推論の形
私達はドアを開け、その場所を出た。
グレーと共に廊下を歩きながら、私は自身の考えを整理する。そして足りない一点に対して、グレーに対して言葉を掛ける。ベルは少し残ると言い、グレーは皺を寄せて怒る。
その様子に苦笑しながら、俺は話を掛けた。
「フェルランド家の令嬢と、アストミア家の関係?」
「ああ。それだけ知りたい」
妖精隠し。
この話は、それだけに終わる話なのか?
「__フェルランド家事態下級貴族であり、アストミア家は同じ領地一帯を共同管理する貴族だ。だが、数十年前からアストミア主体の管理ではあったがな。それがどうした?」
「お前から見て、今回居なくなったお嬢様はどう見る?」
「__それはどういう意味だ?」
「そいつら、きちんと友達なのか?」
「__」
「グレーは彼女達を知っているんだろ?」
彼は少しばかり目を伏せる。
貴族同士の付き合いでは、知らぬ存ぜぬが幸福な話だってある。それがディープな話である事を知っていて、俺はそれでもわざわざ聞いた。
それがもし、家間の話でありそれに彼女達が巻き込まれたのだとしたら。
巻き込んだのが彼女達なのなら、この話は妖精隠しで済ませる話ではなくなる。
彼が目をそらした理由は、家々の話を彼が嫌う故だ。
「俺の目からは、友達に見えるよ。デルタ。リット・フェルランドは一般的な努力家であり魔法使いとしては一般的で、フェリー・アストミアは文字通りの天才だ。
__それでも、あいつらは友達だった。昔からのな。今更、家の関係なんて問題はない」
問題はない。
彼はため息をついてそれだけを吐いた。家自体に問題はあるが、彼女達は確かに友人として成り立っている。_か。
「分かった。なら、見つけないとな」
「__分かっているさ」
彼女達は確かに彼の知り合いだ。
それを含めて、俺は彼女たちを助けるのに迷いはない。
見捨てる事は決してない。
厳かな机の上で、彼女は作業を続ける。
羽ペンが軌跡を描き、次々と文字列が並べられていく。
その様子を見ながら、俺は声を上げて入室した。
「妖精隠し__と?」
書類を刻々と片付けながら、エレメント会長は答えた。
筆跡が進む度に、書類の束が少なくなっていく。筆のスピードと書類の減る量が合わさっていないようにも見えるが、俺はその事には触れず問題を示した。
「学園とルート・メイカーは協力関係であり、一触即発もありうるナード周辺において彼等との協力関係の維持は命題だと思われます。学園側は、ルートメーカーが関わると思われる事件に対して本格的な調査をすることが出来ないでいる。学校側の介入で彼等を刺激したくはないでしょうからね。
同盟関係である彼等を刺激せず、生徒の安否を確保するならば、同じ立場である生徒による救出であるなら学校側への影響は少ない。
何せ自慢ではないですが、俺達は問題児です。そう言った実績もある。万が一境界を踏み越えたとして、問題児が勝手に仕掛けた事として処理されるでしょう。実質の懲罰の後に、何事も無かったように振舞われる」
「__及第点だな。それだけでは」
及第点_か。
やはり、妖精隠しの線は合っているようだが何かが足りない。
そしてそれは決定的な”何か”であり、この事件に対する答えに繋がっている。妖精隠しを行ったとしてルート・メイカーに直接的な利益がある訳ではない。利益を追求する彼女達が、この学校を裏切った行動だとしてアストミア家に妖精的関係性も見受けられない。
妖精側と家の関係が詳しい訳ではないが、その観点があるとすれば、貴族同士のつながりに詳しいグレーが真っ先に推論を立てている筈だ。
だが、それは無かった。聞いてみた限り、妖精の仕業であるとして。___いや、違うな。
妖精を象った虚偽の情報だとしたら?
目の前の彼女が何処まで掴んでいるかは知らないが、俺の推論に息ついている可能性は捨てがたい。
もしそうなら、わざわざ森を探索する必要はない。
この学校に類する事で、しかして学園事態に関係が無い事なら?
「__ご友人に話を聞きましたが、彼女の目の前で消えた。しかして、彼女は一言も暴れたような様子を話していませんでした。
妖精隠しは、他人と自分自身を透明化する魔法を利用した現状です。然し、音はどうしても消せない。彼女が叫び声を上げたり、暴れたりしたのなら必ず分かる。だが、彼女は声を出さなかった。それはなぜか。
彼女自身が望んで拉致られた。もしくは、拉致られる事を知っていたのなら辻褄が合います」
「彼女は知っていたと?」
「その理由を突き詰めるには情報は足りませんがね。其処までは調べてみなければ分からない。ただ、可能性があるとするなら__。一つあります」
私は、彼女の書類の束を一瞥した。
其処には学園に関する記述が多く含まれているが、この時期であるならとある大会についての其れである事は明確であった。
そして彼女は、その所作だけで私の考えを言い当てる。
「学術大会__と?」
「ええ。このタイミングです。疑わない方がおかしい」
__やはり、彼女はこの事態を知っているようだ。
「具体的には何を考えている?」
「彼女は学術大会には参加を表明していますか?」
「__ああ、彼女の友人も参加を表明しているね」
「__成程」
彼女の友人であるフェルランド家の令嬢は、努力家でありその素質に対して一般的な魔法使いに相当すると聞いている。しかしてそれは一般的な話ではないか?
優秀な人材が通うこの学園で、少しばかり優秀なモノはいくらでもいる。その上で、普通である事が幸せである事は難しい。
「被害者と、彼女の友人の対戦表を見せてもらう事は出来ますか?」
「__どうしてだい?」
「少し気になる事がありました。それと、学術大会の参加枠の一つをもらう事は?」
「自信はあるのかな?」
「多分ですが」
そして、行方不明となった少女は、彼曰く天才という存在。
上級貴族から下級貴族への圧力は、平民に対しての其れと何ら変わらない。そして、彼女は上級貴族としては異端だと聞いている。
なら、彼女が友人の為に取った行動は何か?
「尽力しよう。君が出るかな?」
「俺はサポート専門ですがね。無論”彼女”の名前でお願いします」
「ああ__。成程、だが彼では」
「手加減するように伝えます。虐める趣味は無いですからね。アイツ。それに、今回の敵はどちらかと言うと__。俺たち生徒の敵です」
彼女は、友人の青春。彼女達自身の人生を守ろうとした。
「デルタ」
「何でしょう?」
「もし仮に彼女達が仕組んだ事態として、君はその理由を何だと答える?」
「俺は貴族の事は分からないし、彼女達の性格は知りません。ですが、それが友人の為である事を祈ります。そう言うの好きでしょ?先輩」
「__そうだな。私も青春が好きだ。晴れやかな生徒の顔は何よりの薬だな」
「ええ。俺もです」
彼女は書跡を止め、こちらを見る。
私は息を吐いて其方を見た。
「君も、十分に青春をしているようだしね。私は花が高いよ。デルタ」
尽力しよう。
エレメント・ニーファは、確かにその言葉を語った。