12話 恋心
睡眠不足で重たい瞼を擦りながら、蓮は学校に向かって歩いていた。
歩きながら、昨日の夜に気づいたことを頭に反芻させる。
光里と今までした話を思い返せば、光里は恋愛について常に一歩引いていた。
蓮の翼咲や白との恋愛話を楽しそうに聞いてはいたが、光里の恋愛について話すこともなく、誰かを好きな素振りも見せることはなかった。
むしろ、恋愛することをそもそも考えていないようだった。
「はぁ。」
一人ため息をつく。
蓮は光里に普通の恋愛をして欲しいと思ったのだ。
まだまだ日は短いものの、入学したときから光里とは一番仲良くしてきていて、
そんな友人が悲しんでいる姿を見ていることはできなかった。
光里に恋愛することを勧めてみよう、そう決意していた。
蓮が教室に入ると、光里は既に着席していて、挨拶すると昨日のこともあるのか照れた表情をしていた。
そして、授業が始まり、昼休みになった。
蓮は弁当箱を持ち、光里に声を掛ける。
「今日は外で食べない?」
「うん、天気も良いしいいかも。でもどこか良い場所知ってる?」
「着いてきて」
蓮はそう言うと、光里を連れて、例の体育館側のベンチに向かった。
ベンチに座ると、心地いい風がそばを横切る。
蓮が光里を見ると、光里も蓮を見ていたようで、ニコっと微笑まれる。
蓮もそれにつられて、微笑んでしまう。
空も快晴で、睡眠不足で変に力んでいた気分が晴れ渡るようだった。
「蓮ちゃん、昨日のことだけど、」
蓮がそう言い始めると、光里の表情に影を落としはじめる。
蓮はそれに気づきながら、伝えないといけないと信じ、最後まで話す。
「本当に好きな人を探さないといけない。」
「……意味ないよ。仮に見つけたとして、許嫁と結ばれるんだから。」
「許嫁なんて、ただの約束でしょ。光里ちゃんが律儀に守らないといけない義務なんてないはず。」
「何も知らないからそんなこと言えるんだ。」
光里の表情は暗くなった。
蓮は引くつもりはなかった。話を続けた。
「私は知らないかもしれない。でも好きじゃない人と約束だからと結婚しないといけない方がおかしい。」
「おかしくても、そうしないと両親に迷惑かけてしまうし、家系も途切れてしまうかもしれない。」
「だからといって、光里ちゃんが犠牲になるなんて。」
蓮が悲しそうにそう伝えると、光里は同じように悲しい表情をしたかと思うと、無表情になった。
「犠牲になんてなってないよ。小さい頃から決められていたことだし、
無理だよ。許嫁の話は小さい頃から決められていたんだもの。」
何度も自分に言い聞かせたんだろう、機械的に光里は言った。
「本当のこというとね、中学を卒業したら、嫁ぐ予定だったんだ。」
「え?」
「びっくりだよね。私も本当に驚いて、それを聞いたときに泣いちゃった。」
光里は冷笑しながら、冷めたように言った。
「それでさすがに可哀想だからって、この学校を入れさせてもらえることになったんだ。
私の最後に自由に使える時間。だから、私はこの学校を心から楽しみたい。」
光里はいつものように微笑みながら言った。
しかし目に涙を浮かべていた。
「この学校で、みんな優しくしてくれて、本当に楽しいんだ。
仮に恋をして、もし変なことになった、嫁ぐのが早くなっちゃうかもしれないんだよ。
そうなったら、私はこの学校にいられなくなる。」
光里は最後は叫ぶようにそう言った。
「……。そんなのおかしい。」
蓮が呟くと、光里は優しく微笑みながら言った。
「それでも私は受け入れるしかないんだよ。」
お昼ご飯を終えて、二人は無言のまま、教室に戻った。
そして授業が終わり、放課後になっても二人は無言のまま別れた。
蓮は悔しかった。光里の親や悠紀、そして光里に対しても苛立ちを覚えていた。
そして、光里を心変わりできない自身の弱さにも苛立ちを覚えた。
蓮は立ち上がるとカバンを手に取り、一人で教室を出た。
「蓮ちゃん、どうしたの怖い顔して?」
下駄箱の近くにきたときに、前に翼咲と白がいた。
「考え事していたみたいだけど、前をしっかり見て歩かないと危ないよ。何かあった?」
白も優しく話しかけてくれる。
「……。すいません、寝不足なんです。」
「寝不足は考えが整理されないからよくない。部活に入ってなくても、睡眠はしっかり取らないと。」
翼咲は元気よく言った。
「はい、今日は早く帰って眠ることにします。」
蓮はそう言い、二人の側を横切る。
「もしかして、光里さんのことを悩んでる?」
「……。」
後ろから白に声を掛けられて、蓮は立ち止まってしまう。
沈黙が答えになったようで、白は話を続ける。
「迷っていて後悔しないようにね?」
「何の話ですか?」
蓮は白に振り返り答える。
すると翼咲は微笑んだ。
「蓮ちゃん、まだ気づいていないの?」
翼咲がそう言う。
そして、白も優しい表情をしていた。
「蓮さん、光里さんにどんな気持ちを抱いているか、しっかり見つめ直してね。」
蓮は問いかけられた話に答えず、靴箱から靴を取り出すと、帰途に着くのだった。
蓮は家につくと素早く用事を済ませて、睡眠をしっかり取るために早めにベッドに入る。
しかし、ベッドに入ると思い浮かぶのは、光里のことばかりだった。
私は光里のことを考え続けている。なぜだろう。
蓮は光里のことがなぜ気になるのかわからなかったが、その日は眠りにつくことができた。
夢の中で、蓮は光里と仲良く暮らしていた。
二人で楽しく暮らし、そして夜になり、二人で一緒にベッドに入り……。
蓮は目が覚めた。
後もう少しで、光里と……。
「光里と恋人になりたいのは私?」
初めて恋心を抱いたことに、蓮は気づいた。




