崇高な戦争と言う禍
ラーフ村から駐屯地への道中でのやり取りは
姉弟二人の渇いている心を久しぶりに幸せで潤したが
戦禍に包まれた村々の惨状を見るとすぐに渇く
ラヴィニアとルーファスはアウラ皇国軍の魔導師を率いる将軍
メーロア軍に侵攻された村々の被害状況を確認する為に
来た道から駐屯地に帰る道を変え視察している
そして二人は最後に視察をする村を訪れた
(ここはクム村…前は綺麗な茶畑があってのどかな村だったのに…)
のどかな村の地獄の様な光景にラヴィニアは息を呑む
これまで通ってきた道にあった村々に比べ
今いるクム村の惨状は凄まじかった
ルーファスは積み重なった村人の死体の山に目を遣る
「ここは更に酷いな」
「そうね…何処も彼処も血の臭い…酷いものだわ」
ラヴィニアは歴戦の勇者で好戦的だが血を好む狂人ではない
だがそんな勇者のラヴィニアも気分を害する程の光景だった
大木の枝に首にロープを掛けられ吊られた者
股から木を突き刺され串刺しになってる者
炎に巻かれ黒焦げになってる者
それら遺体の側ですすり泣く者達
メーロア軍によって青く澄んだ川辺りには積み上げられた数多の遺体
その遺体から人の大量の赤黒い血が川に流れ込み水面を赤に染める
死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体
村は見渡す限りの死体は埋め尽くし、恐怖で吐き気を催す
それでもクム村の民はメーロア軍の暴力の恐怖に負けるかと
早くも復興に動き出していた
そんな村人達の健気な姿を見ているルーファスは
メーロア王国への怒りを抑えられずにいた
「無辜の民を無惨に殺してしまうなんて、メーロア王は何を考えているんだ!」
ルーファスは普段の冷静さを忘れて語気が荒くなりながら姉に問う
その時ラヴィニアは傷ついた村人の姿に泣き出しそうになるのを
必死に我慢していた
ルーファスの無意味な質問に動揺する心を数秒で落ち着けて
素っ気ない態度で答えを返す
「…メーロアはアウラ皇国の民を統治する気が無いんじゃない?」
国境の村々を襲ったメーロア軍は食糧や家財を収奪し
年若い村人達を奴隷にする為に本国に連行し
年老いた村人は殺害されたと言う
メーロア軍の行動は明らかに新しい統治者の行為ではない
アウラ皇国の民は戦利品として見られているのは明らかだった
「多分メーロアにとって支配民など家畜同然なのよ、ルー、貴方も家畜に憐れむ感情なんて殆どないでしょう?」
「それはそうだが…」
ラヴィニアの人を虫ケラと言ってるかのような
あまりの返答に言葉を失ったルーファスは姉の顔をまじまじと見る
ラヴィニアは心を守る為に心を閉ざしていた為に
能面のような無感情の表情になっていたのだが
姉の心情を察せなかったルーファスは無感情の表情を
血の通わない冷徹極まる態度と受け取ってしまう
ルーファスはこれまで我慢していた怒りを爆発させた
まるで被害にあった村人達の悲しみを表すかのように
「人間は感情のある生き物だ、人間は家畜ではないんだぞ!」
ルーファスの怒気を含んだ言葉に
ラヴィニアはこれまで耐えていた感情を表す為にヒステリックに叫ぶ
「私に怒りをぶつけないでよ!」
さっきまで熱くなっていたルーファスはラヴィニアの顔を見て
冷水を掛けられたかの様に頭を冷やした
ラヴィニアの表情が目が潤み涙を溜め
顔から血が無くなったかのように青ざめていたのだ
「ルー、この私が村の人を見て何も感じていないとでも思ったの!」
「貴方が一番知ってる筈でしょう?この私が一番嫌いな事が無辜の民が傷付く事だって!」
「姉上、すまない、俺が未熟だった」
しばらくラヴィニアは顔を隠し泣いていた
それをルーファスは見て見ぬ振りをし時間が過ぎるのを待っていた
結局重苦しい空気に耐えきれず血の臭いがしない場所を探し
少し休憩を取ることにした
ルーファスは外で火を起こしお茶を入れラヴィニアに渡し
ルーファスは外でお茶を飲みながら自分の未熟さを後悔する
ラヴィニアが落ち着き馬車の旅を再開
「なぁ姉上、こんなにも残酷になれる軍隊の王はどんな奴だろうか」
「さぁ?分からないけどロクでもない奴と言う事はハッキリしてるわ」
「メーロアの王都ロアーヌに飛んで宮殿を爆破してやろうかしら」
親指の爪を噛みながら憎々しげに言った
「ルー、貴方は私の心を傷付けた後どう思った?」
「ごめんなさいと思った…」
ルーファスは子供の頃に帰った気分で姉の質問に怯えながら答えた
「ルー、これがメーロアとアウラの価値観の違いね」
「ルー、貴方は人を傷付けた時、自分も傷付ける優しい心を持った人だけど、メーロアは大多数の人が他人を傷付けても笑っていられる人なんだと思うわ」
「メーロアの国家の成り立ちからして血に塗れた過酷なものだったらしいから」
メーロアが建国されてからたったの46年
この国の歴史書は血で繋がった者同士の後継者争いで
殆どのページが埋まるという戦闘民族の国家
「戦争なんて言う愚かなものは、他人との価値観が共有出来ないからこそ起きるのよ」
「ルー、覚えておきなさい、人はね他人に対して目線が合わせる事が出来ると聖人になれるし、人を心底見下していると悪魔にもなれるの」
悲しみを滲ませ目を伏せながらラヴィニアは言葉を紡ぐ
「私達のお兄さま達がそうだったようにね」
その言葉を聞いてルーファスは深く納得し
ラヴィニアの心に刻まれた傷を忘れていた事を恥じた
遠い昔、かつて二人には五人の兄がいた
長兄達は自分達は特別な人間だと驕り高ぶり民を搾取し
あらゆる欲を満たす玩具と思っていた
そんな兄達の中で五番目の兄は如何なる人に対しても
心穏やかで優しい人
五人の兄の中でラヴィニアが唯一お兄さまと慕う事が出来た人が
五番目の兄だった
長兄達はラヴィニアにとって
おぞましい事件を過去に引き起こした張本人
クム村の様な悲劇はいつの時代も常にありふれている
良き夫であり妻、可愛い子供達はだったろう遺体にすがり
村人のすすり泣く姿に胸が張り裂けそうだった
あの日から数え切れない程に悲劇を見てるのに決して慣れることは無い
この悲劇に慣れてはいけないと二人は改めて心に刻み
メーロア王国の蛮行に激しい怒りを耐えながら一行は
二時間程視察したクム村を去る
クム村の視察を終えた二人は新鮮な空気に満ちた森を通っている
村を出てからも悲しみと憐れみが渦巻くラヴィニアの横顔を見ていた
ルーファスはラヴィニアの精神に限界が来ていると判断し
「姉上、景色が綺麗で魚料理が美味しいと有名なアマヴェの街に行ってみないか?」
とさり気なく静養を進める
そんなルーファスの気遣いに気づいたラヴィニアは
「そうね…」
と言いながら微笑んだ
ラヴィニアの表情が緩んだ事にルーファスは安堵し前を見据え
道中を何度か休みながら駐屯地のあるラオラッグ平原へと急ぐ
そして二人が所属する軍団の駐屯地が見えてきた
拙い小説を読んでくださった皆様
本当にありがとうございます
次のお話も読んでもらえると有り難いです。