ホムンクルス誕生4
4
女の子だから、俺の服じゃないほうがいいだろう。
俺は先ほどアルセリアを作り上げた工房を出て、彼女の要望の服を取りに寝室へと向かう。タンスを開いて、普段使わない段から妻のワンピースを取り出す。
妻がこれを着ていた姿を思い出していろいろな感情が湧き上がってくるが、いまはこらえて工房へ戻る。
「持ってきたよ」
アルセリアに手渡すと、少し恥ずかしそうにしながらいそいそと着だした。
「おとうさん、どう?」
アルセリアが両手を広げて全身を見せてくる。俺は思わず普通に答えてしまう。
「うん、よく似合ってる。かわいいよ」
「ほんとっ? えへへ、うれしいな……」
少し大きい気もするけれど嘘は言っていない。そもそも妻と同じ容姿なので、妻の服が似合わないはずもなかった。
アルセリアは嬉しそうに笑いながら、くるくると回りだす。しばらくするとそれも飽きたのか、おもむろに工房内を物色しだした。
実験に使う道具や、錬金術の媒体、素材など、てきとうに手にとっては表情をくるくる変えている。
「そのあたりは危険な素材だから、触らないように気を付けて」
「はあい、おとうさん」
なんだか本当の親子のようなやりとりである。
と、ぼうっと見ている場合ではない。予想外のことが起きて俺はだいぶ混乱している。
気を取り直して、俺はアルセリアに呼び掛けた。
「それで、君のことなんだけど」
アルセリアは手に取っていた物を置いて、ぱっとこちらを向いた。なにやら非難がましい表情だ。
「わたし、その呼び方いや」
「呼び方?」
「きみっていうの!」
アルセリアはぷうっとほっぺを膨らませて俺を見る。
「アルセリアって呼んでちょうだい」
どこかおませな調子でそんなことを言った。俺はなんだか気が抜けてしまって、小さく噴き出した。こんな気持ちになるのは本当に久しぶりだった。
「なにがおかしいのっ」
「ああ、ごめん。わかったよ、ならこれからはアルセリアと呼ぶことにする。それでいいんだろう?」
「それなら許してあげる」
アルセリアはちょこちょことそばへ寄ってきたかと思うと、俺の服の裾を握って調子っぱずれの鼻歌を歌いだした。
ほんとうに、子どもそのものだ。
外見はそこまで幼いわけではないのだけど、どうも彼女は子ども特有の読めない行動をとる。どこか危なっかしい。
妻との間に子どもがいればこんな感じだったのだろうかと考えながら、俺は少しのあいだ優しい気持ちでアルセリアを眺めていた。
けれど、いつまでもこうしているわけにはいかない。
「アルセリア。いくつか聞きたいことがあるんだ」
機嫌よく歌っているアルセリアに声をかける。歌うのをやめてこちらを見たのを確認してからもう一度口を開く。
「アルセリアはいったいどこから来たのか。自分がなにものなのか説明することはできるかな」
詰問口調にならないよう、できるだけ柔らかく尋ねる。アルセリアは少しの間目を閉じてうなっていたが、やがて目を開くと、先ほどまでとはまったく違う神妙な顔をする。
「……どこから来たのか、わからない。でも、暗いところにいた気がするの。なにも見えない、聞こえない、くらあいところ。そこにおとうさんの声が聞こえてきて、それでここに来たの」
子どもっぽい表情とは打って変わって、どこか陰を感じるアルセリアに、俺はなにか胸騒ぎを感じた。
「そうか、わからないなら今はそれでいいよ。……じゃあもう一つ質問していいかな。さっきアルセリアが使っていた魔術、あれは何なのかな」
「ん、あれはね、わたしのちからよ。わたしだけのちから。だれにも教えてもらわなくたって、どうすればいいかわかるの。疲れてたり、病気になったりしたら言ってね。……たぶん、だいたい治せるわ」
最後だけ少し自信なさげに言って、アルセリアはまたもとの無邪気な表情にもどった。
「こんどはわたしがおとうさんに質問する番よ! わたし、おとうさんのことたくさん知りたいの!」
その変わりように、俺はなんだか拍子抜けしてしまった。現状彼女に関してはほとんどなにもわからないも同然だけど、どうやら今ここで解決できるような問題でもなさそうだ。
また今度ホムンクルス作成の理論を精査することとして、とりあえず今はアルセリアの質問に答えることにする。
一生懸命なにを聞くか考えているアルセリアを見て少し和みながら、次の研究の予定を考える。
アルセリアと話していたら、どうしてだろう、いつにもましてますます妻に会いたくなる。
早く妻に会うため、研究を先へ進めなくては。