タタラの屋敷にて2
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門衛の先導に従って、俺たちは屋敷の中へと入る。貴族の屋敷とまではいかないけれど、内装もきれいで部屋数も多い。その部分だけ切り取って見れば、なにか悪いことでもしてスラムでの権力を握り豪遊しているととられてもおかしくない。
けれど実際にはそんなことはなく、この屋敷も内装も、すべて彼女の恩を受けた者たちが用意したらしい。
特に彼女には親衛隊などと呼ばれる狂信的な私兵のような者たちがいて、彼らはタタラが不自由しないようにとあらゆる方面で手をまわしているとか。
たぶんこの門衛の男も親衛隊の一人なんだろうな。
俺が向けた少し冷ややかな視線を背中に感じたのか、男はこちらを肩越しに振り返る。
「お前のうわさはこの屋敷でもよく耳にする、ケルン。自ら危険に飛び込む狂った男だとな」
いったいどんな話を聞いたのか、男は警戒もあらわに俺のことをにらむ。
「もしタタラさんに変なことをしようとすれば、その瞬間お前の首は飛んでいると思え……」
そう釘を刺すと、男はまた前を向く。
「おとうさんなにしたの?」
「いや、べつにタタラさんに危害を加えるようなことはしてないけれど……」
そう濁して、不思議そうに聞いてくるアルセリアから視線を逸らす。
「ケルンさんがおかしなことをするはずありませんよ」
「そうです、ケルンさんは僕たちを助けてくれたんですから!」
「ケルンさんはすごくいいひとだもの」
後ろからツバキたちが擁護してくれる声に苦笑いで応える。そこまで言われると少しこそばゆいものがあった。
男はそんな声も気にせず黙々と歩を進め、やがて重厚感のある木の扉の前で足を止める。扉のわきにはまた二人の親衛隊であろう男たちが立ちふさがっている。
「先輩方、連れてきました! 狂魔術師の一行です」
「よし。道中なにかおかしな様子はなかっただろうな?」
「はい、おそらくは大丈夫かと」
なんとも納得のいかないやり取りが目の前で行われる。
というかその物騒な二つ名はなんだろうか。もしやとは思うけれど、狂魔術師とは俺のことなんだろうか。
ここまで先導してもらった男は、先輩と呼ぶ男たちに礼をして立ち去った。最後に俺をひとにらみすることも忘れない。
「では、私のあとについて部屋に入れ。けして妙な真似をするなよ。タタラさん、お連れしました!」
男たちからの扱いに納得のいかないものを感じつつ、扉を開けて中に入った彼に続く。
中は思ったより明るい。奥にある大きな窓から入った光が、品の良い調度品を照らしている。この部屋には何度か入ったことがあるけれど、入るたびに置いてあるものが変わっている気がする。
変わらないものがあるとすれば、それは窓の前の机で作業している彼女と、そばに控える女性の立ち位置か。
机の上からわずかに視線を上げた彼女――タタラは、机に垂らした深紅の髪の隙間から鋭い眼光をのぞかせる。
扉の前で並ぶ俺たちと親衛隊の男をぐるりと見渡し、濡れたような真っ赤な唇を開けた。
「――あんたら、だれの許可があってあたしの部屋に入ったの?」
凄みのある声だった。
タタラが椅子から立ち上がった。その小柄な体に似合わぬ怒りに塗れた視線が、この場の男二人を貫く。
「むさくるしい男どもがあたしに近づくな」
おもむろに腰に手を当てて、華奢な彼女に似つかわしくない長大な剣を抜いた。そしてそのままこちらに向かって、まるで空を斬るように二度素早く振るった。
「ぎゃっ」
俺は眼前に感じた圧力に、とっさに横へ飛びのいた。親衛隊の男はよけ損ねたのか、あるいは初めからその気がなかったのか、飛んできた衝撃波に直撃して、悲鳴とともに扉の外へ飛んで行った。
部屋の中に沈黙が下りる。
やがてタタラのそば仕えの女性がこちらに近づき、無言で乱れた部屋の内装を整え、扉を閉じる。そしてまたタタラの横に戻ると、ぼそっとつぶやいた。
「来客があれば、敵意のない限り部屋に呼べと厳命してるのはタタラでしょうに」
毒を吐いた女性にタタラがばっと顔を向ける。
「なんか言った、サーシャ」
「いいえ、なんでも」
つんと澄ました表情のサーシャと、こちらに、というか俺に牙をむいて威嚇してくる男嫌いのタタラ。
彼女たちとしばらく同じ部屋で顔を突き合わせないといけないことがひどく憂鬱だった。