魅惑の甘さ/お題:魅惑の発言/百合
時間短縮の為だのと言って、デート中に駅ビルを通り抜けようなんて思ったことが間違いだったのだと。
そう突きつけるようにして、魅惑的な言葉たちは矢継ぎ早に私に襲いかかってくる。
「現在当店では期間限定ガトーショコラを販売しておりまして───」
右からは甘い香りと共に愛らしい声でそう囁かれ。
「出来立てあつあつコロッケ!早い者勝ちだよ!」
左奥からは快活な声に耳をつんざかれ。
「ヤダヤダー!さっきのくりのけーきたーべーるー!」
すれ違ったばかりの子供にさえ導かれ、私の中の何かの糸はとうとうぷつりと音を立て、ちぎれ、弾け飛ぶ。
瞬く間に私の口内は涎で満たされ、鼻腔は甘美な香りに包まれ、私の視線は煌びやかなグルメに手招きされて。
誘われるがままふらふらと彼方へ此方へ行こうとすれば、ぐい、と痺れを切らしたようにして腕を引っ張られる。
「我慢してください」
私よりもいくばか背の高い彼女にぴしゃりとそう咎められてしまえば、私はぐ、と喉を詰まらせることしかできなかった。喉を滑り落ちる欠片を食むことすら今の私には許されないというのか。
抗議の目で訴えかければ、はあ、と呆れ切った証のため息が返ってくる。
「そんな反応しなくてもいいでしょ!?」
「するよ。しますよ。全く」
まるでアンドロイドのように無機質にそう言い放つと、彼女はすたすたと、それでいてぐいぐいと私を引っ張っていく。
スイーツコーナーを、弁当コーナーを、惣菜コーナーを、すべての食のコーナーを通り抜けると、そのまま自動ドアすら感慨もなく通ってしまった。
おいおいと悲しみに打ちひしがれる私を見て、再度ため息をつく彼女。
私はそれに大袈裟にびくりと肩を揺らして、錆びたブリキの気分になってゆっくりと振り返る。
「……これからカフェに行くんでしょ?そしたらそこで、その、ついでにケーキ買ってあげますから。早く行きましょ。美味しいの、一緒に選んであげますし」
気まずそうに。それでいて、照れ臭そうに。
熟したイチゴのようにかすかに頬を染めながらそっけなく言い放たれたそれ。
その発言は、どんな言葉たちよりも魅惑的なものに思えて仕方がなかった。




