第一話
朝早くからインターホンが鳴り響き、来客を知らせていた。
「はーい。千尋くんちょっと待ってね〜あの子まだ寝てるのよ〜」
「いえ、僕が起こしに行ってきます」
「いつも悪いわね〜。」
母親の声が下から聞こえる。
もちろん起きてはいるが、なかなか布団から出られないだけである。
階段を登ってくる足音に少し残念な気持ちになる。
ガチャっとドアが開くと朝から爽やかなイケメンの顔がひょっこりと顔を出す。
「たっちゃーん!起きてる?」
「ん〜〜〜、寝てる〜〜〜」
「起きてるなら早く起きて来なよ…学校遅れるよ?」
「起こして〜〜〜」
寝ぼけたように布団から手を伸ばす。
冗談のつもりで差し出した手を握られるとグイッと引っ張られる。
これは岩井千尋。小学生の時から近所に住んでいて毎日学校の前には迎えにくるのだ。
そして、今起こされているのが片瀬寿。千尋とは幼馴染だ。
まだ眠そうな顔で起き上がると目の前に千尋の顔が来ていてドキリとする。
起こしてもらったのだから当たり前なのだが、男でも一瞬ドキリとしてしまう。
着替えると一緒に降りていく。
「たもつ〜あんたご飯は?」
「ん〜パンだけ齧る〜」
寿は机の上にあったパンを咥えるとそのまま千尋と一緒に学校へと向かう。
一緒の高校に合格してからというもの、今では電車での通学である。
それでもそんなに距離があるわけでも無いが、朝の通勤ラッシュにはまると電車を降り
損なう事だってある。
「なんで朝ってこんなに混むんだろうな?」
「たっちゃんがもっと早く起きればすいてるよ?」
「あー。わかったよ、俺が悪いんだろ?千尋はいつも朝早いもんな〜〜〜」
嫌味のように言って見せると大きなため息を漏らす。
揺れる度に押されて潰されそうになる。
駅に着くと少し客が降りて行くので助かるが、再び押し込まれるように入ってきて追いや
られて行く。
ドアの隅っこの隙間に行くとその前を千尋が壁になる様に寿の前に手を付いた。
千尋より、小さい寿は手を付いた千尋の腕の中にすっぽり収まるように身動きが取れなく
なる。
「たっちゃん、大丈夫?」
「あ、あぁ。」
少し恥ずかしそうに視線を泳がすが、誰も気にする人などいなかった。
次の駅で止まると一気に流されて行く。
寿達もその駅で降りると、やっと落ち着く事ができる。
学校に着くと下駄箱を開ける。
隣のクラスなので下駄箱も真正面の場所にある。
いつものように千尋が下駄箱を開けるとひらりと手紙が落ちた。
薄ピンクの封筒に可愛いシールで留められていた。
「またラブレターか?」
「う〜ん、どうだろう?」
寿が揶揄うように言うと真剣な顔で千尋が返事をした。
ラブレター以外にないだろ?と言いたかったが、それ以上何も言わなかった。
千尋はそれを拾うと鞄の中にしまった。
廊下を一緒に歩くと自分のクラスまで一緒に行く。
昼になるまでは会う事はない。
「またね」
「おう」
寿は千尋の笑顔に見送られながら自分の教室へと入った。
鞄をフックに掛けると席に着き、窓の外を眺める。
登校してくる生徒が見える。
そろそろ予冷が鳴る時間だけあってか小走りに走ってくる生徒が見て取れた。
いつの間にか後ろの席には谷口が来ていると寿に抱きついてくる。
「なーに黄昏ちゃってるのかな〜?」
「別に黄昏てねーし!」
すぐに反論する。後ろの席のこの男は谷口洋介。
元気が取り柄のムードメーカーだ。
その横には内藤もちゃかり来ていた。
メガネをクイっと上げながら二人を眺めているのが内藤伸二。
頭も良くていつも色々と教えて貰っている。
「今日も岩井に起こしに来て貰ったのか?」
「うるせーな。仕方ないだろ?いつも起こしに来るんだから…」
「はぁ〜まだ起こして貰ってるのかよ?お子ちゃまだな〜たもっちゃんは〜」
意地悪く言う谷口に反論できずにいると担任が入ってきた。
「おーい、席に着けよ〜」
出席と連絡事項を伝えると1限目が始まる。
数学は苦手だった。
公式を使えば簡単だと言うが、何をどこに当てはめるのかも不明で寿にはちんぷん
かんぷんなのだ。
後ろの席でも谷口が唸っている。
同レベルなのだ。
「では、これを前まで解きに来てくれる人はいるかー?」
必死に目があわないように下を向くと必死に願う。
そんな願いも虚しく、先生の声が残酷にも響いてくる。
「誰もいないなら〜片瀬!前に出て答えてみろ」
全く分からないとは言えず立ち上がると後ろの席の谷口のノートを眺める。
もちろん解答など書かれていない。
前へ出たものの、その場で考えても何も浮かんでこなかった。
「わ…分かりません…」
「昨日もやった所だぞ?しっかり復習しとけよ?次、内藤答えてみろ!」
寿が席に着くと同時に内藤が前へと出る。
スラスラと黒板をチョークの走る音が聞こえてくる。
「よし、良くできてるぞ。さすがだ!みんなも見習うように!特に片瀬!」
名指しされながらも席に座ると縮こまった。