タタラの屋敷にて
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あれから俺たちは、ひとまず男たちを地面に拘束したままタタラのもとへ向かうことにした。穏健派の領域で起こったもめごとは彼女に任せるのが一番なのである。
タタラはもともと冒険者ギルドできったはったを生業にしていたらしく、腕が立ち、カリスマ性もある。指導者としては申し分ない人物だ。
彼女ならまた襲われる可能性のあるツバキ一家を保護したり、男たちをとらえて詳しい事情を聞き出したりしてくれるはず。
「――そういうことだから、ツバキさんたちはとりあえず彼女のもとに身を寄せるのがいいと思います。そこなら悪いようにはならないでしょうから。ツバキさんたちもスラムへやってきてすぐに彼女と顔を合わせているでしょう?」
道中、俺の狙いをツバキたちに説明する。いまだ体調が快復しきっていないツバキには申し訳ないけれど、一家の安全のために必要なことなのだ。
ツバキは少し息を上げながら後ろから声を上げる。
「はい、一度顔を通しておくのがここのならわしと聞いたので。想像よりずいぶん若い方でしたけど、親切に話を聞いてくれました。タタラさんがかくまってくれるのなら安心できます」
「……まあ、そうですね。ツバキさんたちには親切でいい人なんでしょうね」
俺は少し苦い声でつぶやく。それを聞いて、隣をはねるように歩くアルセリアがこちらを向いた。
「おとうさん、なんでそんなお顔してるの?」
「俺はあの人が少し苦手なんだ。俺というか、たぶん、だいたいの男はそうだと思うけど」
「おとこのひとはタタラさんが苦手なの? ふうん、おかしいの」
なにが楽しいのかアルセリアはうふふと笑って、踊るような足取りで俺の手を引く。おとなしくしてくれとたしなめると、「はあい」と気の抜ける返事をよこす。
情けないことに、アルセリアに振り回されっぱなしである。
そんな俺たちを後ろから見ていたツバキたちは、どこか控えめに疑問を口にした。
「あの、その子はどなたなんでしょう? まさか本当にケルンさんの娘さんというわけじゃあ……」
「いや、まさか!」
俺はとっさに振り返って否定する。
「俺はまだこんなに大きな子どもを持つ歳じゃありませんよ。この子、アルセリアは……」
なんと言おうかと少し考え、もっともらしく言った。
「最近亡くなった身内の娘なんです。身寄りがなくて仕方なく俺のところへ来ることになってしまって。一人食い扶持が増えても、なんとかやっていけるので」
こういう風に言えば、きっとこれ以上の追及はないだろう。薬を扱う技能があるような者がスラムで暮らすことなど普通はなく、明らかに俺が訳ありであるというのは誰もが察していることだからだ。
そして期待通り、ツバキはこれ以上アルセリアについて聞いてくることはなかった。
代わりに、キイトとツバサが興味津々といった様子でアルセリアに声をかけた。
「お姉ちゃん、ケルンさんのところで一緒に暮らしてるの?」
「そうよ、いいでしょう」
アルセリアは胸を張り、なぜか得意げである。
「うん、ケルンさん優しいもんね。でも僕たちにも優しいお母さんがいるから。ね、ツバサ」
「そうだね、キイト」
「ふうん」
三人は思ったより仲良くなれそうである。俺がしばらく家を留守にするときには、いくらか謝礼を払ってツバキさんたちにアルセリアを預かってもらってもいいかもしれない。
そんなことを考えていると、三人の子どもを微笑ましそうに眺めていたツバキがおもむろに俺へと話を振った。
「そういえば。ケルンさん、じつは薬師じゃなくて魔術師様だったんですね。あの地割れには驚きました。とてもお強いんですね」
ツバキは尊敬の視線で俺を見る。話を聞きつけた子どもたちも、こちらに耳を傾ける。
「いえ、まあそうですね。正確には魔術師でなく、錬金術師なんですが」
「錬金術師?」
アルセリア、キイト、ツバサがそろって首をかしげる。すっかり兄弟のようで笑ってしまいそうになった。
「そう、錬金術だ。これも魔術の一種ではあるのだけれど、ある特定の分野の魔術に関しては特別に錬金術という名前がついている」
「特定の分野ですか?」
「はい。物質の性質を変えたり、追加したり、あとは複数の物質を組み合わせて未知の物質を作り出したり、そういったことを行う魔術のことを錬金術というんです。俺は錬金術を専門に使うので、錬金術師というわけです」
「そうなんですか、初めて知りました。じゃああの地割れは」
「あれは地面に魔力を通して、俺の思うように操作する魔術です。物質の性質を変えたりするということは、その物質を意のままに操ることと同じなんです」
俺の説明に一同はしきりにうなずいている。魔術師、特に錬金術師というのは数が少なく、身近でこういう話を聞くことは珍しいのだろう。
それにしても、魔術らしきものを使うことができるのに、やはりアルセリアはこういった知識は持っていないようだった。
そんな調子で家々の間を縫って歩いていると、やがてスラムの中では立派な家が見えてくる。古い造りではあるけれど、ちゃんと石造りで門まである屋敷だ。
門の前には不揃いな装備を身に着けた二人の男が立っていて、近づいてくる俺たちを呼び止める。
「そこのお前たち、タタラさんに何か用でも?」
足を止めた俺は軽く事情を説明し、後ろのツバキたちを彼らに示す。やがて門衛の片方が屋敷の中に入り、しばらくして戻ってくる。
「タタラさんがお会いになるそうだ。案内するからついてこい」
彼の言葉にうなずいて、俺たちは門を越える。
少し気が重いけれど、しっかりツバキたちのことを頼まなければ。