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いつか、剣と拳が交わる場所で  作者: 夜野 織人
第1章 白狼は温もりを夢見る
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第8話 在り方

第8話 在り方


 翌日。


 マイトがあらかじめ決めておいた集合場所に向かえば、すでにロイとカンゼは揃っていた。マイトが見る限り、ロイもカンゼも顔色に変化はなく、いつも通りだ。


「……大丈夫そうだな」


 ロイも、マイトの顔を見てそう判断したようだった。にやりと笑い、右手を握りしめる。


「白狼と戦える時が楽しみだぜ」

「ああ。俺たちで、白狼を倒す」

「望むところですな」


 3人から立ち上るのは、心にしまい込まれた決意の発露。冒険者歴1ヶ月のロイはともかく、“勇者候補”のマイトと熟練のカンゼは、心を落ち着かせる術を知っている。昨夜も、昂ぶる心を鎮めて静かに眠りに就いた。コンディションは問題ない。


「じゃあ、行こう。歩きながら作戦を確認する」


 猫の額亭で話し合った基本的な作戦。その作戦にカンゼが持つ《遺志の短剣》をどう組み込むかを話し合いながら、3人は再びハバギア大森林地帯へと踏み込む。今日も森は鬱蒼としており、どこからか鳥の鳴き声が聞こえてくる。


「こんな感じで行こうと思っている」

「ーーじゃあそれでいこう」


 マイトが伝えた作戦に、考える様子もなく賛同するロイ。今回の作戦は、特に力の制限をしなくてよいので、反対する理由がなかった。もちろん、ロイがごねないようマイトが考えたのだが。


 それとは対照的に、歩きながら考え込む様子を見せるのはカンゼだ。


「……そうですね。妥当な内容かと。それぞれの特技を十全に活かした、良い作戦だと思います」


 カンゼは内心でかなり感心していた。見た感じ、マイトはまだ二十代の前半。ここまで堅実かつ効果的で、現実的な案が出てくるとは思っていなかった。カンゼは長い時間を白狼討伐の想像をしながら生きてきたので、細かい作戦の修正は自分の役目だと思っていた。このメンバーで討伐すると決めてから半日で骨子となる作戦を立案し、増えた不確定要素にも素早く対応したマイトは、見事というほかない。


 マイト自身は自覚していなかったが、これもまたマイトの特技であった。実践主義者である師父のもとで育ち、その癖の強い友人たちと過ごすうちに、『適応力』とでもいうべき能力が成長していた。


 『手元にある札で何ができるか』ーー欠けている部分を想像で補い、実践の記憶で現実に落とし込む。マイトは理想的な計画と現実的な計画の両方を思いつき、より実現性が高く効果的な作戦を作り出せる。


「よかった。このメンバーなら、動きは一発本番でいけるはず。けど突発的な事態っていうのは、必ず起きる。油断せずに行こう」


 マイトの言葉に、ロイとカンゼが頷く。冒険者の強みは、『即応力』にある。その場にいる人間が癖が強かろうが、性格が強烈であろうが、調整して最大限の連携を可能にする。


 傍若無人、唯我独尊を地でいくロイですら、こと戦闘においては即興で周囲に合わせた動きができる。まあ大抵の場合は、彼自身が敵を殴るために連動しているだけだが……


「あ、地面を殴るなよロイ」

「わかってるよ。お前こそ、ちゃんと浮かせよ」

「……お前が威力を加減してくれるなら、浮かせる必要はないんだが……」


 そこまで喋ったところで、不意にマイトは思い出す。ロイという人間は、確かに傍若無人だが、模擬戦や連携の確認の時はきちんと手加減をしていたことを。


「そうだよ、お前俺との模擬戦の時は手加減できてたじゃん。あれを魔獣にもやってくれるだけで良いんだが」

「敵に手加減して俺がやられたらどうすんだ。俺は敵には全力だ。常にな」


 腕組みをして鼻を鳴らすロイに、マイトは盛大にため息を吐き出した。言っていることは間違っていないだけに、性質が悪い。


「まあまあ、2人とも。そろそろ集中したほうが良さそうですよ」


 苦笑気味に嗜めるカンゼに、2人は片手を上げて返事とする。考え方にこそ違いが目立つ2人だが、根底にある気質は似通っているように感じるカンゼだった。


(己の意志をこそ良しとするロイ殿……これほど我が強い人間を使いこなせるだけで、マイト殿の器が知れるというもの。若い頃は跳ね返りたがるものですが……)


 ああ、これはいけません、とカンゼは頭を横に振り、背嚢を背負い直す。集中しろ、と言った自分が思考に没頭するわけには行かない。


 ロイは、本当に敵には全力だ。マイトとの模擬戦で手加減できたのは、彼を味方に近い場所に分類していたからだろう。洗練された技術に裏打ちされた剣技、彼特有の魔術による撹乱と誘導。紙一重とまではいかないが、良い勝負であったとカンゼは見ている。


 戦闘センスだけなら、冒険者全体の中でもかなり上位に位置するだろうロイと互角にやりあうマイトを見て、カンゼも“勇者候補“の実力を再確認した。絶対数が少ないからほとんど目にする機会はないが、対魔王災害の人材というのも、あながち大袈裟ではないのだろう。


 カンゼから見ても、このパーティはかなりバランスが良い。索敵ができ、現地に詳しい自分(カンゼ)、絶対的な攻撃力と戦闘センスを持つロイ、2人の中継役として作戦の立案、臨機応変な対応を得意とする補助よりの剣士、マイト。


「これ以上を望むのは、無理でしょうな……」


 2人にすら聞こえない声量で呟いた言葉が、森に吸われて消えていく。以前につけておいた目印を確認し、ルートを選ぶ。


 気づけば、かなりの時間が経っていた。カンゼが、『登りやすそうな木があるな』と思って見た木が、先日も登った木であることに気づく。周囲を見回せば、先日《六眼狼(ヴィルフォズ)》の襲撃にあった場所だ。


「奇襲警戒」


 カンゼの言葉に、マイトとロイが頷いて周囲に目を配り始める。かすかな音を聞き逃さないべく、耳もそばだてるが、今日は穏やかな風が吹くだけだ。カンゼは背嚢からロープを取り出し、慣れた手つきで上に投げ上げる。かかったロープをたぐって木を登ったカンゼは、再び【冬】の位置を確認する。先日から移動していないようだ。


「……あった。予想通りだな」


 そしておおよそ検討をつけていた方角に目を向ければ、樹冠が茶色く焦げ上がったエリアを見つけることができた。【冬】に比べれば狭いため、見つけるのは「ある」と予想していなければ難しかっただろう。目を凝らせば、点々と焦げついた樹冠や、枯れ木が目立つエリアが存在する。


 炎を扱う白狼シンギュラの領域と考えても間違いはないはずだ。


「場所は確認しました。慎重に行きましょう」


 木から降りたカンゼは滲み出る汗を拭いながら、ロイとマイトに告げた。ロイはにやりと笑い、マイトは真顔で頷く。


「白狼は、何のために炎を使うんだろうな」

「狩りは身体能力で問題ないだろうから、外敵の排除じゃないか」


 生きた大木を一瞬で炎上させるほどの熱量を持つ、白狼の火球。当然、人間が食らえばタダでは済まず、それはこの森に生きるほとんどの生物がそうだろう。いくら白狼が特異種であるとはいっても、生物である以上食事は必要で、狼であるなら肉食だ。焼け焦げた肉を好んで食ってるとは思い難い。


「じゃあなんであの時、森に火球を撃ってたんだ?」


 ロイが言っているのは、先日白狼に遭遇しかけた時のことだ。


「……俺らの存在に気づいていた可能性はあるな」

「そんな感じはなかったけどな……」


 マイトの言葉を、ロイが否定する。そしてロイの否定に、マイトも渋々頷いた。マイト自身、あの瞬間白狼に気付かれていたとは思わない。あれほどの存在に認識されれば、流石に気づく。こちらを敵と見ているのであればなおさら、敵意や殺意には気付けるはずだ。


「森を燃やす意味が、白狼にはあるということですか」

「理由はさっぱりわからないけどな」


 カンゼの呟きに、ロイが肩をすくめて返す。


「まあ何であれ、作戦通りにやるだけだ。失敗した時は、状況によって継続か撤退を選ぶ。うまくやろう。これを」


 マイトの言葉に頷き、ロイとカンゼは進んでいく。やがて思考を奪うような、熱気と湿気が漂ってくる。先日は気づかなかったが、この暖かい環境が《腐蟻(アンズル)》と《灼蜥蜴(ネドァ)》にとって居心地の良い空間になっているのだろう。


 3人はここを境に、細い紐でそれぞれの手首を結んでいた。引っかからないよう、慎重に進んでいく。思いっきり引っ張れば解けるような結びだが、紐を引っ張ることで注意を自身に向け、情報の伝達ができる。


 さらに奥に進めば、何度も放たれた火球によって燻り続ける枯れ木が目立つようになる。カンゼが風向きを読み、手の動きでマイトとロイを誘導する。《六眼狼(ヴィルフォズ)》は嗅覚だけに頼った索敵をしているわけではないが、鼻が鈍いというわけでもない。白狼シンギュラが《六眼狼(ヴィルフォズ)》を元にしている特異種なのであれば、風上に立たないように行動するのは当然の警戒だった。


 いよいよ、周囲の木々の熱が収まり、緑が溢れる領域へと差し掛かる。カンゼが樹上から見た限りでは、白狼の領域は焦げついた木々で囲われているように見えた。真上から見下ろしたわけではないので、木々に遮られて見えない線もあったがーー少なくとも、領域は広く区切られているようだ。その領域の中は通常の森と同じく、緑に溢れていた。


 『主張』している。


 この中は己の領域だと。


 だからこの内部にいるはずだーー特異種、白狼シンギュラが。



 ロイが前を、カンゼが右を、マイトが左を警戒する。時折ロイが左右に目を振り、マイトとカンゼが後方を振り返ることで死角を減らす。じりじりと慎重に進む3人は、それでも気づいていた。


 どれほどの距離かまではわからないが、進む先に圧倒的な存在感を放つ敵がいることを。


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