バースデー・イブ(1)
最近、ボクは機嫌が悪い。
なぜなら、パパとママとお祖父ちゃんが、ボクよりも妹の方を大事にしてるからだ。
ボクは、大人達の話をよーく聞いてるんだからね。
そりゃ、生まれたての赤ちゃんって可愛いよね。
それはボクだってわかるけど、それにしたって、みんなボクのことないがしろにし過ぎなんじゃないかな。
それとも、ボクが気付いてないとでも思ってるのかな。
だとしたら、ボク、すごく悲しいな……
明日はボクの誕生日なのに。
この調子じゃ、もしかしたら今年はお祝いのケーキもプレゼントもないかもしれない。
そう思ったらボクはとってもお腹がグルグルしてきて、なんだか気持ち悪くなってきた。
もしかして、これが、前にパパが言ってたストレスっていうのかな?
そう思った時、ふわりと玄関のドアが急に開いたんだ。
まるで誰かがお外でボクを呼んでるみたいに。
誰も触ってないのに不思議だけど、グルグルが大きくなって泣きそうになったボクは、みんなに黙って家を飛び出したんだ。
走って行ったのは、近くの公園。
みんなもうお家に帰ったのかな。誰もいないや。
ボクは一人っきりでブランコに乗った。
お腹のグルグルはまだ消えてないけど、さっきよりはちょっとだけ小さくなってる気もした。
キィ、キィ、ブランコの音が大きく聞こえてくると、公園に立ってる背の高い電気の棒の先っぽの明かりが、まあるくぼやけていった。
電気だけじゃなくて、公園の外にある信号の赤や黄色も、まあるくなってて、キャンディみたいだ。
でもキャンディみたいに美味しくなくて、ぎゅって目を瞑ったら、なんだかしょっぱい味がした。
とつぜん
「何泣いてるの?」
正面から声をかけられた。
目を開くと、中学生っぽい、このあたりでは見たことないお姉ちゃんが、寝間着っぽい格好で立ってた。
ボクは大急ぎで目をこすった。
「お姉ちゃん、だあれ?」
ボクはとつぜんあらわれたお姉ちゃんにキキカンを持ったから、まずお姉ちゃんのことを知りたいと思った。
「私の事はいいの」
お姉ちゃんはえらそうに言った。
それから
「で、アンタは一人で何してたの?」
もう一回訊いてきた。
ボクはゆらゆらしてたブランコを足でシャッと止めて答えた。
「……家出」
「え?何?」
「だから、い・え・で!家出してきたの!」
唇をウーって尖らせて言ったら、お姉ちゃんは「家出ねえ…」って、あきれた顔になった。
「ほ、本当だもん!だってみんなボクの誕生日を忘れてるっぽいから、そうしたらボクのお腹がグルグルしてきて、それで気持ち悪くなって……だから家出したんだもん」
「お腹がグルグル?」
「うん。グルグル」
「それは大変」
「ボク、病気かなぁ?」
「今はまだ大丈夫そうだけど、ひどくなってきたらもっと大変なことになるよ」
「ええっ?!どうしよう、どうしたらよくなるの?」
「お父さんやお母さんは気付いてないの?」
「うん。だってパパもママもボクより妹のほうが大事みたいなんだもん…」
「どういうこと?」
お姉ちゃんは首を傾げた。
「赤ちゃんが生まれたんだ。だからみんなボクのことどうでもよくなっちゃったんだ……」
ボクがそう言ったら、お姉ちゃんは悲しそうな顔になった。
「それでお腹グルグルしてきたんだ?」
「そうなんだ。ボク、どうしたらいいの?」
「今もグルグルしてる?」
「大きくなったり小っちゃくなったりしてるよ」
「もっと大きくなる前に何とかしなくちゃね…」
お姉ちゃんは片手で自分の顎をつまみながら言った。
アニメに出てくる名探偵みたいで、かっこいいや。
「お姉ちゃん、すごいね。子供なのに、大人みたい!」
「アンタだって子供のくせに一人前に家出なんかしてきたんでしょ」
お姉ちゃんに言い返されて、ボクはちょっとムッとした。
「だってみんなボクの誕生日を忘れてるんだもん!」
「勘違いなんじゃないの?」
「そんなことないもん!明日なのに、誰もなんにも準備とかしてないんだ。いつもなら何日も前からお部屋にいっぱい風船飾ったりしてるのに…」
「まあ、生まれたての赤ちゃんがいたら、いつもできてたこともできなくなっちゃうかもね」
「でも、いつもお祝いしてくれてたんだ!ママが駅前のケーキ屋さんでチョコレートケーキ予約してくれて、お祖母ちゃんがボクの大好きな唐揚げを作って持って来てくれるんだ。ボク、プレゼントがなくても、みんながいつもみたいにお祝いしてくれたらそれでいいのに…」
「プレゼントいらないの?」
「…そりゃ、あったら嬉しいけどさ」
お姉ちゃんはボクの返事にプッて吹き出したよ。
「正直だね。ねえ、アンタの誕生…アンタ名前何だっけ?」
「翼だよ」
「じゃあ翼君。翼君の誕生日は明日なんでしょ?だったら、まだみんなが翼君の誕生日を忘れたとは限らないじゃない。もしかしたら翼君の知らないところで準備してるかもしれないし、明日一日でパッと準備しちゃうかも。ほら、赤ちゃんがいると色々といつも通りにいかないことも多いから。だから、とりあえず明日が終わるまでは待ってみたら?」
お姉ちゃんは大人みたいな言い方をしてきた。
「本当?本当にそう思う?」
「うん。だっていくらなんでも自分の子供の誕生日を忘れたりなんかしないでしょ」
「そうかなぁ?みんな赤ちゃんに夢中なんだよ?」
「じゃあこうしよう。これから一緒に翼君の家に行って、もし本当に翼君の誕生日を忘れてそうだなと思ったら、私が何とかしてあげるよ」
「お姉ちゃんが?どうやって?」
「それは秘密。だからほら、お家帰ろう?」
子供が家出なんてするもんじゃないよ。
お姉ちゃんは笑って言った。
でもボクは、ちょっとだけ、お姉ちゃんのことをおかしいなって思ったんだ。
「ねえ、お姉ちゃんは、人間だよね?」
ボクの質問に、お姉ちゃんはピタッて笑うのをやめた。