私のちょっぴりいい仕事
テーマは巫女です
短編なのに伏線を張ってみました。
「大変!遅刻だ!」
けたたましい目覚ましの音で私は目を覚まし、時計の針を数秒間眺めて素っ頓狂な声を上げた。
急いで身支度を整え、居間に出るとそこには作ってからおおよそ三時間ほどたったであろう朝食がぽつんと置いてあった。
私はそれを無視して隣の部屋をがたっと勢いよく開ける。
「お姉ちゃん!」
当然のごとくそこには空っぽになったベッドがあり、私の心にあった一筋の希望の光、(姉まで寝坊しているという超個人的な希望的観測)を途絶えさせるのである。
仕方なく朝食を駆け込み、荷物を持って家を飛び出した。
私が勤める仕事場は家からちょうど自転車で二十分といった、近からず遠からずな距離にある。
小高くなった丘の入り口にある参道の横に自転車を止め、階段を駆け上がる。
寒いせいか、吐く息が白い。
……しまった手袋を忘れた!
だけど今更仕方がない。
昔からこの手の忘れ物はよくやったものだった。
忘れ物をするたびにお姉ちゃんに叱られてたっけ……。
そんな昔の思い出にふけっている間に、参道の脇にある小さなプレハブ小屋の前に着いた。
走ってきたそのままの勢いで中に入り、瞬足で制服に着替える。
さて、この時点で分かる人もいるだろうが、私とお姉ちゃんの職業は巫女なのである。
しかも、私たちは巫女の由緒正しい家系であり、そこら辺で働いてるアルバイトとは分けが違う。
そして更に、ここは日本ではもうほとんどなくなってしまい珍しくなった、巫女が神主より偉い昔ながらの神社なのである。
その分、私たちが請け負う仕事の量も通常より多くなってしまう。
だから絶対に遅刻などをしてはいけないのである。
そのはずなのにっ。
案の定、巫女装束の緋袴をひらひらさせながら社務所に入った私を、いきなりお姉ちゃんのげんこつが襲った。
「こら文香っ。何遅刻してるのよ。今何時だと思ってるの!」
「う~……今は十時十三分三十六秒だよ?」
「開き直らない!もうまったくなんでいっつもいっつも遅刻するの?目覚ましは?」
「鳴ったけど起きれなかったんだよー。て言うかお姉ちゃんが起こしてくれたら良かったのにー……」
「私はそんなに優しくないんですう」
「も~いじわる!」
いつものような会話をしていると向こうからお姉ちゃんを呼ぶ声が聞こえてきた。
「彩香さーん。ちょっといい?」
「はいはい今行きます。……もういいから文香は仕事をしてきなさい」
「はーい……」
渋々社務所を出た私はほうきを持ってもう一度参道に出た。
そこら中に落ちた落ち葉を掃除するためである。
冬の空気はからっとしているが、空はとても高くきれいな青空が広がっている。
私がここのところ日課にしていることは掃除をしながら空を眺め、時折ため息をつく事である。
最近、なんで私は巫女をやっているのだろうかという疑問に苛まされることが多くなっている。
昔は姉妹そろって巫女になるんだと親からも言われ、私たちも信じていた。
しかし、お姉ちゃんと私には歴然としたスペックの差があったのである。
お姉ちゃんは優等生で、美人で、お淑やかで、私から見るとまさに巫女の鏡のような女性だった。
それに比べると私は成績も中の下、顔もそこそこ、少しおっちょこちょいで、私の目指す巫女姿とは遠くかけ離れたものだった。
……あと胸の大きさも。
とにかく、そんな理由があってかは知らないが、ここのところお姉ちゃんに反抗的な態度をとっている気がする。
そろそろ自分が嫌になってくるう……!
「はああああ……」
また大きくため息をつく。
手袋を忘れ、かじかんだ両手が痛い。
さっきから落ち葉を一所に集めようとしているのだが、いっこうに集まる気配がない。 集めるごとに冬のからっとした風が落ち葉を吹き飛ばしていくのだ。
いたちごっこでイライラするがこれも巫女の仕事の内なのである。
ほうきで落ち葉と格闘していると、ふと人の気配がしたので、私はお決まりの挨拶をした。
「ようこそお参りくださいました…………うわっ!」
後ろからお姉ちゃんが抱きついてきた。
この感じはさっきのお仕事モードではなく、プライベートモードである。
「どうしたの?おねえちゃん」
「仕事が一段落したのよ。文香がちゃんとしてるかなーと思ってね」
「……とかいってホントは私と話したいだけなくせに」
「……なんか言った?」
「いいぇなにも?」
「ならよし」
お姉ちゃんはその豊かな胸を更に張った。 ぐぬぬぬぬぬ……。
「で、本当にお姉ちゃんは何しに来たの?」「お正月も開けてねー、うちの事務はすっかすかなのよ。で、暇ができからね、少し文香と話そうかと思って。……最近文香なんか悩んでるんでしょ」
ぎくっ。
ほうきで落ち葉を掃きながら考えていたことなんて言えるわけがない。
だから、私は何も言わない。
そんなことでお姉ちゃんを困らせたくないから。
「そ、そんなことないよー?」
「……文香、目が泳いでる」
ぎくっ。
一瞬冷や汗が出たが、お姉ちゃんは特に気にした風もなく、続ける。
「私ね、文香に言いたいことあったの。文香はどう思っているのかは分からないけど、私は文香に感謝しているのよ。昔から文香は私にないものを持ってた。知ってると思うけど、小さい頃、私は体が弱くて外で遊んだりすることが出来なかったわ。当然友達も少なくって、いつもひとりぼっちだった。そんな時に文香はいっつも私と遊んでくれた。だから文香、あなたは私の心の支えなのよ」
とてもうれしかった。
だけど。
「だけど……私はお姉ちゃんの役に立ててない!お姉ちゃんも私を頼ってくれない!どうして……どうしてなの?」
私の悲痛な叫び声が静かな冬空に響き渡った。
視界がぼやけた。
膝の上で固く握りしめていた拳の上に、一粒のしずくが落ちた。
すると、そこに温かい何かが覆い被さった。「……えっ?」
それはお姉ちゃんの手だった。
それは私の中の何かを溶かしていくほど温かくて。
「私はね、文香に頼られたかった。だから一生懸命に自分を磨いたわ。少しぐらいドジな事をしても、すぐに私に頼ったらいいわ。だって私は文香のお姉ちゃんなんだから」
私はもう涙が止まらなかった。
するとお姉ちゃんがハンカチを渡してくれた。
だけど私はわざと拭かずにお姉ちゃんに寄りかかっていた。
私は今日手袋を忘れて良かったと思った。
だってそうしないとお姉ちゃんの手のぬくもりが分からないから。
嗚咽を響かせながら私はちょっぴりうれしかった。
たまにはいい仕事するじゃん、私。
読んでいただきありがとうございました
ラストにちょっと驚いてもらえたら嬉しいです
感想アドバイス等々よろしくお願いします