ホムンクルス誕生3
3
「ねえ、どうしたのおとうさん。ねえ」
アルセリアは俺の気も知らず、こどもっぽいしぐさで俺を見上げる。そのままぐるぐると俺の周りを回り始めた。
「どうしたの? おなか痛いのかな……。それなら、うぅん」
動くのをやめてうなり始めたアルセリアに、俺はいまだ混乱したまま意識をやる。そうして彼女はますます俺を驚かせた。俺に向けて掲げた手に、銀色に輝くマナが集まり始めたのだ。
「ちょっと、何するつもりなんだ?」
魔法陣も、詠唱も、ろくな術式が見当たらないのにますますマナは集まり、何らかの術が発動しようとしている。常識外れの魔術行使に俺は焦って声を上げる。
「こら、俺の家でいったい何をしようと……」
彼女を制止する前に、こちらに向けられた手のひらがひときわ強く輝き、俺に向かって白く光るマナが飛び出した。
「うっ」
突然の暴挙にこわばった俺の体が、ぽかぽかと暖かい光に包まれる。視界が完全につぶれている。得体の知れないマナに全身を覆われていてもなぜだか危機感はなく、むしろ木漏れ日のもとでまどろむような心地良さがあった。
やがて光は薄れていき、戻った視界の真ん中に心配そうな顔のアルセリアがいた。
「これは……体が、軽い?」
俺は先ほどと比べて驚くほど疲れのとれた体に戸惑いを隠せない。
ホムンクルス作成も佳境に入り、ここ数日ろくな休養も取らずに作業を断行したのだ。体は鉛のように重く、目の下には濃い隈が浮き、ひどく疲れていたはずだったのに。
まるで妻が生きていたときのようにすこぶる体調がいい。
「どう? もうおなか痛くない?」
アルセリアは少し不安そうにこちらを見上げる。俺は思わずうなずいていた。
「あ、ああ、ものすごく体調が良くなったよ。ありがとう」
「! ううん、いいのよおとうさん。こんなことなんでもないもの!」
ぱっと顔を輝かせたアルセリアが、得意げに鼻を鳴らす。腰に手をあて、薄い胸を張った。
俺は驚きとともに、いやに幼い態度のアルセリアを見やる。
いったいこの子はいま行った魔術行使がどれだけすごいことなのか理解しているのだろうか。術式を介さずに発動する魔術では、本当に原始的なこと、たとえば軽いものを少し動かす程度の力を生み出すくらいしかできないはず。
それに怪我や特定の病をいやす魔術ならまだしも、すっかり疲労を消し去ってしまう魔術なんて聞いたことがない。
じっと見つめる視線に、アルセリアはわずかに首を傾げ、やがて少しだけほほを赤くして恥ずかしそうに言った。
「……おとうさん、わたし、お洋服を着たい。ちょっと恥ずかしいの」
まるで普通の女の子のように、アルセリアはいろいろな感情を見せる。ホムンクルスを作ったつもりだったのに、なにかまったく別のものを作り上げてしまったような気になってくる。
俺は頭を抱えながら、とりあえずアルセリアの言う通り、着るものを用意するのだった。