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いつか、剣と拳が交わる場所で  作者: 夜野 織人
第1章 白狼は温もりを夢見る
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第1話 城塞都市グランティア

初めまして、こんばんは。

新作になります。どうぞ。

第1章 白狼は温もりを夢見る

第1節 城塞都市グランティア


「そっちに行きましたぞ!」

「任せろ!」

「お前待て加減しろお前が本気で打ったらまた地面が――」


 男が振り降ろした拳が、【六眼狼(ヴィルフォズ)】を叩き潰す。それだけにとどまらず、巨大すぎる破壊のエネルギーは地面を陥没させ、大木を揺らした。局地的な地震に襲われた鳥たちが、ぎゃあぎゃあと抗議の声をあげながら飛び去っていく。


「よし! 倒したな」

「は?」

「はぁ……」


 大規模な魔術で掘り返したかのように、大きく陥没した地面。傾いた若木が軋みながら穴に向かって倒れはじめ、ため息を吐いた男が慌てて飛びのいた。


「なんとかならないですかねぇ……」


 やれやれと頭を振る男――カンゼの横で、剣を持った男――マイトが、大穴を作った犯人――ロイに怒りの言葉を吐き出す。


「……なんでそんな思いっきり殴るんだよ!? 【六眼狼(ヴィルフォズ)】倒すのにそんなパワーいらないだろ!?」

「俺は加減とかできねーんだよ。常に全力で殴る」


 ロイは、人を超える膂力で多くの魔獣を血の染みに変えてきた男だ。逆立つ黒髪、爛々と輝く黄土色の瞳は、見る者を自然と委縮させる迫力をまとっていた。自称、記憶喪失。


「見ろ、俺が倒した【六眼狼(ヴィルフォズ)】を! 頭を落として毛皮を剥ぎ取りやすくしてある。お前の倒した【六眼狼(ヴィルフォズ)】は地面に血の染みを作っただけだ。どうやれば内臓から爆散するんだよ」


 そんなロイにかみつくのは、彼よりは小柄な青年。手にした剣からは血が滴り、【六眼狼(ヴィルフォズ)】の頭を切り落としたことからも、かなりの腕前を持つことがわかる。茶髪に黒の瞳を持つ彼の名前はマイト・ディンガ――勇者教に選ばれた、“勇者候補”の1人である。


「……とりあえず、無事な死体から毛皮を剥ぎ取って帰りますよ。こんな場所にいちゃ、何が出てくるかわかんないですからね」


 そして若者2人に苦言を呈すのは、くたびれたおっさんだ。名をカンゼという。すでに後頭部ギリギリまで後退している白髪、年季の入った防具に剣、採取物でいっぱいになった背負い袋。さきほど、倒れてくる若木を避けた動きを考えると、それなりに動ける人材ではあるのだろう。冒険者ギルド専属の調査員の1人だ。


「またこんな表層で帰るのかよ……いつになったら奥までいけるようになるんだ……」


 マイトのぼやきは、聞こえないフリをしたロイと、毛皮を剥ぐのに忙しいカンゼによって黙殺された。


 この3人でパーティを組んでから10日ほどが経ったが、このハバギア大森林の奥地に居座る特異種――白狼にたどり着ける見通しは、一向に立たないのであった。



 † † † †



 城塞都市グランティア。特異種の棲む秘境を抱えた、人類の最前線都市である。所属しているのはエミスフェル王国だが、新たな素材や夢を求めて、冒険者、商人、魔術師、勇者候補――様々な国から多くの人間が集うこの都市は、独立した自治都市として成り立っている。


 つまり、誰と手を組むかも自己責任であり。


「お前のせいでいつまで経っても奥に進めないんだが……!?」


 マイトが怒りの目線をロイに向けるが、対峙するロイは淡々としている。


「違うな。そもそも俺の力を借りる必要があるのは、お前が弱いからだ」


 痛いところを突かれたマイトの頭に、瞬間的に血が上る。酒精が怒りを後押しするが、なだめようと腰を浮かせたカンゼを見て、なんとか怒声を堪えた。


 ロイの言い草は頭にくるが、正しい部分がないわけではない。そもそもマイト自身にハバギア大森林地帯を捜索する地力があれば、彼らの力を借りる必要はなかったからだ。胸に残った熱を吐き出すため、大きく息を吐き出したマイトは、どっかりと椅子に腰掛ける。


「……騒ぎにならない程度の力で魔獣を倒すことはできないんです?」


 責任を押しつけあっても何も変わらないことを理解しているカンゼは、ゆっくりと腰をおろしながらロイに問いかけた。奥に棲む特異種『白狼』と出会うためには、最低でも逃走、抵抗ができるだけの余力を残して森を進む必要がある。


 ロイのように毎回全力で森を騒がし、魔獣を引き寄せるような戦い方をするのは論外の極みであった。


「俺が戦わないっていうのはどうだ? 正直、俺は白狼以外に興味はないしな……」

「手ではありますね。ですが、現実的ではない」


 検討しなかったわけではない。高位冒険者たちの中には、ロイに匹敵する実力と思慮深さを兼ね備えている人物もいるだろう。


 マイトがこの2人と組んでいるのは、『誰も白狼を探したがらない』、この一言に尽きる。特異種は、巡回している領域に踏み込まなければ危害は加えてこないという特性と非常に高い戦闘能力を持つ。


 『出会えば死ぬ』と言われている白狼にわざわざ挑もうという酔狂な輩など、ロイとカンゼしかいなかった。


「まず、私にほとんど戦闘能力がないということ。そして、マイト殿だけではいずれ負担の影響で破綻するということ」


 カンゼは謙遜するが、彼自身は中位冒険者程度の戦闘能力がある。だが、一線を退いていることは間違いなく、得意分野ではないというのは本人の申告通りなのだろう。動きは身軽だが、力強いとはいいがたい。


「…………仕方ない。ロイの戦い方が矯正できないなら、こちらでなんとかするしかない、か」

「腹案がおありで?」


 マイトの渋々といった様子の言葉に、カンゼが訝し気に疑念を投げる。案があるなら、今日にでも試せばよかったのに、という無言の声にマイトが応えた。


「できればやりたくはないが、このまま足踏みをするよりはマシだ。おい、ロイ。今後お前の獲物は俺が空中に跳ばした奴だ。空中にいるやつなら殴っても、たいした衝撃にはならないだろう」


 口元の髭に手をやって撫でまわしたカンゼが、なるほど、と呟いた。マイトの魔術、技術をもってすれば魔獣のいくらかを空中に浮かせることはできるだろう。ロイにはそれを打ち倒してもらうというのが、マイトの作戦だった。


「いいぞ、わかった」

「方針さえ示せば素直なんですがねぇ……より高度な連携が求められるのは間違いなく」


 出会って10日の寄せ集め。それなりに息は合ってきたが、『1人が空中に魔獣を誘導し、空中にいる間にもう1人が殴り殺す』なんてできるのだろうか……とカンゼは真剣に検討する。


 化け物じみたロイの身体能力と反射神経を考えれば、できなくはなかろうという結論だった。なにせこの男、テーブルから落ちたり倒れたりするグラスやジョッキを逃がしたことがない。「おっと」なんて言いながら一滴もこぼさずに回収するものだからーー


「あ、あぶなーいっ!」


 やけに嬉しそうな給仕の声が聞こえ、手に持っていた盆が前方に投げ出される。瞬間、椅子から立ち上がりながらロイの両手が閃き、宙を舞った2つの木製ジョッキをつかみ取り、空中に跳び出したエールを余さず掬い取る。


 突如始まった寸劇に唖然としていた冒険者たちが喝采を浴びせ、おひねりを投げつける。ロイが飛び交う銅貨のおひねりをすべて木製ジョッキで受け止めて一礼すると、再び歓声があがった。協力者である給仕にチップを渡し、ロイは受けとめたエールの片方をマイトに押し付ける。


 彼らがここ、『猫の額亭』で相談をするのは、この大道芸によってほとんど酒代が賄えるからだ。エールを煽るロイに給仕が熱い視線を向け、冒険者たちが野次を飛ばす。


「いいぞーっ!」「さすが《黒手》!」「俺にもエールくれーっ!」「嬢ちゃん、俺もやってみてぇ!」「はーいただいま!」


 そして挑戦した冒険者がエールまみれになるまでが一連の流れだ。エールを滴らせる冒険者に、仲間たちがぎゃははと笑い声をあげる。うんざりとした目でロイを見たマイトは、手元に渡ったエールを大きく煽った。酒に罪はない。


「こぼした人はちゃんと自分で拭いてくださいねーっ!」

「まじかよ!?」


 にっこり笑顔で布を渡した給仕に大げさに悲鳴をあげる冒険者。マイトとしてはバカバカしい余興だとは思うが、彼もこぼさずに受け止める自信はない。ロイがこの技を披露した時は、1つのジョッキでやっていたのだが、「それならできそうだ」と真似する冒険者が続出。猫の額亭の床は酒まみれになり、店主が激怒。


 結果、「アレはあいつだからできるんだ」と思わせるために、ジョッキは2つになった。盛り上がる分には冒険者の出費が増えるので、店主も黙認している。


「「……」」


 ロイが歓声や野次に応えている間、カンゼとマイトは黙々と酒を煽った。マイトのジョッキの小銭が見え始めたころ、ようやく盛り上がりもひと段落し、ロイが席に座る。


「ようは地面にいるやつを殴らなければいいんだろ? 俺の方に来たら自衛のために殴るかもしれんが」

「……」


 マイトは、何事もなかったかのように会話を再開させたロイに胡乱な目を向けてから頷いた。にっかりと笑ってみせたロイが拳を打ち合わせると、奥の給仕の女性から熱い視線が向けられていた。


「“勇者候補”のマイト殿には理解しがたいかもしれませんが、冒険者も色々ありまして……」

「……まあ、聞いてはいるよ」


 勇者教の“勇者候補“たるマイトは、仕事に必要な金銭を教会から得ている。勇者教の資金源は手紙の配達や情報のやりとり、説法や写本に対する寄付などだが、豊富な方だ。依頼達成のために前金を渡され、成功報酬も出る。訓練さえしていれば月給も出る。


「依頼をこなさないと宿も食う飯も確保できないんだろ? だから、冒険者同士は金を投げるし、ため込まない。自分が死んだときに揉めるから」

「その通りです。人の人気を売る商売というのもあり、《黒手》のロイといえば、最近それなりに名も通ってきたのです」

「名が通れば、それなりの振るまいが求められるわけだ」


 カンゼは頷くが、マイトは納得していない声色で続ける。


「こいつが品格とか義務とかを気にするようには見えない。好きなようにやってるだけじゃないか?」

「…………」


 カンゼは満面の笑みを浮かべて、返事をしなかった。それが答えだった。


「はぁ……まあ、いいや。今後の方針も決まったし、俺はこれで失礼する」


 ジョッキを逆さにして小銭を取り出したマイトは、その小銭をロイに渡す。貰ったところでロイは気にしないだろうが、別にエールまみれの小銭を懐にいれねばならないほど、金に困っているわけではなかった。“勇者候補”の1人という肩書は軽くはなく、その肩書きに見合うだけの金銭が支払われている。


 つまり、その両肩にのしかかる重圧も、決して軽いものではないのだ。



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