3話 部活動見学
入学式から、何日か経ったが、蓮が望んでいたような恋愛イベントは発生しなかった。
そもそも、学校に慣れることにいっぱいいっぱいなところもあり、そんな状態でもなかった。
ただ、光里や何人かの友人と仲良くなっていったりし、日々は過ぎていった。
当初は他人行儀で固かった光里も、時間が立つにつれて、気さくに話してくれるようになった。
その日、蓮は放課後になり、帰宅する準備をしていた。
「蓮ちゃん、」
蓮が振り返ると光里が立っていた。
光里はプリントを蓮の前に出す。そこには部活動見学会について書かれていた。
「今日放課後、部活動見に行かない?」
「部活動?」
蓮は中学時代のことを思い出す。習い事や塾で忙しく部活動どころではなかった記憶が頭を過ぎる。
「うん。今日から部活動見学期間みたいだし、見にいこうよ。」
光里は蓮に一緒について来てもらいたいようだった。
「部活動ねぇ、どこに見に行こうと思ってるの?」
「えっとね、スポーツ系がいいかなって。」
「えっ!?スポーツ?文化系じゃなくて?」
蓮は驚いた声を上げた。
体育の時の光里のことや普段のゆったりした動作からはとても体育会系の姿は思い浮かべられなかったからだ。
「うん、体動かしてみたいなって思って。」
「へ、へぇー。」
光里は手をぐるぐる回す動作をする。
良い匂いが蓮の鼻孔をくすぐる。
光里からは古風でいて暖かな感じがする匂いがして、蓮はその香りが好きだった。
何でも光里の家は、古くから続く格式高い家のようだから、使っている香水も良いものなのだろう。
疲れたのか腕を止めて、光里は大きく呼吸する。そして蓮に懇願するように目を向けた。
「っ、わかった。ついていくだけね。」
そういうと、光里は笑顔になった。
蓮と光里は体育館に向かっていった。
光里は室外より、室内競技に興味があるようだったからだ。
体育館ではバスケットボール部、卓球部、バレーボール部が入っていて、
見学会に参加している一年生が、それぞれの部活動の説明を聞いていた。
蓮は、遠目で見てあまり興味が持てなかったので、光里を見てみると、真剣な眼差しでバレーを見ていた。
「バレーボール部に興味あるの?」
「うん、ママと一緒にテレビでよく見てたんだ。」
「じゃあ見にいく?」
「えっ!?私、身長低いし、力ないからそんなダメだよ」
急に光里は情けない表情になる。
蓮は光里のその表情を見て、庇護心が湧くとともに、意地悪したい気持ちになった。
「興味あるんでしょ。せっかくここまで来たんだし、見にいこ。」
蓮は光里の手をとり、バレーボール部の方に向かっていく。
光里は緊張しているようだったが、蓮に大人しくついていった。
バレーボール部のコートに向かうと、コート内には長身でたくましい体つきの生徒が多かった。
一方で、部活説明を聞いている一年生を見ると、中学生の頃にバレーボールをやっていたに違いない長身の生徒はいたが、
過半数は光里と同様に細めで小柄な生徒だったので、これなら冷やかしに思われないだろうと蓮は思った。
説明を聞きながら、コートをよく見ると、蓮よりもずいぶん長身で、茶色のショートヘアをした選手が目に入った。
その選手はコートの前に立っていて、味方のトスから華麗にスパイクを決めた。
きゃーと部活説明を聞いていたはずの一年生から声が上がる。
すると、その選手は笑顔で一年生を見渡し、蓮とも目があった。
蓮は軽く視線を逸らし、光里を見ると、光里は目を大きく開き、真剣に部活を眺めていた。
光里は蓮の視線に気がついたようで、蓮の方に目を輝かせながら向いた。
「蓮ちゃん、すごいかっこいいね。」
「うん、かっこいい。」
光里はすぐにコートのほうに目を向ける。その真剣さが蓮には微笑ましく思えた。
一通りの部活説明を聞き、次に任意参加のバレーボール体験が始まった。
蓮は中学生の頃に体育の授業でバレーボールをしたことがあったので、体験はいいかなと、光里に伝えようと向くと
光里の目は輝いていた。
「体験だって。試し打ちさせてもらおうよ。」
先ほどまでの緊張はどこへいったのか、光里はすごく乗り気だった。
「光里ちゃんの背丈だと、ちょっと厳しくない?それにバレーの球って硬いよ。」
蓮は乗り気でなかったので、否定的に伝えると、光里は悲しい表情をした。
「そ、そうだよね。私にはちょっと無理かな。」
光里は急にしおらしくなり、蓮は驚く。
光里を励まそうと何か言おうとすると、蓮は肩を叩かれた。
「バレーボール体験、よかったらしていかない?」
蓮が振り返ると、さっきスパイクを決めていた選手がそこにいた。
そばで見ると、蓮よりも10cm以上は長身で、整った顔つきで、カッコいい感じだった。
「……。光里ちゃん、どうする?」
蓮は光里の方に向き、尋ねる。
「蓮ちゃんが嫌なら別にいいよ。」
光里は落ち込んでいるようで、乗り気でないようだった。
「光里ちゃん、せっかくだし、試しにやってみようよ。」
蓮が明るく光里にそう言うと、光里の表情がパッと明るくなった。
「よし、それじゃあ、やってみようか。
あ、知ってるかもしれないけど、私はパレー部二年の翼咲です。」
「翼咲先輩ですね。私は蓮と言います。」
蓮は翼咲に言うと、光里の方を振り向き促す。
「光里です。さっきのスパイクカッコよかったです。」
光里は照れながら言った。
「ありがと。」
さわやかに翼咲は言った。
バレー部の体験は、まずはサーブの試し撃ちだった。
翼咲に連れられて、蓮と光里はコートに立つ。
まずは初心者向けの下手打ちを打たせてもらう。
翼咲がまずは手本にサーブを見せる。
そして、見様見真似で蓮もサーブすると、ボールは相手コートの方には向いていたが、
思いの外飛ばず、ネットを超えられない。
「初めてだとそうなるよね。こう腕だけで飛ばすんじゃなくて、体全体で腕を振ってみて。」
翼咲が体全体を使って、腕を振るのを真似て、蓮は再度挑戦する。
すると、ボール上手く飛んでいき、相手のコートに入った。
「そうそう、良い感じ。才能あるよ。」
「えぇ、そんなこと」
蓮は照れ笑いして答える。翼咲に褒められて蓮は悪い感じがしなかった。
そして、次に光里の番になった。
光里は緊張した表情でボールを持つ。
「光里ちゃん、落ち着いて。」
光里は、体の動きも固く、蓮は心配になり、声をかける。
光里はうなづき、硬い動きのままポールを叩く。
すると、ボールは相手コートの方とはまったく異なる方向に飛んで行った。
そして、光里は打ち手を抱えうずくまる。
蓮と翼咲が駆け寄る。
「うぅ痛いよお。」
光里は痛そうにそう言った。光里の手は真っ赤になっていた。
ボールの硬さに、光里の腕の柔らかさが打ち負けたのだった。
蓮と光里はバレー部体験はそこまでにして、二人は帰宅することにした。
「痛いよおぉ。」
帰り道にバレー部から借りた氷袋を手に光里は涙ながらに言った。
「叩き方も知らないのに、強く叩きすぎ。」
「そうなんだけどぉ、つい。」
光里は泣きながらではあったが、笑を浮かべた。
蓮はその表情を見て、大事でなくてよかったとほっとした。
そして、次の日、学校に登校すると校門に翼咲が立っていた。
蓮は軽く会釈して通り過ぎようとする。
「蓮ちゃん、おはよう。」
横切ろうとすると声をかけられる。
蓮は立ち止まり、振り向くと微笑む翼咲と目が合う。
「翼咲先輩、おはようございます。」
「昨日のバレー体験どうだった?」
「光里ちゃんが大変でしたけど、楽しかったですよ?」
「そう、それなら良かった。」
翼咲は安堵した表情でそう言った後に真剣な表情で蓮に向く。
「蓮ちゃんはバレー部に興味湧いたかな?」
「バレー部ですか?」
「うん、もしよかったら今日から体験入部もやってるから、蓮ちゃんもよければと思って待ってたんだ。」
そういうことだったのかと、蓮は考える。
「部活説明は冷やかしで来る生徒が多いんだ。昨日も多分ほとんどそう。
バレーの説明より、私とか見ている生徒が多かった気がする。」
そういうと、翼咲は髪を整える動作をしながら、蓮に目を向ける。
「君もそうだったり?」
「しません。私は友達の付き添いです。」
「ふーん、なんだ、残念。」
「残念?」
「君も私のファンなんだと思った。」
「はぁ。」
「ふふ、君って面白いね。じゃあまたね。」
そういうと、翼咲は去っていった。
残された蓮は呆然と見送る。
「……またね?」
教室に入り席に座ると隣の席の隣子が蓮に勢い話しかけてきた。
「蓮さん、さっき翼咲様と何話してたの?」
「翼咲様? 隣子さん。昨日バレー部の部活見学に行ったから、その話をしただけ。」
「ふーん、そうなんだ。何だか親密そうな感じに見えたけど。」
「そんなんじゃないから。あの翼咲先輩って有名なの?」
蓮がそういうと隣子は驚いた表情をした。
「有名も有名どころだよ。翼咲様は学校内でも特に人気の高いお方なんだから。学園の王子様よ。」
「ふーん、そうだったんだ。」
蓮は翼咲のことを思い出す。確かに高身長でキリッとした顔つきをしていたことを思い出す。
キザっぽくもあったが、確かにモテそうな感じがした。
ふーん、王子様ねぇ。あれ、これって出会いイベント来てたのかしら。
蓮はふと思った。