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時は金より

時は金よりも重く

時は命より重い

 講堂に繋がる廊下の一室。

 その部屋は、元々手洗い場として使用されていた。

 然し、とある事件の折部屋の立ち入りは制限され、今では物置として活用されている。

 埃だらけでやけに広く、懲罰として清掃任務に励ませるには十分に仕事がいがある。その為、いらぬ荷物を外に放り込み、中の清掃に準じている理由が”まさにそれだった”。

 罰ゲーム。というか、懲罰というか。

 こっぴどく雷を落とされた後、その代償としての時間をこうして無駄に過ごしている。それは相部屋を半壊させた友人達の監督責任に他ならない。

 勉学に励む学生の懲罰としては理にかなっている。現に、魔法使いにとって時間は命よりも重い。


 知識の探求に消費できる時間は、常に有限であり続けるのだから。







 

「___何読んでんだ?グレー」


 黒色のフードから顔を覗かした青年は、少しばかり此方を一瞥して書籍に目線を戻した。

 旧手洗い場では、清爽を続ける半霊と実験に勤しむ一人の魔法使いが、何かしら言葉を交わしている。

 そして、書籍を耽っているその青年は、通達された罰である清掃に身を入れる事も無く自信の趣味に邁進している。手元の書籍には古めかしい文字で”アウテミスト”と書かれていた。


 確か其れは、アウテミストの構文。人と万物の不死性についての記述が記された書籍だった。


「アウテミストに関する構文だ。除霊術について興味深い文献がそろっていてな。”動かざる者”の”オルガノワーツ”は、随分と革新的な話題に溢れた人物みたいだ」

「……グレー。_お願いだから、もう少し手伝ってからにしてくれないか?」

「交霊術は、失われた技術やその歴史について正確に、それも簡潔に知る事が出来るんだ。医療術的な観点からも、秘術を体得するのにこれ以上の学問は無い。勉学をするのに場所も時間も関係は無いだろう?」

「寮を半分吹き飛ばして読書に耽っている犯罪者は誰かって聞いているんだよ。パンと一緒に焼いてやろうか?グレー」


 彼の名は、グレーミン・アルテミシア。

 大貴族であり、降霊術について深いアルテミシア家の跡取りであり、成績優秀な魔法使いだ。傲慢な態度を取る事はあるが、それはあくまで家柄の矜持という物らしい。

 魔法使いは変人が多いが、その例の一つが彼だろう。

 先程も言った通り、アルテミシアは降霊術の権威だが、グレー自体は医療術を最も得意としその研鑽に明け暮れている。降霊術に対しても知識が深いが、それを糧とし医療術の発展に努めているのがこの男だ。

 彼の代わりの清掃に励んでいる、フェファイトスとの契約を結んだ主人でもあり、彼女はグレーの雑用として存在している。


 そして、今の状況を作り出した張本人の一人_でもあるのだが。

 其処に反省の色は、全くと言っていいほど見えない。

 それどころか、先程から書籍に耽っている始末だ。


「歴史的大罪人様が、誰に取り付いて”大事”をなさられたのか聞きたいよ…全く!_ツギハギ様の一件。アレも、まだ忘れてないからな?」

「アレも此奴の横やりが無ければ暴走しなかった、ただのアクシデントだ。気にするなディル。白髪増えるぞ?」


 アクシデントで済んでいないのだから、こうしているというのに。

 グレーが指さした場所では、もう一人の友人が何かをしていた。


 それは数本の試験管であり、どう見ても芳しくない色合いに光る其れを煌々とした表情で眺めている。


「____それで青の粉その一と緑の体液を足して分解され魔法の粉を入れるとあら不思議。粘性の液体がカラフル且つフルーティーな香りと共に出来上がります。これに対して、二番の液を数滴入れると、粘性は弱まりますが____」


 中性的である顔立ちと背丈を携え、白く袖の長いコートに身を包んだ彼は、ブツクサと単語を並べながら薬品を調合していく。試験管とビーカーで次々と絶望的な色を作り出していくこの男も、残念ながら私の友人の一人だ。

 純白の猫耳と、長細い尻尾をゆらゆらと動かす。

 ベル・トーライト。

 学年一の秀才と言われる”奇人”。学校指定のローブではなく、自作のローブを身に纏うこの男は、その評価にそん色ない成績と知識、魔術に対する天才的な能力を秘めている。

 しかし、奇人変人の多いこの学校の中でも、特に扱いにくい男と評された実歴も他の追随を許さない。宿舎の爆破。禁術絡みの珍事件における首謀者。上げたら数知れない伝説が、この男の履歴を飾っている馬鹿猫だ。


「ベル」

「何?」

「お前は何しているんだ?」

「新しい術式薬品の調合ですよ、マイ・ハニー。あともう少しで完成するので少々お待ちを。これさえ完成すれば、この意地汚い匂いと埃と汚れを一掃できます」


 全てを無に帰すという意味だろう。

 何せ、試験管の中の其れは、傍目から見ても有害以外の何物でもない。コポコポと紫立ちたる煙が此方までも香り、若干覚えがあるメタリックな甘い匂いを充満させる。


「お前も余計な事をするな!ああ、ったく!早く終わらせねぇと、試合に遅れっちまうだろ!」

「そんなに新入生の試合が楽しみなんですか?マイ・ハニー」


 フザケ半分で語るあだ名に、堪忍袋の緒が切れた。


「バイトの時間に遅れんだよ!!今回遅刻すると、私が怒られるの!!奨学生でも貴族でもない貧乏学生舐めんじゃねェ!」


 バイトという言葉に対して、得意げに笑うベルの頭を固めながら力を込めていると、覚えのある凛とした声が響いた。

 

「お三方。もう少し真面目にしてください!」


 そこには、小柄の女性が腕を組んで立っていた。

 容姿端麗でありながら、苦労人独自の疲れを有したその女性は、学園長の秘書であるネズリーさん。


「手を動かしている。我が家の優秀なフェファイトスがな」

「グレーさん!これは貴方に対しての懲罰なのです!あなた自身の手でやらなければ懲罰と言えないのではないのです!」

「俺の魔力で、俺の術式で動いている。これでは不満か?ネズリーさん」

「貴方の労力を以て証明してほしいです!それと、ベルさん!」

「何でしょうか?ミス・ネズリー」

「貴方もです!何故、掃除をなさらないのですか?」

「ミス・ネズリー。私はきちんと作業をしております。

 その証拠に、今まさに完成したこの薬品!ニオイジョキョールの効果により、この腐った下水を垂れ流しにしている屑共の匂いを、分解!粉砕!大崩壊!留まる事のない細分化を果たします!!____まあ、学校が流砂の海に沈んじゃうかもしれないですけどね!」

「貴方たちは、また学校を壊す気ですか!!いい加減にしてください!!」


 興奮冷めあがらない彼女に、仲介役として間に割りながら呼吸を整えさせる。


「それで?ネズリーさん。何か?」

「……はぁ。生徒会長が呼んでおります。一回のトイレ掃除を大至急終わらせ、生徒会室へ来てください。いいですか?!終わらせてから来てください!……全く。怒られるのは私なんですからね?」

「会長が?単位の事なら、首の皮一枚繋がったって言っていたじゃないですか?」

「貴方の話ではないですよ。ミスターデルタ。……まあ、少し関係は在りますか。今回の新入生の御前試合の話です」


 ___確か。


「オルガニック国のVIPが来るという話は聞いているが?」

「ラードの宗教関連のお偉い様が来るって聞いていましたね」

「それに、アラルドの女王陛下も来るっていう話だったね」


 その言葉を聞く度に、彼女の顔色は青ざめていき次第には涙が浮かぶ。

 名前が挙がった方々はその界隈では有名な方々ばかりで、合法非合法問わず様々な実験や研究に勤しみ、非人道的な貴族主義者の方々だ。

 ネズリーさんは貧民街の出身であり、その技量と才能を見込まれこの学園の秘書的立場に収まったのだが、それを芳しく思わない人も僅かながらにいる。

 挙げられた人物はその最たる例であり何かと小言を言われているという話も上がっている。


「__貴方達。何故、私の苦手な方々だけを上げるのですか?嫌味ですか?私が不甲斐ないという嫌味ですか?嫌味ですね!どうか、死んでください皆さん!!」


 涙目で物申すネズリーさんは、この学校のモルモッ__。失礼、マスコットととして異常な人気がある。彼女の涙目を見る為だけに、様々な策を弄する変人が居る程に。


「いえいえ。ネズリーさんが圧力に待機れず了承したあのけんは、誰にも広めていませんよ?西川寮の大半が知っていますから」

「それが嫌なんです!!分かっていてやっていますよね!!」


 ぷんすかと、怒りをあらわにするネズリーさん。

 そうして本質から逸脱したことに少々起こりながら、彼女は踵を返した。


「とにかく!早く終わらせてきてください!!」

「了解です」

「了解」

「了解しました!」


 立ち去る彼女に、学園式の礼で返しながら俺達は向き合う。


「それで?どうする?」


 生徒会長直々に話したい事だ、碌なことではない事は目に見えている。この場合のどうする?は、巻き込まれるか、聞かぬ存ぜぬかの選択だ。ユーモアたる人物と自身を評する彼なら、多少バックレた所で小言で終わるだろう。

 だが、___先の、寮半壊事件についての言及と処分について寛容な処置がとられた。……となると。

 故に、どのような用事か確認する必要はあるが。


 ……行くしかない_か。


「ベル」

「何です?」


 こちらを見るベル。

 私は比較的笑顔で答える。


「その薬品の反術薬品は?」

「ああ。もちろん作ってありますが?」

「ポケット?」

「はい」

「拘束」

「了解」

「えっ」


 表情が固まり、驚きを隠せていない。

 そのすきに薬品を奪い、上着のポケットに忍ばせている薬剤を奪い取った。禍々しい紫の薬品を掲げ、何が起きたのか分からないのか、呆けたままのベルに対して一言謝った。

 無論、反省をする動機は無いので上っ面だけだ。


「フェファイトス。実験動物マッドサイエンティストを拘束しろ」

「了解しました。主様」

「えっ!!」

「んじゃ、行くか」

「ベル、動くなよ?その体制だと関節が外れる」

「えっ!!!!」


 伸ばされた猫の様に捕まったベルは、終始碌な抵抗も行なえずに抱えられられる。

 半透明の幼女が、同じ身長の子供を抱えているという奇妙な状態だが、これで損害が出るのはベルの世間体のみだ。実害が無く、魔法に対して才能あふれるサイエンティストでもこの状態になったら何もできない。

 フェファイストスは、実体のある者を確実に無力化する。

 不満げなベルが、恨むようにこちらを見る。




 私は下手な口笛と共に、その視線から目を離した。



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