第1話 転生
久しぶりに新作で執筆を再開しました。
気がつくと俺は、白い壁に囲まれた狭い部屋にいた。
部屋には、ドアも無ければ窓も無い。中央に机が一つと机を挟んで椅子が二脚おかれているだけだ。
まるで取調室の様な部屋である。
しかし、入口が無いのに俺はどうやってこの部屋に入ったのだろう。
壁に触れて確認するが継ぎ目もなく完全な密室である。
「いつまでも壁にへばりついていないで、座ってもらえますか?」
突然の背後から声に驚いて振り返ると、何処から現れたのかスーツ姿の女が椅子に座っている。
「え、何処から入ってきたんだ?」
スーツ姿の女は、俺の疑問に答えることなく、視線を空いた椅子に向け、無言で座る様に促した。
俺は促されるまま、女の前の椅子に座った。
「取り調べですか?」
俺は冗談のつもりで女に聞いた。
「まあ、似た様なものです。」
女は表情一つ変えずに答える。
俺は何をしたのだろうか?
全く覚えがない。
それどころか、この部屋にどうやってきたのかすら記憶に無い。
女は持っていたファイルに目を通している。
年のころは二十代半ば、知的なキャリアウーマンという感じの美人だ。
「上条幸樹37歳 男性。間違いないですか?」
「は、はい。」
俺は、上条幸樹。
ごく普通のありふれた人生を送って、独身のままいつの間にか中年となってた、さえないオヤジである。
「これからあなたは今まで生きてきた世界と全く別の世界で生きてもらうことになります。」
「これって、ラノベでいう異世界転生ってやつですか。」
「そうですね。そんなものだと考えてもらって結構です。」
やった、異世界をチートで無双、女にモテモテライフってことか。
「もちろん、拒否することもできます。その場合は元の世界に戻ってもらい今までの人生の続きを送って下さい。」
「続き?」
「そうです。あなたがこの部屋に来る直前からの続きです。」
頭の中に、この部屋に来る直前の記憶がよみがえった。
忘年会の帰り、俺は駅のホームにいた。
一人の酔っぱらいの男が線路に落ち、俺は男を助け出そうと線路に飛び降りた。
俺一人の力では、ホームに引き上げることが出来ず、ホームにいる人たちに助けを求めたがそこに列車が…。
「直前って、おれ、列車にはねられそうだったんだけど。」
「直前は、直前です。」
「戻ったら即、列車にはねられるのなら、選択の余地ないじゃないですか。」
「そんな事は、ないですよ。あの時に死んでおけば良かったと思うかもしれませんし。」
「え、そんなにひどい場所なんですか?」
「そんな事はないとは思います。もちろん、人それぞれ受け取り方が違いますから…。いまままでいた世界とは少し変わっていますしね。あなた方からみればファンタジー系の世界と言えます。もちろん普通の人も住んでいます。だからこそ後のない人からテスト候補を募っているわけです。」
「テストモニターってことですか?」
「どうします。」
「もちろん、やります。それで無事に転生できたら何をすればいいんです?」
「別に好きに生きてもらえば結構です。」
「魔王を倒すとかないんですか?」
「それを望むのであれば、ご自由に。逆にご自身が魔王になってもよいですよ。」
「それって魔王がいる世界ってことですか?」
「それではあなたが無事に転生できることを祈って、いってらっしゃい。」
「えっ、無事に転生って?」
俺の意識は、スイッチを切られたかのようなくなっていた。
断続的に頬にあたる水滴の刺激に俺は目を覚ました。
雨漏りか?
目を開けると石造りの天井が見える。
夢じゃなかったのか。
それともまだ夢をみているのかも。
いつになく、爽やかな目覚めだったが、夢であって欲しいと希望は消えた。
取り敢えず、転生したんだよな。
身体を起こすがやけに頭がふらつく。
めまいとかじゃなくて、身体のバランスが悪いのだ。
手を見るとぷくぷくとしたかわいらしい小さな手が短い腕についている。
身体中を確認して分かった。
取り敢えず人間に転生したのは間違いない、
って赤ん坊のなんですけど。
上条幸樹
年齢 1
レベル 1
HP 5
MP ?
攻撃力 1
防御力 2598
敏捷性 3784
称号 見た目赤ん坊のオヤジ
頭にステータスらしき数字が浮かぶ。
自分のステータスが分かるってのはまるでゲームだ。
HP5に攻撃力1って赤ん坊だからって弱すぎじゃないか。
防御力と俊敏性は、はぐれメタルみたいに高いし、バランスがとれてない。
MP?って、魔法でも使える世界なんだろうか?
見た目赤ん坊のオヤジって悪口でしかないし。
バグってるな、転生失敗だ。
しかし、年齢1歳ってのは転生だからなのかだろうが赤ん坊ってのは厳しいな。
身につけているのはうぶ着のみで、辺りに親らしき保護者の姿は見当たらない。
それどころか、今、俺がいるのは石造りの部屋にある祭壇の上だし。
ここは?
『回答 神々の神殿 祈りの間。』
疑問に対して自然と頭に答えが浮かんだ。
何だ?勝手に答えが出てきたぞ。
ますます、ゲームだな。
ゲームバランスは滅茶苦茶だけど。
さて、赤ん坊の姿で何が出来るか分かんないけど、二度目の人生を精一杯生きてみるか。
まずはこの祭壇から降りなくちゃ。
祭壇の高さは1メートル程だか、赤ん坊の身体にはさ3メートルにも4メートルにも感じる。
祭壇の縁から足を伸ばしてゆっくりと降りようと試みた。
その瞬間、頭の重みでバランスを崩し、頭から床に落下してしまった。
ドスン!
わずかな第2の人生だったと思ったが、石の床に頭から落ちたにもかかわらず、怪我どころか痛みすら感じなかった。
流石、防御力2598ということか、かなり頑丈な身体みたいだ。
取り敢えずの目標は、部屋の出入口の扉だ。
ふらつきながら立ち上がると扉に向かって一歩踏み出した。
一瞬にして扉が大きくなったかと思った次の瞬間、俺は扉に激突していた。
ダメージは全く無かったが敏捷性3784ということを忘れていた。
だが不幸中の幸いか扉がぶつかった衝撃で開け放たれていた。
しかし、このままではまともに移動することが出来ない。
三輪車にF1のエンジンを積んでフルスロットルでスタートしたようなものである。
俺は取り敢えず安定性重視で4足歩行のハイハイでスピードと馬力に慣れることにした。
出来るだけゆっくりと手を前に出したが、次の瞬間、目の前に壁が迫って来ていた。
慌てて方向変換すると、また目の前に壁、方向変換、壁、方向変換、壁…。
しばらく、壁と方向変換を繰り返していたところ、頭の中に
『スキル 高速移動制御 を獲得』
と言葉が浮かび、いきなりスピードを制御して動ける様になっていた。
まあ、スピードに慣れたってことだろう。