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いつか、剣と拳が交わる場所で  作者: 夜野 織人
第1章 白狼は温もりを夢見る
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第7話 ロイ

第7話 ロイ


 “英雄の碑(ウェルド・サグ)“で、マイトとロイはカンゼと別れた。ロイも、何かを考え込むようにうつむき、『明日死ぬかもしれないので、せめてもう少し娘に祈りを捧げておきたい』と告げるカンゼを無理に引っ張ったりはしなかった。


「……そりゃ、そうだよな。特異種白狼に挑もうって言うんだから、理由があって当然だ」


 マイトの呟きに、ロイが顔を上げる。


「きっと珍しくもないんだろうな。行方不明になる冒険者は……」

「そうだな。新人はよく、いなくなる」


 魔境に挑むのは冒険者の仕事だ。魔境で採取できる素材の多くは主要都市に運ばれ、生活を支えている。魔石などはその最たるものだ。今や魔石、魔術による技術開発の波は止められない。魔術に特化した魔術国家ウェルズィ然り、魔石を用いた魔導機械を開発している機械国家アーガルム然り、いずれも古い生活を駆逐する勢いで発展を続けている。城塞都市グランティアにも、そういった文化が届くことがあるのだから相当だ。いまだに、戦闘面に耐えられる開発は、さほど進んでいないようだが。


「俺に言わせりゃ、力が足りなかったーーそれだけの話だ」


 ロイの言葉に、マイトが反発する。


「おい、その言い草はないだろ。戦うのが得意じゃない人間もいる」

「ならそれに見合った生き方があるだろうが。戦いの世界に身を置くなら、命を失う覚悟ーー覚悟なんていい言葉じゃねぇな。『末路』ってヤツを弁えるべきだろ」


 吐き捨てるように言葉を紡ぐ、力の信奉者。


 マイトが見るロイは、異様なほど反発をむき出しにしていた。マイトも戦いの世界に身を置く人間だ。言っていることはわかるし、一定の正しさはある。だがそれ以上の何かを、ロイからは感じる。


「……言い方を変える。娘さんが亡くなった父親の気持ちをーー」

「それこそ、知るかよ。俺は俺、他人は他人。子供は子供だ。俺にとって大切なのは、俺の意志だけだ。自分を信じられる奴だけが、高みに昇れるんだよ」


 一息に言い切ったロイが、腕を組んで押し黙る。マイトも感情のままに反論しようと口を開きかけたが、結局何もいえずに口を閉じる。ロイに何を言ったところで、彼は自分の考えを変えることはないだろうと察したからだ。


「……チッ。なんとなくわかるぜ、俺の考えが変っていうのはよ。けど、変えられねぇ。これは、俺が俺であるために必要なことなんだ」


 今日は帰るぜ、と呟いて、ロイは去っていく。その背中を見送りながら、マイトの口から呟きが漏れた。


「……父が子を想う気持ち、か。救われた人間も確かにいるんだ。俺みたいな」


 遠く、ラニ・ウェダン聖心国にいるはずの父親がわりの存在を思い出し、マイトは歩き去るロイに背を向ける。すでに、日は落ちようとしていた。






「帰ったか。ほれ、手紙だ」


 市を回る気分にもなれず、教会に戻ったマイトは、入り口に待ち構えていたゼーゲンビルから手紙を受け取る。今度は大袈裟な封蝋などなく、質素なものだ。裏返せば、そこには『アルフィン』と示されている。あの人らしいな、と苦笑し、マイトはゼーゲンビルへと頭を下げる。


「わざわざすみません」

「何、アルフィンの野郎は友人だ。手紙に『マイトのことを頼む』と書かれちゃな」


 ヒラヒラと手に持ったもう一通の手紙を振るゼーゲンビル。この大司教とアルフィン師父が友人であることは事前に聞いていた。だが、本当にここまで親しい様子だとは思わなかった。マイトは、敬愛する師父の相変わらずの顔の広さに呆れかえる。


「……なら、もうちょい優しくしてくれてもいいんじゃないですかね」

「1つは、アルフィンの野郎がお前に期待している。期待に応えるのも、息子の役目だろ? ん?」

「……はぁ……もう1つは?」


 マイトが尋ねれば、ゼーゲンビルはふんぞり帰って腕を組んだ。


「うむ! 知らなかった! 奴の子供の1人が勇者候補だとは聞いていたが、【偽想】のマイト・ディンガとは思わなかったのでな」


 【偽想】。その二つ名を聞いたマイトの体が硬くなる。彼にとってその二つ名は、あまり印象の良いものではなかった。明確に馬鹿にされたわけでもないが、肯定的に捉えられたことはほとんどないからだ。まずはその意味を聞かれ、答えれば妙な同情を受けることが多い。だから、ことさらに名乗ってはこなかった。


「報告は受けているし、贔屓目なしで私はお前を評価している。魔術の特異性など、大した内容ではない。私は仕事ができる者にこそ、高い評価をする」


 身体を硬直させたマイトだったが、ゼーゲンビルの言葉はあっけらかんとしたものだった。不思議そうな、あるいは異物を見るような目を向けられることに慣れていたマイトは、ゼーゲンビルの優しい視線に戸惑う。


「『理想を思い描き、現実に投射する魔術』。大いに結構。その魔術だけで辿り着けるほど、“勇者候補”は甘い立ち位置ではない。君が並々ならぬ努力をしていることは、アルフィンも私もわかっている」


 ゼーゲンビルは、穏やかな口調でマイトを労った。


「生きて帰れ、マイト・ディンガ。君が昨日今日なにをしていたか、私のところに報告は入ってきていない(・・・)。だから、君が何をするつもりなのか私は知らない(・・・・)。だが、なんにせよ、死んではならない。君にはまだ先があり、やってほしいことも――」


 ゼーゲンビルの言葉に被せるように、遠くから女性の声が聞こえてきた。


「大司教~! 裁可していただきたい書類がたまってます~! これ今日中ですよ~!?」


 ため息を吐いたゼーゲンビルは、手を一度打ち鳴らして空気を切り替える。


「――本当に、山のようにあるからな。死ぬなよ、若人」


 マイトは去って行くゼーゲンビルに頭を下げ、教会の奥に進む。質素な木製の扉を開き、中に入って鍵を閉める。ベッドの上には、朝に点検した道具達がそのまま散らばっていた。


 鞘に収めてある愛剣に、ちらりと視線を向けてから、マイトはベッドに腰掛けた。視線を手紙に落とし、そっと開封する。手紙は、『我が愛する息子へ』の一文から始まっていた。


 中身に目を通したマイトは、そっと目頭を抑え、静かに目を閉じた。こぼれ落ちそうになる涙をこらえ、手紙を折りたたむ。ラニ・ウェダン聖心国に住んでいるアルフィン師父は、マイトの育ての親だ。彼に『ディンガ』の性を与え、“勇者候補”への道を勧めた。


 だがその道を選んだのはマイト自身であり、道を選んだ以上、そこに待ち受けていた困難や苦難を師父のせいにする気はない。お互いに多忙の身。しばらく会えていない師父からの手紙には、彼からの労りと信頼の言葉が綴られていた。


 自分の体調を気にかけて欲しいこと。食事や休暇をきちんととっているのかどうか。仕事ぶりは耳に入ってきていること。瓦礫街のことを上層部にかけあっているがうまくいかないこと。なにより、大怪我をするような危険なことはしないでほしいこと。


 その綴られた言葉の数々は、確かにマイトの心に届いた。ゼーゲンビル大司教の言葉と重なる、より近しい者からの言葉。


「……けど、やめない」


 特異種白狼――個体名シンギュラ。

 冒険者達に“死の象徴”として恐れられる、ハバギア大森林に君臨する魔獣。奴に挑むということは、死を意味する。だが、自分にとっては死以上の意味がある。


「これは、成果を焦っているわけでも……ましてや、見返してやろうなんて心じゃない」


 2人の言葉を受けて、はっきりとわかったことがある。


 “勇者候補”【偽想】のマイト・ディンガは、評価や功績を求めて白狼に挑むのではない。


 ただ、(おのれ)を変えるため――そのためだけに、死の象徴に挑むのだ。


 無難に日々を過ごしていた自分から脱却し、挑戦する自分になるために。

 その生き方を教えてくれたのは、他ならぬ、ロイという青年だった。


「ロイ、か……」


 マイトはベッドに横になりながら、ロイと出会った日のことを思い出す。あれは、グランティアに到着した翌日の話だった。


 マイトの特技の1つに、『記憶想起』というものが存在する。


 これが、幼少期のマイトを苦しめていたものの1つなのだが、彼は集中すれば、自分が見て、聞いて、感じた情景を、寸分違わず思い出せる。咄嗟に引き出せるわけでもないし、無限に記憶できるわけではないのだが、それでも印象的な出来事ならば問題ない。だから、横になって目を閉じれば、ロイとの出会いも簡単に思い描ける。


 ロイという青年は、カンゼに連れられて現れた。カンゼは冒険者ギルドの調査員であり、冒険者ギルド支部長からの紹介だ。紹介されたカンゼが、最近面倒を見ている新人ということで連れてきた。


 黒髪に黄色の瞳。薄汚れた初心者向けの装備。さほど目立った特徴があるわけではなかった――爛々と輝く瞳と、両腕を覆う黒のグローブを除けば。


「あんたがマイトか? 俺がロイだ」


 にこやかに差し出された右手を握れば、左手でパシパシと手の甲を叩かれる。どういう意味かはわからなかったが、彼なりの挨拶なのだろうと納得する。困ったように笑うカンゼはいつも通りだ。


「マイト・ディンガだ。勇者候補をやらせてもらっている」


 礼儀として勇印を見せたが、ロイは興味薄げに一瞥して終わった。一応、“勇者候補“は一般市民からは尊敬を集める存在なのだが……まあ変に謙ってほしいわけでもない、とマイトはすぐに勇印をしまう。


「へー。あんた、そこそこ強いでしょ? 俺と手合わせ、しない?」

「まあいいが……」


 戦闘狂か、とマイトは内心で微かに顔を顰めた。どうせ遅かれ早かれ、この男の実力を知るための模擬戦や連携の確認は必要だ。カンゼが是非にというから会ってはみたが、足手まといになるようなら置いていこう――と、マイトはこの時、おおよそそんなことを考えていた。


 すぐに考えを改めることになった。


 高い実力もさることながら、彼は戦いに楽しさを見出しているわけではなかった。まるで自分の体、能力の限界を確かめるためには、『戦う』ことしかできないような––


 彼が記憶喪失であることを聞いたのは、模擬戦の後だ。道理で、と深く納得したのを覚えている。


 高い実力なのに、動きに安定感がない。揺らぎ、崩れそうな土台なのに、時折鋭すぎる動きを織り交ぜてくる。まるで生まれたばかりの達人を相手にしているかのような違和感。定石がなく、それでいて理に適った動きだった。


 結局、マイトとロイの模擬戦の決着は、ロイが繰り出した蹴りだった。相応に手加減していたとはいえ、それまで一切足技を使っていなかったロイが、崩れた体勢で無理やり振るった回し蹴り。体重の乗らないその攻撃にすら、マイトは警戒を最大にせざるを得ず、倒れ込んだところを拳の追撃を受けた。



 本気で打てば地面が陥没するほどの拳で軽く小突かれ、マイトが降参したのだ。


「俺の体は、俺の想像通りに動くぜ」


 にっ、と笑ってみせたロイ。記憶喪失でありながら――本人が全く気にしていないので時折忘れるが――己を取り戻すことすら楽しんでいるロイ。それでいて、決して自分の意志は譲らない強烈な自意識。


 目を開く。


 見慣れた教会の天井を見つめ、マイトは呟く。


「かっけぇなぁ……」


 ああなりたい、と思うと同時に、ああはなれない、と思う。


 大陸中を放浪し、ありとあらゆる地に友人がいる師父のように。

 記憶を失いながらも、己の意志を貫き通すロイのように。

 娘を亡くし、人生の全てを白狼の討伐に捧げているカンゼのように。


 確固たる意志を持って、己の存在を証明し続けること。マイトにも人生の目標は存在する。だが、その目標を達成するために、全力で最短経路を走ってきたかと言われると、それは違う。迂遠でも、遠回りに見えても、マイトは着実に一歩を積み重ねてきた。


「……ま、これで良いのか、って悩んでる時点で、俺とは違う種族の生き物だ、あいつらは」


 もしくは――カンゼのように、いずれマイトも覚悟を決める時がくるのかもしれない。


「明日死んでちゃ世話ないな」


 勝利を疑うわけではないが、敗北を考えないのは怠慢だ。倒せなかった時の保険や逃走経路を考えながら、マイトは明日の準備を進めていくのだった。


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