10話 悪戯
翼咲が生徒会室に乗り込んだ日から、翼咲は蓮に対して会いにくることがなくなった。
しかし、あの日を境に、翼咲と白が蓮を取り合って険悪という間違った噂が立ち始めていた。
生徒会室での翼咲と白の言い争いを聞いていた噂好きな生徒がいたようだった。
当事者の蓮は真実と異なる噂を煩わしいと思いつつも、気にしないで今日もいつも通り教室に登校する。
席に着くと隣子がニヤリ見てくる。
「噂の姫君よ、噂は事実なのですか?」
隣子が冗談めかして聞いてくる。
「それはない。」
蓮はピシャリと断言する。
「はぁ、まぁそうだよね。でも翼咲様が生徒会室に乗り込んだのは本当なんでしょ?」
「……そうだけど」
蓮は正直に答えた。
隣子は噂話は好きでも、人を悪い方に追い込たてるようなことはしないと知っていたからだ。
「そこまでして、蓮さんを生徒会に入れたくなかったのはなんでなんだろう。」
「……。さぁ、翼咲先輩は私をバレー部にいれたかったんじゃないの。」
蓮は誤魔化すように答えた。本当のことはそのうち伝わってくるだろうし、
蓮からは言いたくなかったのだった。
「ふーん」
隣子は考えるような表情になるが、それ以上は聞いてこなかった。
「蓮ちゃん、モテモテだよね。」
いつの間にかそばにいた光里がニヤニヤしながら言った。
「モテモテかもしれないけど、ラブラブじゃない。」
「へー、でも楽しそうでいいなぁ。」
「楽しくない。」
蓮が言うと、光里、隣子合わせて笑い合った。
その日、外は薄暗く今にも雨が降りそうだった。
気温も低く、何か嫌な予感がする日だった。
蓮と光里は学級委員として、放課後に職員室にプリントを提出しに行った。
担任にプリントを提出し、職員室から出ようとした。
「蓮さん、ちょっと。」
「はい?」
蓮が振り返ると担任の先生が申し訳なさそうにしていた。
「申し訳ないのだけど、倉庫に明日のホームルームで使う資料があるから取りに行ってくれたないかな?」
「はぁ、別にいいですけど。」
蓮は放課後で面倒だと思ったが、先生の頼みだし仕方ないと承諾する。
職員室を出ると、はぁーと蓮は息をつく。
すると、光里が伺うような表情で蓮を見る。
「蓮ちゃん、私代わりに行こうか?」
「え?でもまぁ私が頼まれたことだし、なんか悪いよ。」
「別にいいよ。蓮ちゃん、今日あんまり元気ないみたいだし。私がいくよ。」
「そう?」
光里に積極的に言われて、蓮は迷う。
ただ、今日の蓮は気分も体調も優れなかった。
「光里ちゃん、それならお言葉に甘えて。ありがとう。」
蓮がそう言うと、光里は校舎の外にある倉庫に向かっていった。
蓮が教室に戻ると、ほとんどの生徒は帰宅していて、残っている生徒は少なかった。
人が少なく、薄暗くなった教室に蓮は寂しさを感じる。
光里にお願いしている手前、蓮は教室で光里が戻るまで待つことにした。
その日あった授業の復習をしていると、外からぽつぽつと雨音が聞こえてきた。
窓から外を見ていると雨は激しさをまし、蓮の気分はさらに暗くなりそうになる。
そして、光里のことが気になった。倉庫は外にあり、雨に濡れてしまうはずだ。
ただ、時間的にも倉庫から資料を取ったあとであり、そろそろ教室戻ってくるはずだと思い、
蓮はそのまま待つことにした。
しかし、数分経っても、光里は戻らない。
嫌な予感がし、傘を持ち、蓮は倉庫に向かった。
蓮は校舎を出て、倉庫に走る。
倉庫の前には雨に濡れながら、雨に濡れた資料を集める光里がいた。
「光里ちゃん、何かあったの?」
蓮が光里に駆け寄り、傘をかざし、声をかける。
光里は蓮に振かえる。その表情は涙か雨のせいか目元がひどく濡れていた。
「蓮ちゃん、どうしよう、転んで資料が雨に濡れちゃった…。」
「……。蓮ちゃん、資料はいいから校舎に戻って。雨に濡れて風邪ひいちゃうよ。」
「でも、資料が」
「私が集めとくから。」
蓮は光里に傘を渡し、資料を集める。
資料は雨に濡れてひどく崩れているように見えたが、乾かしてボンドなどでくっければ元に戻せそうだった。
光里は戻ろうとしないのか、蓮のそばでじっと蓮を見ていた。
資料を集め終えると、教室に戻る。
光里はやけに静かに、蓮に着いてきていた。
蓮は自席に座ると、ボンドを使って、資料を手早く戻していく。
光里はじっと蓮を見つめている。
そして、最後には元どおりの資料に修復したのだった。
「ふぅー。完成かな。少しボンド跡が残ってるけど、十分でしょ。」
蓮が微笑みながら、光里の方を向く。
すると光里は、何も言わず蓮に抱きついていた。
「ぅ、ありがとう。」
光里に抱きつかれ、蓮は照れるような何か嬉しい気持ちになった。
雨で濡れたせいか、光里の体は湿っぽく熱いように感じた。
その次の日、蓮が学校に着いたときには光里の姿がなかった。
ホームルームの時間になっても光里は登校してこなかった。
そして、担任は光里は風邪で休みと伝えた。
蓮は光里に倉庫に資料とりにいかしたことを後悔した。
そして、その日の授業が終わり、放課後になった。
光里のいない学校は、退屈に感じるのだった。
蓮は足早に帰宅したが、何か教室内の視線が冷たいような気がした。
次の日になり、蓮は教室に入った。
その日も光里は登校していないようだった。
机の中から、教科書を取り出そうとした。
しかし、取り出した教科書は湿っぽく濡れているようだった。
まるで、昨日に水に漬けられたかのようだった。
ノートを取り出すと、蓮の書いたのではない文字が記載されていた。
「ぶりっこ」、「いじめっこ」、「女王気取り」、「目立ちたがり」
蓮は勢いよく立ち上がり、クラス内を睨みつけるように見渡す。
ほとんどの生徒は気にしないようだったが、何名かの生徒が怯み顔を逸らす。
その中には、バレー部や陸上部に所属している生徒がいたようだった。
「蓮さん、どうかしたのかしたら?」
隣子が心配そうに蓮を見つめながら声を掛ける。
蓮は威圧して隣子を見つめてしまう。
隣子は怯み、目を晒し、ノートと教科書を見て顔を歪める。
蓮は隣子の反応を見て、表情を和らげる。
「言いたいことは直接言って欲しいよ。」
そう言って、教科書とノートを隣子に見せたのだった。
そして、昼休みになった。
隣子とお弁当を食べようとすると、蓮は担任に呼ばれたのだった。
誰もいない空き教室に入ると、担任は眉間にしわを寄せて話を切り出す。
「蓮さん、一昨日に取りに行くようにお願いした資料なんだけど、
雨の中、光里さんに取りにいかせたって本当?」
「取りにいかせた?」
「クラスの子から、雨の中濡れながら取りに行かせて、泣かせてたって話を聞いたんだけど。」
それを聞いて、蓮は握り拳を強く握りしめる。
「先生、私は光里ちゃんを泣かせるようなことはしない。
光里ちゃんが戻ったときに本人にその話を聞いてください。」
勢いよく蓮は担任に伝えた。
「そ、そうだよね。蓮さんがそんなことするわけないよな。」
担任は深くうなづく。
蓮が教室に戻ると隣子が心配そうに見つめ、話しかける。
「何かあったの?」
「……。担任の先生が、私が光里を雑用に使って、雨に濡らせて風邪ひかしたってさ。」
「本当なの?」
「そんなわけないでしょ。私は隣子の嫌がるようなことは絶対にしない。」
隣子だけでなく、クラスに聞こえるように蓮は大きな声で言ったのだった。
放課後になり、生徒会室に蓮は向かった。
生徒会室の推薦の話をする体ではあったが、その日あったことを白に相談したかったからだ。
生徒会室に着くと、そこには翼咲がきていて、白と楽しそうに話をしていた。
蓮が入ってきていることには気づかず、二人は仲の良い幼なじみに戻ったみたいに仲良く話をしていた。
「お熱いお二人の先輩方、悲しい一年生の話を聞いてはもらえませんか。」
茶化すように蓮が近づき言うと、二人とも合わせたかのように照れて笑った。
そして、蓮は二人に事の顛末を話したのだった。
「蓮ちゃんは多分、妬まれてたんだと思うよ。それで光里ちゃんとのやりとりを目撃して、
都合のいいように話を作り替えたんだろうな。」
翼咲がそう言った。
「確かに、部活の子や生徒会の子に前に聞いてたんだけど、翼咲や私とか生徒会のメンバと仲良いところも
妬みの対象になっている話は前からあったよ。」
白がそう言った。
「……。はぁ。また面倒なことに。」
蓮がため息を着く。
「また?もしかして何度かあったの?」
「中学時代にもちょっと。」
「人気者は大変だ。」
翼咲は蓮が存分気にしていないことに安心したようで、茶化すようにいった。
「でも、悪戯が過激化しないようにしないと。私から生徒会や陸上部部のメンバーにも伝えておく。」
と白が言うと、翼咲も大きくうなづく。
「じゃあ、私は体育会の部活のメンバーに言っておくよ。特に1年生に。蓮ちゃんは無実無根だって。」
「翼咲先輩、白先輩、ありがとうごさいます。」
蓮は翼咲と白に感謝する。
そして、蓮は生徒会室を出る。
下校道で、中学時代と違うこと、それは頼りになる先輩、というよりも仲間がいることなのかもしれないと蓮は思った。
そして、次の日になった。
翼咲、白の口添えのおかげか、その日からパッタリと蓮に対しての嫌がらせや噂はなくなった。
逆に嫌がらせをした生徒の噂がたった。
その子は翼咲と白のファンの子だったようで、二人と仲良くしていた蓮のことを気に入らなかったようだった。
ただ、その子の噂もしばらくすると、なくなった。
翼咲と白が、その噂から次の悪戯のターゲットを防ごうとしたようだった。
蓮は、翼咲と白のそういうところも素敵だと思った。
そして、休みを挟み次の週になった。
「蓮ちゃん、久しぶりー。いや熱が出て大変だったよー。」
何もしらず、ぽやんとした顔で光里が登校していた。
その無垢な顔を見て、蓮は悪戯のことはすっかり忘れて、心が一気に明るくなった。
「光里ちゃん、全快ね。こっちも本当に大変だったんだけどね。」
「?」
光里は不思議そなう表情をした。
その顔が可愛らしく、蓮は声を出して笑った。




