現代のトップアイドルが聖女→偽聖女→重罪人→異世界アイドルになるまでのダイジェスト
突然だが私は顔がいい。
何言ってんだコイツ、とか。そういうこと言う女は大抵ブス、とか。
言いたい奴は言ってくれて構わない。
ただし私の顔を見てからにしてくれないか。
染めたことのない黒髪はまっすぐに腰まで伸び、枝毛切れ毛もなく美しく艶めく。
大きなくりくりの焦げ茶の瞳はくっきり二重。睫毛はマッチ棒が4~5本のるほど長くて多い。
小さな鼻はすっと通り、ぷっくりうるつやアヒル口は桜色。
透き通る白い肌は染み一つなく、口元にひとつだけある小さな黒子が色気を添えている。
胸はさほど大きくはないけれど形はいいお椀型。乳首の色だってピンク色だ。
それなりに鍛えているのでウエストは細く、お尻はぷりっぷりの小尻で桃尻。
太ももにも無駄な肉はなく、ふくらはぎはすらりと、足首はきゅっと引き締まっている。
結論、顔がいい。
そしてスタイルがいい。
自分で言っちゃえるくらいだから、まぁ結構なレベルだと思ってる。
そうでなければこのアイドル戦国時代、トップアイドルグループの不動のセンターなど務まらない。
柊梓紗、19歳。
抜群のルックスとスタイル、ソロデビューも目前と噂される歌唱力、プロのダンサーにも引けを取らない運動能力。
いつでも絶やさない笑顔とウィットのきいたトークでお茶の間でも人気者の、誰もが認めるトップアイドル。
それが私だ。
ライブだけでなくバラエティでも活躍し、グループを抜けた後も芸能界でやっていけると確信した私が卒業を発表したのは、これからの活動の幅を広げたかったからだ。
きれいな衣装を着て、きらきらしたステージで、かわいいダンスを歌って踊る、そんなアイドルに憧れてたのは小さな頃の話。
今は違う。
もっと歌いたい。上辺をなぞるような綺麗事じゃない、人の心を震わせるような魂の歌。
他人の作った言葉じゃなく、ちゃんと自分の言葉で、自分の音楽で、自分の声で伝えたい。
その上で、演技とか、そういったことも挑戦出来たら――…。
そう思っていた。
顔だけアイドルとか、口パク歌手とか、大根女優のお遊戯会とか、SNSとかで散々に言われたりもするけれど、ちゃんと見て、ちゃんと評価してくれる人はしてくれる。
だからそのために、人から嫌われないように振る舞いには気を付けた。
笑顔。挨拶。一度会った人の名前は忘れない。悪口言わない。酒も煙草も(もちろんクスリも)未成年だからやらない。彼氏もいらない。いたことない。枕営業なんてもってのほか。セクハラすらも華麗にスルー&防御。ファーストキスだってまだだ。
仕事がぎっしりで休みもなくて寝不足でも、美貌を保ち続けるための努力は怠らない。
ラーメンもケーキもジャンクフードも大好きだけど、太るし肌荒れもしやすくなるから極力食べない。
芸能界では大抵の馬鹿はやっていけないから(一部の本物は除く)、勉強だってする。
本当はアニメ観たいしゲームしたいけど、ニュース見たり新聞読んだりして時事問題は把握する。流行りの本や映画も観ておくとなおよし。どこから話題が繋がって仕事になるかわからない。
芸能活動でまともに高校も通えなかったけど、成績は悪くなかった。
英語は読み書きより、聞いたり話したりするほうが得意。英語の歌詞、綺麗な発音で歌えたらかっこいいもんね。中国の歴史映画にも出たから、中国語も少しだけ出来る。
私は頑張った。頑張ってたと思う。
これからが楽しみだった。どんな仕事ができるだろう。どんな自分を作っていけるだろう。
わくわくしてた。私の前に広がるのはきらきらした未来だけだと思ってた。
―――無事に卒業ライブを成功させた帰り道の車の中で、居眠り運転のトラックに突っ込まれるまでは。
暗転。
あー死んだな、これからだったのにな、まだまだやりたいこともたくさんあったのにな、なんて。
よくあるモノローグの後に目を覚ました私を待っていたのは、異世界転移というファンタジーだった。
グループの一人にそういうのに詳しい子がいたことを思い出す。
その子は漫画やアニメ、ラノベが大好きで、NLBLGLなんでもござれな雑食で、そういう事に詳しいキャラで売っていた。
私はあんまり詳しくなかったけどその子の話はよく聞いていたので覚えている。今の流行りは異世界転移もしくは転生でチート無双だということを。
ぼんやりと発光する魔方陣みたいなのの中央に私と、車を運転していた臨時マネージャーが、間抜けな顔して座り込んでいるこの状況。
魔方陣の外からは、ファンタジー衣装に身を包んだ異国の方々がざわざわしながらこっちを見ている。そうしてその奥から現れた、ハリウッド俳優も真っ青な王子っぽい格好をした美形。
「やった、聖女召喚は成功したぞ……!」
これって一部界隈で人気の異世界転移そのものじゃね?? と把握した。
異世界の名前はガルガンドル。剣も魔法もある世界。
王様貴族平民奴隷、獣交じりの亜人や、妖精っぽいエルフやドワーフまでなんでもござれのファンタジー。
この世界共通の敵は魔獣で、最果ての荒れ地という場所から現れてはこの世界の住人を襲うのだという。
現在、その魔獣が大量発生しているらしく、世界各地で被害を出しているのだとか。
それを打破できる唯一の方法が聖女の力で、禁術と言われた異世界召喚の儀式を行って呼び出したのが、どうやら私らしい。つまり私が聖女だと。
いやいやいやいやいや待て待て待て待て。
ふっざけんなまじで!!!!!!!
そんな私には一切合切関係のない世界の問題に、全てこれからって時に巻き込まれてさぁ協力しなさいって言われてもするわけねーーーーだろ!!!!!! 馬鹿か!!!!!!!!!!!
しかももう二度と元の世界に帰れないとか!!!!!!!!!! 異世界召喚の代償で――というか辻褄合わせのために事故らせて体と精神を分離させてこっちに飛ばしてきたとか!!!!!!!!!!!!!
もうすでに向こうでは葬式も済んでるって?
異世界転移あるある? うるせーーーーーーーーよそんなあるある知るか!!!!!!!!!!
しかもしかも、その聖女の力を使う方法っていうのがまたとんでもない。
体の内に潜む聖女の力は自分では扱えないらしく、この世界の住人の協力があって扱えるようになる。
その方法っていうのが、聖女の体液を自分の体に取り込み、また自分の体液を聖女に注ぎ込んで、力を循環させること――つまりはセックスして中だししろって話。そこに愛があり、快楽が大きければ大きいほど生まれる力は莫大なのだとか。
ふっっっっっっざけんなよまじで!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
どうして自分の夢を、将来を、家族を友達を奪ったやつらに体を差し出せる?
無理やり連れてこられた世界を救おうと思える?
少なくとも私は無理だ。むしろこんな世界は滅んでしまえばいいとすら思う。最低でも私たちを召喚したやつらは地獄を見てほしい。
聖女として召喚された者の責任だとかなんだとか言われて襲われそうになったけど、手当たり次第に金蹴りして死ぬほど大暴れして、自分の首にナイフを突きつけてハンストして拒絶した。
最終的には、私が死ぬことも辞さないという態度なのを察したのか、国の上層部だという誘拐犯たちは下手に出てきた。
豪華な食事。
精緻な仕立てのドレス。
大きな部屋に、有能なメイドたち。
そして美しい男たちを侍らせてきたのだ。
その美しい男たちというのは王子やら公爵家の嫡男やら王宮騎士団魔術師団の有望株やら―――つまりは誘拐犯の仲間である。
ふっっっっっっっざ(以下略)!!!!!
住む場所だけは確保しないといけないので与えられた部屋に引きこもり、食事は調理済みのものは一切口をつけない。
飲み水になにか入れられてたらシャレにならないので、ゲリラ的に人を捕まえて毒見させた。案の定、高確率で数分足らずで発情した。本当に今の私の周りには下種しかいない。
発情した人間? そんなん廊下に放置しましたが何か? 唯一の情けで女性にはやらなかっただけよしとしてほしい。
そんなこんなで聖女? 何それ美味しいの??? みたいな生活を続けること数ヶ月。
事態は一変した。
思い出してほしい。
私は卒業ライブの後、臨時マネージャーの運転する車に乗っていたところ、トラックに突っ込まれてこっちにやってきたのだ。
拉致誘拐されたのは私だけではなく、臨時マネージャーである月見里聖華も一緒にである。
不動のセンターであり、ピンでの仕事も多い私には付き合いの長い専属のマネージャーがついていたのだが、その日――というか数日前から体調を崩してしまい、代わりについたのが彼女だった。
彼女は私よりも5歳年上の24歳で、黒髪をぴっちりとひっつめて、新卒が着るような飾り気のないリクルートスーツに身を包んで歩く姿は元アイドルという経歴の割には華がない印象だった。話しかけてもいまいち響かず必要最低限しか会話が続かないので、2日で仲良くなるのを諦めた。
聖女だ聖女だとやんやされて召喚されたその場で彼女とは別れてそれっきりだった。座り込んでぽかんとしていた顔はあどけなく、それまでの印象以上に幼さを感じさせるものだったのを覚えている。
ストライキに必死になり過ぎて、彼女の存在をすっかり忘れていたが、どうやら彼女が本当の聖女だったらしいのだ。
聖女は私の方だと断定して王子やら公爵家子息やらがご機嫌取りに必死になっている間、どうやら彼女は城下の平和を守る騎士団の団長に保護されて、おさんどんをしたりなんだりお手伝いをしているうちに、いい仲になったのだとか。
余談だが、私にまとわりついていた方のは王宮騎士団と王宮魔術師団で、金の騎士団・銀の魔術師団と言われている。
聖華を保護した方は城下騎士団と城下魔術師団で、黒の騎士団・白の騎士団である。
他には魔獣が桁外れに多いと言われる辺境を守るのはは鮮血の騎士団、慟哭の魔術師団というらしい。一気に悲壮感が物凄いことになっているけどいいのだろうか。
閑話休題。
男前という言葉がよく似合う黒の騎士団長に肩を抱かれ、美男子という言葉がよく似合う白の魔術師団長に腰を抱かれた聖華は、日本にいた時よりも綺麗になったようだ。
まともに寝れず、食べれず、手入れも出来なかった私はどんどんやつれていったというのに、この差は一体……。
と、疑問に思ったのは一瞬で、彼女たちの距離の近さで私は理解したのである。
なるほど、聖華が本物の聖女だと判明したということは。
ヤったというわけだ、おそらくはこの二人と。もしかしたら他にもいるのかもしれないけれど。
そりゃあ綺麗にもなるわ。
イケメン2人に身も心も愛されて、食う寝るところ住むところに心配なんかしなくてもいい。
自分が必要とされている実感と、充実した仕事。
おまけに自分こそが本物の聖女だと分かった以上、何にも怖いものなんかないものね。
私とは、大違い。
それからは早かった。
どうやら誘拐犯の一味である王子は第二王子だったらしく、身分の低い母を持つ第一王子とは水面下で王座争いを繰り広げていたらしいのだが、今回の聖女騒ぎで決着がついた。
影ながら聖華をサポートしていた第一王子は――登場と共に彼女を後ろから抱き締めていたので、おそらくこいつも穴兄弟だと思われる(お下品でごめんね)――本物の聖女との婚姻をもって王太子の座を手に入れた。
そうするとあら不思議!
あれだけ私の周りをうろちょろしていたお貴族様のご子息たちはお家から放逐。お偉いさんたちは華麗に手のひらクルーしてくれやがり、口々に「よくも騙したな偽聖女め!!」などと罵詈雑言を投げつけてくる始末。
私に今までかけてきた美食やドレスなどの代金まで請求してきた。国民の血税がどうたらとか、国庫がどうたらとか言ってたけど、それって私の責任なの?
「私が聖女です!! 彼女は偽物です!!」なんて言った記憶ないし。
美食もドレスも頼んでないし、受け取った記憶ないし。
最低限の衣食住は生きるためだから仕方ないとしても、そもそもお国の事情で勝手に誘拐したのはそっちなんだからそのくらい責任持ちなさいよ、ってところだし。
ヒートアップする美形たちを前にそれを言っても聞く耳持たず。
聖華は聖華で、
「聖女かもしれない、この国を救えるのは自分だけかもしれない、っていう時に、自分に出来ることをしようともしないのはどうしてなの?」とか。
「柊さん、あなたは向こうの世界でもこっちの世界でも求められすぎて、それが当たり前になってしまいすぎて。人を大切に思う気持ちとか、愛する気持ちを忘れてしまったの?」とか。
何それ馬鹿じゃないの余計なお世話、としか思えないことしか言わないし。
どうして無理やり連れてこられた国や男を愛せると思うの。
どうして今までの努力を全部無駄にされて許せるの。
貴女は愛せるのでしょう。救おうと思えるのでしょう。許せるのでしょう。でも私は無理。
そういう気持ちを込めて「私と貴女は違う」って言ったらイケメンたちに激怒された。ナンデー。
そうして本物の聖女様とその旦那様方は、無事に国の中枢を掌握し。
聖女を騙った偽物の私は、最果ての荒れ地に飛ばされた。
あーはいはいしねってことねわかりますぅ~。
ふっっっっ(以下略)
……言いたいこともぶちぎれたいこともたくさんあるけれど。まずは落ち着くことが大切だ。
偽聖女である罪人の私だけれど、どうやら身の内に宿す魔力?みたいなのは人並み以上にあるらしい。
召喚された歴代聖女はみんな潤沢な魔力があったらしいから、多分異世界人は平均的に多い種族ーーといっていいのかわかんないけどーーなのだろう。
最果ての荒れ地は人類の最初にして最終の防衛ライン。
そこを突破されてしまえば人類の生存圏はどんどん減っていき、最後は絶滅するだろうと言われている戦闘の最前線。
国中の強者どもや荒くれ者どもを集めに集めたのが、前述した鮮血の騎士団と慟哭の魔術師団。
日夜防衛に励む彼らの慰み者になりつつ、自分一人では使うことの出来ない魔力を発揮して人類のためになれ、と。
聖女の名を騙った罪人で、数多の男に股を開いてきた売女にはお似合いの罰だと笑いながら、王太子たちは私をこの地に送り出した。
聖華は止めなかった。ただ悲し気に見送るだけだった。そんな顔するなら止めてほしかった。それかいっそのこと笑え。
つーか売女て。こちとらまだ処女ですけど。
地球でもこっちでも股開いたことなんかありませんけど。アイドルやぞ。そんなことするわけないでしょーよ。
そんな噂がたってるってことはきっと、私が誘拐犯である第二王子や貴族の子息たちとヤったと思ってるんだ。ヤったのに何もないから聖女じゃないって判断したんでしょ。
王子とかが自分の見栄のために吹聴したのか知らないけど、奴らはほんとに余計なことしかしないな!?
彼女も彼女だ。自分があっさり男3人に股開いたからって、私もそうだと思わないでほしい。
私はせめてちゃんとお付き合いして、3ヶ月目で手を繋いで、半年でキス、一年くらいしてからえっちしたい。数ヶ月で複数人とは無理だ。
ってか、きっと彼女は私が地球でアイドルやってた時に枕営業してたと思ってるんだろうな。
だから会話も弾まなかったんだ。わーウケる。
最果ての荒れ地の防衛責任者だというハゲデブキモ親父に押し倒されながらそんなことを考えていたからだろうか。
一気に今までの積もり積もったストレスだとかもろもろのフラストレーションが叫びと共に爆発した。
「ふっっっっっっっっっっざけんじゃねーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
爆発? 物理でしたけど何か。
私の喉から迸ったのは声だけじゃなく、何なのアレ、波〇砲? か〇は〇波? よくわからんモノも一緒だった。
ハゲデブキモ親父の住処である領主館はあっけなく全壊。
周囲の森は根元から吹き飛び更地になり、潜んでいた魔物たちはじゅわっと蒸発。
謎の爆発により駆けつけた鮮血の騎士団と慟哭の魔術師団の軍人たちは、瓦礫の山に立つ私を見て、新種の人型魔獣かと思ったらしい。
言葉になっていない雄たけびを延々と上げつつ、自分の周りに焔やら風やら電気やらを轟々と纏わせている半裸の女……なにそれ怖い。割とマジで。
散々叫びまわって暴れまわってすっきりした私は、そのまま最果ての荒れ地の防衛団に仲間入りした。
別にこの国なんかくっそどうでもいいと思ってるし、すきあらば滅びろと思ってるけど。
でも、常に生死の境界線上に立っている荒れ地で生活を営む人々や、戦って心身を削っている兵士さんたちは、何の変哲もない日々の大切さを身に染みて知っているからか、とても優しかった。
私の話を聞いてくれた。
その上で理解を示してくれた。
嬉しかった。多分こっちに来て初めて涙が出た。
私にこっちで生きる方法を教えてくれた。
体液の交換なんてふざけた方法じゃなくて力を出せるやり方を教えてくれた――異世界人が魔法を使えないなんて嘘だと判明したので、私の怒りは怒髪天だった――。
ゆっくりと眠れた。
食べる物を疑うこともなくなった。
豪華なものは何一つなくて、むしろ質素と言っていいくらいだったけど、それでも私は衣食住(それと貞操の危機)に怯えることはなくなった。
そうして私の精神が落ち着いてくると、ある一つのことに気が付いた。
ここの人たちは、心のうるおい――つまり娯楽を求めている。
そうなると私のやることはひとつである。
柊梓紗。元は日本のトップアイドルである。
私の持てる技術の全てを使って、お客様に楽しんでいただきましょう!
このあと彼女は持ち前の歌唱力やパフォーマンス力で人気アイドルになったり、莫大な魔力で魔獣相手に無双したり、騎士団長や魔術師団長に好意を寄せられたり、聖女としての力もあることが判明して、国の中枢ともう一回やりあったりと忙しい日々を送ると思います。
よろしければ評価等々お願い致します。