スラム街の家族3
7
銀の髪をたなびかせてアルセリアが飛び込んできた。少し大きい妻のワンピースの裾がひるがえる。あっけにとられる男たちをしり目に、アルセリアが俺に抱き着いた。
「な、なんでここにいるんだ。家で待ってるように言っただろう」
「ぅんん」
アルセリアは小さくうなりながら俺の胸にすりすりと顔を擦りつける。
やがて満足したのか顔を上げると、背伸びして顔を近づけてくる。アルセリアは不思議と少し大人びた表情で、ささやくように言った。
「おとうさん、危ないことしようとしてたね。ダメだよ、そんなことしちゃ」
俺は眉をひそめてアルセリアを見る。先ほどまでの様子を見て言っているのだろうか。それとも、俺が厄介ごとに巻き込まれていると知ってここまでやってきたのだろうか? いや、まさかそんなはずはあるまい。
ひとまずいくつかの疑問は棚上げし、俺はアルセリアを引きはがして背後に置く。
「まあ、危ないと言えば危ないかもしれない。彼らは刃物まで抜いているからね」
「――違うよ。おとうさんはあんなのじゃ傷つかない。危ないのはそっちじゃない」
確信のこもった声でアルセリアが言う。
彼女はいったい何を言っている?
いぶかしんでいると、混乱から立ち直ったらしい男たちがこちらを指さしている。いや、正確には俺の後ろのアルセリアをだ。
「おいおい、とんでもなく別嬪じゃねえか」
「ちっと餓鬼すぎるが、あれなら間違いなく高く売れるぞ」
「なんなら売る前に俺らで楽しむってのもありだ」
好き勝手言う男たちに、俺は怒りを燃やす。彼女は妻の分身のようなものだ。たとえ想像の中であろうと、けがされることは許せない。
回路にマナを通そうとした瞬間、後ろから待ったがかかった。
「おとうさんなら、もっとうまくできるよ。それはあんまりよくないの」
さっきから言っていたのはこれのことか!
俺は服の下を走る回路を幻視しながら考える。たしかにこれは安全が保障された方法じゃない。けれど、この場で周囲に被害を出さず、目立たずに場を収めるには適したやり方だった。
アルセリアはそれでは駄目だという。
「仕方ないな」
どうもアルセリアのわがままというか無茶ぶりは、俺に亡き妻を思い出させる。
俺は苦笑し、マナを指先に集めた。
青白く光る指がすばやく宙を走る。光の軌跡が幾何学的な文様を描き出し、仕上げにマナを流し込んだ。あとは発動させるだけ。
ようやく異変に気付いた男たちが俺を見て、魔術師だったのかと叫ぶ。待機中の魔術が発動する前にと、こちらに向かって駆け出した。
背後からツバキたちが「危ない」と叫んだ。
だけど、それでは遅い。
俺は魔術を発動し、片足でだんと地面を踏み鳴らす。
すると、鈍い地響きとともに大地が揺れた。
「な、なんだあ!」
「地面が!」
地面がぱっくりと口を開くように、男たちへ向かって割れ目を走らせる。三人をまとめて地割れに落とすと、そのままつぶれないくらいの力で口を閉じた。
「く、くそっ。出られない」
「こっから出しやがれ!」
「俺らの裏に誰がいると思ってんだ。こんなことしてただですむと思ってんじゃねえぞ!」
男たちは口々に耳汚い言葉を発しながらじたばたともがく。だが固く口を閉じた大地は彼らを拘束して放さない。
「お前たちはタタラさんに引き渡す。その裏にいる人物とやらについても、彼女の前でしゃべってくれ」
俺はそれだけ言って、彼らに背を向ける。すぐ後ろにいたアルセリアが抱き着いてきたが、軽くため息をついてそのままずるずると引きずり、ツバキたちの前に立つ。
「地面が割れるなんて信じられないわ……。ケルンさんは魔術師様だったんですね。……いえ、そんなことより助けていただいて本当にありがとうございます!」
「ケルンさんすごい! 三人もやっつけちゃうなんて」
ツバキはとても驚いた様子だったが、我に返ると何度も繰り返し頭を下げた。いつもより子どもっぽい反応のキイトとツバサにも、しっかり礼をするよう言う。
「頭を上げてください。……これは自己満足みたいなものです。それにツバキさんたちは知らない仲じゃないですし、ひどい目にあったりすれば俺も悲しいですから」
「それでも、ありがとうございます」
「ありがとうケルンさん!」
キイトとツバサも一緒にお礼をする。
これでひとまずツバキ一家から危機は去った。だが問題はまだ残っている。そもそもどうして突然男たちはツバキの家に押し掛けたのか。裏にいるという人物は誰なのか。これらをきちんと明らかにしないと、本当に安全になったとは言えない。
まあタタラさんにこのことを話せば、きっと悪いようにはしないに違いない。それよりも俺にとっての問題はこっちだ。
俺はすっと隣に視線を移す。そこにはにこにこと無邪気な笑みを浮かべながら、俺の腕をとるアルセリアの姿がある。
「すっごくかっこよかったよ、おとうさん!」
目を輝かせるアルセリアを見て、次にツバキたちに視線を移す。彼女たちは一様に、怪訝そうな目で俺たちを見ている。
これは間違いなくなにか誤解されているな。
俺はアルセリアのことをどう説明しようかと、また少し頭を悩ませるのだった。