前編
暗い闇から目を覚ますと、そこには、赤い炎の中に一人の女が立っているのが見えた。その手には、赤ん坊が抱えられており、泣き声が聞こえてくる。
「誰かこの子を救ってください」
母親とみられる女が、泣きながらそう訴えているのを、頭の中に響いてくる。
母親を、助けに行こうと体を動かすがなぜか体が動かない。それどころか、自分の体が炎の中にいるはずなのに熱さを感じずにいる。その時、頭に一つの言葉が思い浮かんだ。
(僕はもうこの世界にはいないのだ)
その言葉が思い浮かんだ時の心境は、自分がちっぽけな生き物だと思ったし、目の前にいる人も救えない自分のか弱き肉体を、いつまでも恨んでいくことだろう。
そう考えていたところまた、頭に響く声を聴いた。
「おい!」
太い声が聞こえてくる
「いつまで寝ているのだ」
その声は、怒って聞こえるだろうが優しさも含まれていた。
「母親を探すのだろ? さっさと起きろ!」
(母親?)
頭に直接語り掛けるその声の、気になるフレーズを聞いたのち、ハッと思い出したように、自分の体を勢いよく起こした。
「よぉ、 目が覚めたか」
そう語りかけたのは、毛が濃いオオカミだった。
僕は、眠たい目をこすりながら今いる場所を確認する。僕よりも二回り大きいオオカミの上で眠っていることを確認する。
「ここは?」
緊張気味にオオカミに話しかける。
「なんだい、まだ寝ぼけているのか? お前の両親を見つけに行くんだろ」
そう言ってオオカミは、首にかけているバックを開けるよう、顔で合図をしたのでカバンを開けて、中に入っている物を取り出そうとした。
中には、食料とみられる燻製肉とパンが入っていて、その奥に一つの小さい毛布と紙が出てきた。毛布は、きれいな状態だが、紙の方は、一部が赤い血がついているが、紙に書かれている文字は、無事なようで、紙にはこう書かれていた。
「これを読んだ心優しき方は、どうか我が子を救ってください。わが村は。賊が攻め入り、家が焼け、村人は数多く殺されどうしようもない状況です。わが子を連れて逃げようと思っても、もう足が動かず、賊も追ってきているので、わが子を草むらに隠しました。拾った方は、この子を育ててください。そして、もし生き残っていたらここにいます」
「この手紙は?」
「お前のその毛布の中に、お前と一緒に入っていたんだ」
「俺と一緒に?」
どうやらオオカミが僕を最初に見つけて保護してくれたので、お礼を言おうとしたが、
「厳密にいうと、一番初めに見つけたのは俺じゃない」
「オオカミじゃないの?」
誰が初めに見つけてくれたか聞こうとしたが、オオカミが口を開いた。
「俺が見つける前は、ガラの悪そうな人間がお前を見つけていてな。最初は目もくれなくて、立ち去ろうと思ったんだが、奴隷にするとか、売りさばくとか、そのような物騒な言葉を聞いてしまったら、い居ても立っても居られなくてな。」
「ふ~ん」
オオカミが僕を拾ってくれたの話を聞き終えても、どうしても納得できないことがある。それは、どうして、僕を食べなかったのかである。オオカミがその理由だけで僕を救うにはあまりにも不自然。もう少し詳しく聞こうとしたら、
「おい! 見えたぞ、お前の親がいる村だ」
オオカミがこのように言ったので視線を前に向くと、森の中に立ち並ぶ小さな村が見えた。あれが手紙にあった村であろう。
「よっし、スピードを上げるぞ」
こう言うオオカミの声を聴いたので僕は、親に会える楽しみと不安を背負いながら、オオカミの毛を強く握りしめるのだった。