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その五 魔掌を使えるようにしました

 ギルドの外に出て改めて街をゆく人たちを見てみると、やはり裕福な人は少ないのか粗末な服を着ている人が大多数を占めている。ただ、たとえ裕福ではなくともほとんどの人が幸せそうな顔をして街を歩いている。


「人、か。こっちの世界で生きられるのはいいが、何を目標にしようか……」


 そう。アレクシアが作ったこの体は不老であり、且つ殺されない限り死なないという半不死という特徴を持っている。つまり、時間はほぼ無限にあるということだ。まあ俺が殺されたり、この星そのものが滅亡したりするまでだが。


「永い時を使って初めてできるもの……。何があるだろう?」


 でもこの世界で生きる目標を早々に決める必要は何処にもない。前の世界と違って時間は沢山あるのだから。とにかくギルドでの冒険者登録を終わらせた今、次に何をすべきか考えよう。


(そういえば魔掌を貰った後、魔素を何も吸収してないな)


 吸収しない限りこの武器はただの手でしかない。それに、魔素を吸収しに行くということはモンスターと戦闘をするということになる。今のところ戦ったのはあのマクベルトとかいうおっさんだけだし、あれは戦ったと言っていいのかどうかも分からないしな。モンスターと戦うときは極力時魔法を使わないようにしよう。魔法が使えないときに備えないと今のままだと完全に時魔法に依存しているからな。


「そうと決まれば早速街の外に出てぶらぶらしますか!」


 まあ俺が入国した記録がないので、また時を止めて街の外に出たことは秘密だ。密入国をしてたなんてことが露見したら何をされるか分かったもんじゃない。



*******



「《空間把握》」


街を出てから《空間把握》を発動させ、北側を向くと、恐らく俺が下ってきた山から流れているであろう川が草原の方まで流れてきているのが見えた。この体、結構視力がいいんだな。こんな義眼の技術が地球にもあったらよかったのに。とりあえず俺はその川の方へ歩いて行くことにした。


「川魚が豊富なんだな。沢山いるぞ……。これは金がなくても食べ物に困ることはなさそうだな」


 《空間把握》によって脳内に周辺の地形と生き物がイメージできている俺は川の中を泳いでいる魚の数も細かく分かる。形までなら分かるが、色やその魚の名称、食べられるものなのかどうかまでは分からない。その辺りを考慮しても《空間把握》は便利すぎる。これさえあれば奇襲の心配もない。それに、今回街を出た目的である『魔素の吸収』のためのモンスターを見つけるのにも役立ちそうだ。というよりもほぼこの魔法に頼りっきりになると思う。


「魔法が使えそうなモンスター、モンスターっと」


 やっぱりここは定番のスライムか? 初のモンスターとの戦闘だしあまり強いやつと戦うのは避けたい。しかし、この付近にはモンスターらしき生き物は一匹も見当たらない。


「少し《空間把握》の範囲を広げてみるか。半径をもう一キロ近く広げれば流石に見つけられるだろう」


 そして俺は範囲を広げた。すると、川の向こう側に森林地帯があることが判明した。森林……森か。いかにもモンスターとかいそうな雰囲気だな。行ってみるか。



*******



「すぅー……。はぁー……。んんっ、気持ちいいな。なんだか心が安らぐ」


 森に着いた俺はまず深呼吸をしてみた。前の世界では森なんてテレビの中だけでしか見たことはなかったからな。こんなにも気持ちがいいとは思ってもみなかった。


「っと危ない。俺は今日、森林浴に来たんじゃなくて魔法を使うモンスターを探しに来たんだ」


 そしてまた捜索開始。すると、さっきの草原での苦労が嘘みたいにあっというまに見つかった。どろりとした液状のモンスター。そして、その液状の体の中に核のような石が一つ。これが噂のスライムか。いざ近くに寄って見てみるとそんなに怖そうでもない。ただ、俺が考えていたスライムと違う点がある。それは『色』だ。


「赤い……」


 これは火魔法を使うスライムだろうか? もしそうだとしたらこんな森の中なのに大丈夫なんだろうか。山火事大量発生間違いなしだぞ。


(とりあえずあいつが俺に魔法を発動するぐらいの近さまで行かないと。魔素を吸収して魔掌をまともに使えるものにしないと)


 そして俺は手頃な小石を一つ手に取り、気配を消しながら後ろから近づいた。そして手に持った石をスライムの近くの地面に向かって投げつけた。何故直接スライムに投げつけないのかって? それは――


 ドゴォン! パラパラパラ……


 ――投げつけると小石が弾丸並みの速さで飛んでいくからだ。こんなものを直接当てたら魔法を発動させる前にスライムが死んでしまう。ただ、意識をこちらに引きつけるのには十分だ。十分すぎて別のスライムまで集まってきてるのは俺の目の錯覚だと信じたい。


 ジュル…ウジュル…


 うわ、気持ち悪いなこれ。怖くはないんだがいかんせん音が気持ち悪すぎる。というか別のスライムが集まってきてるのは俺の目の錯覚じゃなかった。本物だよこいつら。おまけに赤いスライムを先頭にしてその後ろに青いスライムに緑のスライム、黄色いスライムと黒っぽいスライムに光ってるスライムと六体いるせいで戦隊もののヒーローの登場シーンにしか見えない。と、俺がそんなくだらない事を考えていると、赤いスライムの核が光り始めた。そして俺に向かってまっすぐに火の玉を飛ばしてきた。


「うおっ! 危ないな! というか熱い!」


 俺は火の玉を避けたものの、当然ここは森の中。そして周囲には燃えやすいものが沢山。つまり木が燃えるわけだ。ヤバイと思うのは思うのだが相手は六体いるのだ。当然間髪入れずに次の攻撃が飛んでくる。今度は……青いスライムか。青い……今の赤いやつの流れでいくと水だろうか? だとしたら上手い具合に消火できるかも? まあやるだけやってみるか。背後に燃えている木が来るように俺は陣取った。そして、青いスライムから飛んできた魔法は予想通りの水の玉。


「よし、予想は的中だな」


 次の水の玉は必要最低限の動きで避ける。右足を一歩引き、体を横に向けることで回避する。


「よっと」


 俺の目の前を水の玉が通過し、見事燃えている部分に当たった。そしてそのままはじけ飛んだ水と消える直前に跳ねた火花が俺の手に当たった。まあそんなことは気にせず次の攻撃を避けないと『火掌が追加されました』『水掌が追加されました』……は?

 唐突に脳内に流れるアナウンス。この声は……アレクシアの声か。敬語だから一瞬気づかなかったぞ。というか今『掌』って言ったよな? ということは魔掌が使えるものになったってことでいいのか? あんな掠めたぐらいで追加されるのか……。じゃあ思いっきり魔法を正面から手で受け止める必要はないってことか。


 ヒュウゥゥン……


 ん? 風切り音? 音のした方を向くと目の前には土の塊があった。


「うわっ!」


 半ば反射的に手を顔の前に持って行った。そして衝撃に備えていると……。


(……あれ? 痛くないし何にも起こらない?)


『土掌が追加されました』


 なるほど。吸収した訳か。びっくりした。


「よし、じゃあ後は飛んでくる未吸収の魔法を今みたいに吸収すればいいわけだな。そうと分かれば――」


 俺は改めてスライム達の方に向き直る。


「――いくらでも魔法を撃ってこい。避けるか吸収すればいい話なんだからな」



*******



 慢心は駄目ってよく言われてるけど事実なんだな。油断していたら魔法を思いっきり食らってしまった。まあ土魔法だったし正直そこまで痛くもなかったから良かったんだが。


 ジュル……ジュルル……


 全ての魔法を吸収し、新たに『風掌』、『光掌』、『闇掌』を手に入れた。そして、自分たちの魔法が俺に通じないと知ったスライム達はずりずりと後退を始めていた。戦隊もののヒーロー達が退散しているみたいでちょっとシュールだ。呆然とその様子を見ていたんだが、スライム達は急に素早く動き始めた。


 ズルルルルルルルルルッ!


「うわっ! 気持ち悪!」


 結構な音と速度で俺から離れていく。頼むからその音はやめてくれ……。まああのスライム達を逃がすわけにはいかない。俺は腰に下げている鞘に魔力を流し、魔力ナイフを六本生成した。そしてそのナイフを手に持ち、スライムのいる方に向かって投げた。


「ふっ!」


 スライムに向かって一直線に飛んでったナイフは、スライムの体を突き抜け地面に刺さった。そしてスライムを地面に縫い付け、身動きをとれなくさせた。


「よし、成功だ。この調子で残りの五体も……よっ!」


 ストストとスライムの体に吸い込まれるように刺さっていくナイフ。というかこれホーミングしてるんじゃあなかろうか? だとしたら強いぞこのナイフ。ある程度適当に投げてもちょっとくらいなら補正が働くってことだから……本当にチート臭いぞ。

 全てのスライムが身動きがとれなくなったことを確認した俺は、スライムの方に駆け寄り、液状の体に腕を突っ込んだ。


「くぅっ……」


 ジュッという音と共に俺の腕をスライムは溶かそうとする。だが、そんなことは気にせず、体の中の小指の先ほどの大きさの核に腕を伸ばし、つかみ取って腕を引っこ抜いた。すると、先ほどまで意思を持っていた液体は溶けるようにただの液体になり土の中に染みこんでいった。核さえ取ってしまえば無力化できるということか。


「ちょっと痛いけど問題になるほどではないか。よし、それじゃあ早速引っこ抜いていきますか」


 次々とスライムの核を取り出していく。そして最後のスライムの核を取り出して俺の初戦闘は意外にもあっけなく終わった。



*******



「ギルドカードを提出してください」


 俺はさっきの街の門の所まで戻ってきていた。そうすると、そこにいたのは先ほどの門番とは違う門番。最初にいた門番は、詰め所らしき建物の中で股間部を抑えて悶えている。憂さ晴らしにしてはちょっとばかし度が過ぎたか?


「ああ、これがギルドカードだ」


 もうギルドカードを持っているし、何かしら後ろめたいことがあるわけでもないので口調はそのままで話した。いやぁ、敬語を使えるのは使えるんだが、やっぱり喋り慣れている口調の方が話しやすくて楽だな。


「それでは、お通りください」


 今度は正しい方法で街に入った俺は、ギルドまで一直線に向かっていた。さっきのスライムの核を売るためだ。依頼を受けていたわけではないが、売れないことはないだろう。初めて金が手に入るということもあり、俺の足取りは非常に軽かった。

 ギルドに到着した俺は、売却用のカウンターを探した。最初に来たときと同じように、上にぶら下げられている看板を端から順に見ていく。


「売却……売るためのカウンター……あった」


 看板には売却カウンターと書かれている。


「あの、すみません」


「はい。こちらは買取カウンターです……ってハルさん?」


 驚いた顔をして俺の顔を見つめてくる。そして何故驚かれたのか分からない俺はその驚いた顔を驚いた顔で見つめ返す。


「素材の買い取りをお願いしたいんですが」


「買い取りって、え?私にですか?」


 今度はきょとんとした顔で見つめてくる。


「あの子ハルさんに言ってなかったのかしら……新人だからって気を抜きすぎじゃない?」


 ぼそっと呟かれた声はほとんどの人に耳に入らなかっただろうが、最も近くで話していて、且つ前世と比べて飛躍的に聴力が上がっている俺の耳にだけは入ってきた。女性の職場って怖いな。


「何か不味かったですか?」


「あ、いえ! そういうわけではありません。今回のことはこちらの落ち度です。少々お待ちくださいね……イリスさん! ちょっと来て貰っていいかしら?」


「はい! ただいま参ります!」


 カウンターの奥の方から聞き覚えのある声。イリスさんだろう。にしても落ち度って一体何が悪かったんだろう? 


「あなたねぇ、新人なんだから一人の冒険者だけを担当するんでしょう?」


「ええ、そうですが……何かありましたか?」


「何かありましたか? じゃありません! 担当することになった冒険者の方に担当になったことを報告していないなんてだめじゃない!」


「報告……あっ! 私まだハル君に言ってない!」


 ……なるほど。イリスさんは俺の担当受付嬢になっていたが報告をしていなかった。だから俺がさっきの受付嬢さんの前に言ったときにあんなに驚かれたのか。いや、むしろそこまで相手の印象に残っているという時点で色々と失敗なんだが。

 話が終わったのであろうイリスさんはぱたぱたと靴の音を鳴らしながらこちらに駆け寄ってきた。


「ごめんなさい! ハル君。私、報告し忘れていたことがあって……」


「担当受付嬢の件だろう? さっきの話は聞こえてたから」


「うぅ……まさか年下の男の子にこんな恥をかくなんて……」


 顔を赤くしてうつむいている。新人なのに人気があったのはこのドジっ子属性が理由か。


「とりあえず、素材の換金をお願いしたいんだが」


「そ、そうよね! 買取カウンターに来てるんだから。仕事しなくちゃ!」


 この慌てっぷり、話題を逸らしてもらえてホッとしてるみたいだな。でも、素材の換金って言ったってスライムの核が経った六個だけなんだが、幾らぐらいになるんだろうか……。


「じゃあこれらを頼む」


「はーい……ん? これってもしかしてスライムの核?」


「そうだが……何か不味かったか?」


「ちょ、ちょっと待っててもらっていいかしら?」


 そう言い残すと俺の返事も聞かずに核を持ったまま奥の方にぱたぱたと走っていってしまった。

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