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即興小説トレーニング集  作者: レーディ
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犬の居る間に/お題:犬の凶器/百合

 拝啓各位へ。私は犬が苦手だ。決して嫌いなのでない。むしろ好ましいとさえ思っている。ご機嫌に尻尾を振る様子も、クリクリとした小さな眼も愛らしいと思える。けど苦手だ。


 例えば日課の散歩に利用している公園で、うっかり散歩中のチワワとすれ違おうものなら出来る限り遠くに目線を投げるし、出来る限り足早にチワワから距離を取る。

 チワワが相手でこれなら大型犬が近くに居たらどんな反応をするかは……まあご想像通りだと思う。


 何故苦手かの理由もちゃんと理解している。子供の頃に手を噛まれたんだよ。茶色でふわふわな、本物のお人形さんのようなトイプードルに。

 私の記憶によると───都合の良いように補正されている可能性は置いておくとして───無理矢理触ったわけでもなく、オモチャを取り上げたわけでもなく、ただ、擦り寄ってきた頭に手を伸ばしただけだったのに。噛まれた。甘噛みのつもりだったのかもしれないけど、噛まれた。で、痛かった。


 苦手意識を持つのは決して悪ではないことだし、誰にだって苦手な生き物はあるだろうし。私にとってのソレがたまたま犬だった。犬になってしまった。それだけだ。

 それだけだが、いつまで経っても子犬に顔をひきつらせる私のことを考えると、自分で自分が情けなくなって仕方がないのだ。


 だからこの苦手を克服したい、というのは嘘だ。半分くらいは真実だけど、嘘だ。


 もう半分の真実は好きな人が愛犬を大層可愛がっているからだ。

 なんとも可愛い理由だろう?可愛い理由だと言ってくれ。


 そして現在。私の眼前に好きな人と、大変可愛らしく尻尾を振っているしば犬がいる。

 うだうだ独り言を脳内で垂れ流していたのもこの現状が原因だ。


 いつもなら適当にごまかして逃げ帰るところだが、好きな人と近づける意味でも、犬への苦手意識を克服する意味でも、せっかくのチャンスだ。

 逃げ帰るわけにはいかない。勇気だ。勇気を出せ私。


「か、可愛らしいしば犬ちゃんですね〜…」

「ふふ、そうでしょ?この子ね、メイっていうの」


 穏やかに笑顔を浮かべる思い人に胸がキュッと締め付けられる。それと同時に否が応でも視界に映る犬の姿にギュッと胸が締め付けられる。

 いやいや、可愛らしいのは確かだ。メイちゃんをキッカケにして仲良くなることだって、出来るはず─────


「あ、ちょ、メイ!?」


 刹那。メイちゃんは赤いリードを強引に引っ張って走り始めてしまって。


「ごめんね!」


 そう大きな声で謝罪する彼女の背は、どんどん、どんどんと遠ざかっていって、しまいには、見えなくなった。

 ……ああ、やっぱり犬は、苦手だ。

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