込まれてしまった。
その日、私達は世界からいなくなった。