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いつか、剣と拳が交わる場所で  作者: 夜野 織人
第1章 白狼は温もりを夢見る
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第5話 マイトとロイ

第5話 マイトとロイ


 翌日は、準備を整える時間として休みになった。自身の装備の点検を進めながら、マイト・ディンガの思考は止まらなかった。


(特異種に挑む……どこか現実味がないのは確かだ)


 愛剣を取り出し、見つめる。鈍く光を跳ね返す、無骨な直剣だ。質はいいものの銘はなく、長年使い込んで手に馴染んでしまった。名剣、宝剣、魔剣……仕事の繋がりで手にする機会こそあったものの、なんとなく断っていた。


(俺のようだ、とも思う)


 武器に詳しいわけではない、この剣を使い続けることに尋常ならざる利点を見出しているわけでもない。ただ、剣を変えるとなると、改めて剣に慣れなければならない。重心、持ち方、振り方、握り方、全てが少しずつ変わる。


 それよりは、使い慣れた剣を、長く振るえたほうが良い。


(『常ならざるに挑むは、崩れる道を歩くが如し』。不安に、緊張)


 剣を鞘に収め、息を吐き出す。止血用の布、塗り薬、携帯食……必要なもの、不必要なものを仕分けていく。


「……当てられたか」


 内心に膨れ上がる不安、緊張、恐怖、畏怖。森に君臨する白狼の姿を思い起こせば、負の感情が止まることはない。だが同時に、胸を焦がすような憧憬、昂揚があるのも確か。


(ロイがいれば、あるいは。あいつは希望になるのがうまいなぁ……)


 点検が終わったマイトは、体を後ろに投げ出して仰向けに寝転ぶ。ロイの爛々と輝く黄色の瞳を思い起こす。確信に満ちたあの瞳を見ていると、『奴ならなんとかできるのかもしれない』という気分になってくる。そして冷静に状況を見据えてみれば、奴が言っていることはさほど間違っているわけではないことに気づかされる。


「……決めたことだ」


 点検を終えた道具をそのままに、マイトは財布だけ持って部屋を出る。相も変わらず涼やかな空気と煌めく星空の空間を抜け、教会の外へ。まだ日は昇りきっていないが、商業区の方からは活気のある声が聞こえてきていた。


 ふらり、とマイトの足は商業区の方へと引き寄せられていた。勇者教の教会はグランティアの中央付近に建設されている。北の方角に行けば、そちらは輸入物などで賑わう商業区となる。


「お」

「あ」


 店を物色するふりをして考え込んでいたマイトは、見知った顔を見つける。串焼きを4本左手に挟み、右手に3本握りしめたロイが、全力で休みを満喫していた。


「……ほへへ……」

「食ってから喋れ」


 頬張った焼き鳥を一気に飲み込んで、ロイは串でマイトを指した。


「お前、どこ行くんだ?」

「どこって……特に決めていないが」

「ふーん……」


 よし、と呟いたロイがマイトの肩に手を回す。


「俺がグランティアを案内してやろう。遠慮するな、俺はこれでもこの町に詳しい」


 そういえば、とマイトは思う。勇者教の依頼を受けてグランティアに来てから、必要最低限の外出しかしていない。そもそもカンゼとロイと知り合ったのも、冒険者ギルドの支部長から紹介を受けただけだ。彼らの素性も、そもそもよくわかっていない。


「……生まれがここなのか?」

「いや? 記憶がねぇからな、この町に来たのは1か月前だ」

「俺と大して変わらないじゃねぇか!」


 マイトの突っ込みを笑って受け流したロイは、左手に残った串焼きをすべて口の中に頬張った。


「あー旨い。どっから行く? オススメは猫の額亭だが……」

「散々行った場所じゃねぇか……」


 こいつ自分の欲求で動いてやがる、とマイトは呆れた。が、さすがに腹が減ってきているのも事実。


「……美味そうな串焼きだったな。売ってるところ教えてくれ」

「おー。そりゃいいな」


 こっちだ、と指で道を指し示したロイの後ろについて歩き出す。城塞都市グランティアの街並みは、地区によって大きく変わる。


 南と西に秘境を抱えるこの都市は、中心を通る巨大な河川を境目にして分かたれている。南に広がるハバギア大森林地帯、西にはデフェリーア湿地帯。デフェリーア湿地帯に流れ込む川こそが、東のメル山脈を上流とするセテイン河である。


 東西に流れるセテイン河を境目に、グランティアは北区と南区に分かれている。北区は本国エミスフェル勇王国の中心に向かう場所として交易や商業が盛んな地域だ。新たに冒険者を目指すものや、物見遊山で訪れる観光客向けの商業地区。


 南区はそもそも魔獣に対抗するための防壁が発展の前提となっている。最初に築かれた中州砦を中心として、グランティアは発展を続けてきた。だから、この都市の名前は城塞都市なのである。


「“北”まで行くのか?」

「いや、串焼き屋は中央と第1の間」

「じゃあさほど遠くないか」


 ロイとマイトが歩いている場所は、グランティアの『中央』と呼ばれる場所だ。中州の砦は観光名所であると同時に、有事の際の最後の砦だ。周囲には領主館や冒険者ギルド支部、勇者教の教会など、いざというときに防衛設備となる建物で囲まれている。


 そして、砦から都市を広げたという歴史上の経緯から、中央の砦から南には、合計3枚の防壁が広がっている。半円状に築かれた防壁は、中央から南に向かうほど、第1、第2、第3防壁と呼ばれている。冒険者たちは、おおよその店や地区の位置をこの防壁の内外で判断する。


 とはいえ、第1、第2防壁は度重なる魔獣の襲撃を退け、受け止めただけあり、各所が崩れているのだが。ひどいところでは、交通の便をよくするために住人が防壁を崩している箇所もある。第3防壁が抜かれたことは今までないため、大きく問題視はされていない。


 崩れた防壁の隙間から行き来する人々を眺め、マイトは故郷を思い出す。


「『瓦礫街』もこういう感じだったな……」


 どこかから酔った冒険者の笑い声が聞こえてくる。冒険者ギルドが近くにあるため、このあたりの治安は決して良くはない。というより、南区が全体的に治安がよろしくない。なんなら警邏の巡回も北区がメインとされているほどだ。


「おい、あれだ。串焼き屋」

「いい匂いがするな、確かに」


 ロイが指さした先にあったのは、木造の屋台だった。串に刺さった鶏肉たちが、じゅうじゅうと焼き音をあげている。たれを塗った鶏肉が火にくべられ、たれが焦げる食欲をそそる香りが周囲に漂っていた。


「《草食み鳥(シークロン)》を3本くれ」

「あいよ!」


 前に並んでいた冒険者が気軽な様子で声をかけ、銅貨を9枚支払った。額に布を巻いた店主がそれを受け取り、串を3本手渡す。


「おう、兄ちゃん! 串を返しに来たか?」

「ああ、ついでに客を連れてきた」


 ロイの顔を覚えていたのか、店主は親し気に話しかける。マイトは内心で『こいつどんだけ串焼き食ってんだ?』と思ったが、顔には出さなかった。


「だっはっは! 客を連れてきてくれんのが最高だわな! ついでに金もいっぱい置いていってくれ!」


 豪快、という表現がもっとも似合うだろう店主の声だったが、手元は繊細極まりない動きで串を回している。一瞬たりとも止まることなく、端から端の鶏肉をひっくり返していく。熟練の腕だった。


「店主、オススメは?」

「もちろん全部美味いが……」


 店主は少し悩み、マイトから見て左側に並んでいる串焼きを示した。


「ちょい割高だが、《泥牛(ヌーガウィ)》の肉は珍しくて美味いぞ。デフェリーアの方に出向く冒険者はあんまいねぇしな」

「へぇ……いくら?」

「1本銅貨10枚」


 にやりと笑ってみせた店主に、マイトは銀貨を1枚取り出す。


「2本くれ。あと、《草食み鳥(シークロン)》も2本」

「あいよ! 串を返してくれりゃ、2本で銅貨1枚返すぜ」

「そういや、鉄串だもんな」


 ロイが7本の串を返し、銅貨を3枚受け取る。別に何がどうということもないが、マイトは『それなら偶数で買った方が得だな……』という計算をする。ロイが気にしている様子がないのは、計算ができないのかそれとも本当にどうでもいいのか。


 4本の串と釣りを受け取ったマイトは、早速《泥牛(ヌーガウィ)》の肉にかぶりつく。鳥の肉より脂がのった《泥牛(ヌーガウィ)》は、濃厚な旨みが一気に口の中に広がる。甘辛く味付けされたタレと、それに負けない濃さを主張する肉の旨み。


 高いだけあるな、とマイトは続けて肉に噛みつく。溢れ出る肉汁を袖で拭いつつ、歯ごたえを楽しんだ。意図したわけではなかったが、途中でさっぱりした味付けの《草食み鳥(シークロン)》の肉を食うと、口の中がリセットされてちょうど良い。


「美味いよな、《泥牛(ヌーガウィ)》」


 ロイがにやにやと笑う。お気に入りの店を紹介するのが、よほどお気に召したらしい。


「まあ、美味いな。《泥牛(ヌーガウィ)》を狩るのは大変らしいが……」


 なにせ日中のほとんどを沼の中で過ごす牛である。気温が低くなると、泥の深い部分で冬眠するといわれており、地上に出てきた《泥牛(ヌーガウィ)》は纏った泥が硬くなり、突進力も強い。総じて、倒すためにはかなりのリスクを背負うことになる相手である。


「安定して狩れれば、生活には困らないだろうな」

「俺なら楽勝だがな」


 自信満々に腕を組むロイに、マイトは胡乱げな目を向ける。確かに、ロイならば倒せるだろう。この男の拳の一撃は、人間が出せる出力を遙かに凌駕している。局地的にとはいえ、地面を陥没させる威力なのだ。


「……デフェリーアの地面は柔らかいぞ」

「……動きづらそうだな」


 マイトが口を開く。


「昔、セテイン河をせき止めて、デフェリーアの湿地を干上がらせようとしたことがあるんだと」

「へー……つまんねーことするな……」


 教会に残っていた資料を思い出しながら、マイトは言葉を続ける。


現象系(エルミルン)(デノン)系統の使い手集めて、町の外で壁を作ったらしい」

「待てよ、成功してないってことは妨害されたんだよな? どうなったんだ? 」


 強者の匂いを感じ取ったのか、ロイが興味を示した。マイトはその勘の良さに呆れながら、結末を話す。


「一晩で砕かれてたって。夜間に見張っていた人員からは、『でかいワニが噛み砕いてた』って証言が出てるらしい」

「あっちにも強そうなのがいんなぁ……聞いたことないぞ、湿地帯のワニなんて」

「出会ったヤツは全員殺されてるんじゃないの」


 防壁を築く手法と同じように作られた外壁を噛み砕く相手だ。足場の悪い湿地帯で、人間を第一目標にされたら、躱しきる自信はない。


「まあ実際、報告として信憑性が薄いっつー理由で資料にしか残ってないらしいけど」

「でもじゃあなんで砕けたかって話になるもんな」

「普通にセテイン河の水量を止めきれなかったって説の方が有力だ」

「つまんねーな。強いヤツが潜んでる、の方が盛り上がるじゃねぇか」

「それはお前だけだ」


 会話をしている限り、ロイは強者中毒、戦闘狂――そういった人間にしか見えないが、マイトはそれ以上の何かを感じていた。何か、自分よりも強いヤツに出会ったとしても、自分ならばそれを乗り越えられるというような……『最後に立っているのは俺だ』という自負。


 これがロイを支えるもので、マイトがうっかり特異種に挑むことになってしまった要因だろう。


「おい、どうする? 武器とか防具でも見に行くか?」

「……行くが、先に串を返してきてもいいか」

「明日返せばいいじゃねーか」

「明日死ぬかもしれんだろ」

「死なねーよ、たぶん。じゃあ俺に預けとくか」

「なんで?」

「お前が死んでも俺は死なねーだろ?」

「は? 俺も死なないが?」


 言い争いは結局、ロイがマイトの串を買い取るという決着を見せたが、喧嘩をしつつも2人は連れだってグランティアを歩いて行った。


本日はあと1話投稿します

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