ホムンクルス誕生2
2
光で焼けた視界が回復してきた。
目の前に、うつろな目をした美しい少女が立っていた。
銀の髪がさらさらと裸体の上を流れる。陶磁の肌はなめらかで、染みひとつ見当たらない。血の気の薄い顔に感情のようなものは見て取れないが、魂がない器だけの状態だからそれはそれでいい。
問題は彼女の心臓が動いているか。その体がしっかり生命活動を行っているかということだ。
俺はおそるおそる少女に近寄る。
そばへ寄ると、少女の造形がはっきりと見える。顔や体は生前の妻の姿をもとにしている。素材を少しけちったために十代前半ほどの肉体年齢だが、彼女はいわばプロトタイプのようなものだ。
それに彼女が完璧なホムンクルスであるなら、しっかり栄養をとれば普通の人と同じように成長すらできるはずである。
「さあ。きみは、ちゃんと生きているか?」
俺は少女の前に立つと、そっと息をひそめ、彼女の薄い胸に手を置いた。
「……」
目を閉じて、手のひらに感覚を集中する。ほのかな熱の向こう側に鼓動を刻む心臓を探る。
とく、とく、と。
小さいな鼓動が、手の中にある。
俺の脳裏をここに来るまでにあったいろいろなことが駆け巡る。多くの修羅場をくぐって、やっと妻をこの世へ呼び戻す第一歩を確かなものにした。
俺の研究は間違っていなかった。
磨き上げた理論は正しく少女を作り上げた。
「……成功だ!」
俺は強くこぶしを握る。
俺が作ったホムンクルスは、確かにその身に命を宿している。これで妻の魂に適合する器を用意する手段ができた。大きな前進だ。
「よし、やったぞ。ここまで来れば道のりはあと半分だ……」
目の前に立ち尽くす人造の少女はもはや意識の外で、俺は達成感に浸っていた。研究を始めた当初、事情を知ったすべての人に諦めるよう言われた妻の蘇生が、にわかに現実味を帯びる。
だから気づかなかった。目の前の少女に起こった異変に。
「ぁ……」
少女の小さな桜色の唇が開いて、掠れた声が小さく聞こえた。俺はやっと目の前に意識を戻して、ホムンクルスの少女を視界に収めた。
少女ははっきりとした目つきで俺を見ていた。ゆっくりと瞬きをしている。明らかに、俺を認識している。声を出そうとするかのように、小さな口をぱくぱくと開閉した。
ありえない。俺が組んだ術式は、あくまでも人の肉体のみを作り出すもので、それが自発的な行動をする、ましてや意識を持つなんてことあるはずがない。
あるはずが……。
「ぁう……ぉ。お、とう……さん」
少女が、明らかに意味を持つ言葉を発した。
というか、いまなんと言った?
「おとう、さん」
幼い表情で、少女は俺に手を伸ばす。背伸びして、両手を正面から俺のほほにあてる。くりくりと目を動かして、ぺたぺたと俺の顔をまさぐった少女は、やがてにっこりと笑みを浮かべて言った。
「おとうさん! 大好き!」
ほんのりほほを赤らめ、すっかり人間味あふれる顔になった少女は、両手を広げて俺に抱き着く。ぎゅっと柔らかい体を押し付け、猫のようにほほをこすりつけてきた。
これはいったい、どういうことだ。なんで普通の人のようにふるまうことができるんだ? そもそもどうしてこの子は言葉を話せる。俺は魂の創造になんて手を出した覚えはない。
それに、おとうさんだって? 確かにこの子は俺が生み出したんだから、親ってことになるのかもしれないけれど……。
俺はすっかり混乱して、未知の現象を前に固まってしまった。この子は何者だ。
「きみ、は、いったい……」
「んん、なまえ。わたし、なまえがあった気がする……。なんていったっけ……」
顔を上げた少女に、俺は茫然と視線を向ける。なんで名前があるんだ。きみはいま、生まれたばかりのはずなのに。
「わたし、たしか……」
ぎゅっと目をつむって何かを思い出すしぐさをしたのち、少女はぱっと明るい顔になって言った。
「……アルセリア! わたしのなまえはアルセリアよ!」
そして古の女神の名を口にした少女――アルセリアは、再び俺の胸に顔をうずめてすうっと大きく息を吸った。
「おとうさん、とってもいい香り……」
そのどこか陶然とした声に、俺は思わず顔を手で覆った。
――わけが分からない。