その四 望んでなかったテンプレ展開
冒険者ギルドに足を踏み入れた俺が最初に感じたのは奇異の目線。そういえば俺の体は十歳前後の大きさなんだった。すっかり忘れてた。おかげで初っ端から目立ってしまった。
「おいおい、ガキが冒険者ギルドに来てるぜ」
「お、ホントだ。珍しいな……」
「まあ、アイツのことは今はいいだろ。それよりも次に行くクエストの話なんだが――」
だが、視線を集めたのは一瞬のことだけで、すぐにギルド内には喧噪が戻った。スルーしてもらえたようでなによりだ。入り口の向かい側にカウンターがあり、上に看板がぶら下げられている。まるで銀行のようだな。そして、カウンターには端から端まで恐らく制服であろう服を着た女性が座っている。見た目を重視しているのか、綺麗な人ばかりが並んでいる。えっと、登録登録っと……あった、一番右側のカウンターか。
登録のカウンターにいたのはまさに新入職員ですと言わんばかりに緊張して顔に貼り付けた笑みが強張っている女性だった。肩まで伸ばした茶色の髪がよく似合っていた。しかしこの人カウンターの前に来た俺にすら気づかないほどガッチガチに緊張している。せっかくの綺麗な顔が台無し……とまではいかなくとも少し崩れている。
「あの、すみません」
「ひゃ、ひゃい! なんにょご用でしょうか!?」
いかん、笑いをこらえろ俺。今笑ったら絶対に駄目だ。彼女は今緊張の中頑張っているんだから笑っちゃ駄目笑っちゃ駄目……。
「くくっ」
我慢できずに笑ってしまった。職員のお姉さんよ、許せ。俺は悪くない。
「し、失礼しました! コホン、登録カウンターへようこそ。なんのご用でしょうか?」
まだ声が少し震えているが、緊張は少しだけほぐれたようだ。顔が強張っていない。
「いえ、こちらこそ笑ってしまいすみません。冒険者登録をしたいのですが」
相手をリラックスさせるために、物腰柔らかに接する。正直に言って俺の方も美人さんと話をしているわけだから緊張している。その自分の緊張をほぐすことも兼ねて職員のお姉さんに笑みを向ける。
「冒険者登録……えっ? でも坊や? まだあなた子供よね?」
俺の姿が子供であることを認識したからか少し喋り方が柔らかくなった。というか、子供って冒険者になれないの? だったら俺詰み始めてるんだけど。金がない状態で暮らせるわけがない……。
「はい。冒険者になるためにここに来ました。子供は登録できないんですか?」
「いいえ、登録できない訳ではないわ。でも、冒険者って基本的に自己責任だから……坊や、考え直した方がいいんじゃない?」
……なんとなく外見が子供っていうだけで舐められている気がする。やっぱり口調はいつも通りの方がよかったか? 口調を元に戻して話を続けようと言葉を考え、口からだそうとした瞬間、後ろから肩を叩かれた。そういえば《空間把握》を切りっぱなしだったな。そして後ろを向くと、金属製のチェストプレートを着けて腰に剣を携えている筋肉ムキムキのスキンヘッドのマッチョが現れた。
「じゃあさ、イリスちゃん。俺がこの坊主をテストしてやるよ」
「マクベルトさん? でもこの子はまだ子供だし……」
「男なら最初は誰でも冒険者に憧れるもんよ! かくいう俺も昔助けて貰った冒険者の人に憧れて冒険者になったんだ。だから、俺がテストするんだよ」
このおっさん凄くいいことを言っているように聞こえるけど、同じ男の俺には分かる。このマクベルトとかいうおっさんはイリスさんの気を惹こうとしているだけなのだと。なぜ分かるかって? このおっさんの鼻の下が伸びてるからだ。小さくなって下から覗くようになるととんでもなく分かりやすい。
「テストするのはいいですけど、怪我だけはさせちゃ駄目ですからね。絶対にですよ」
「分かってるって。俺とイリスちゃんだけの約束だよ!」
なんか俺の意思が全く入らないところで勝手に話が進んでいってるんだが。俺はこの気持ち悪いおっさんにテストと称して届かない恋への踏み台にされるのだけは絶対に嫌だ。そうこうしている内に二人の間だけで話が纏まってしまった。
「よし、行くぞ坊主」
半ば無理矢理肩をつかまれて部屋の左側の扉から外に連れて行かれた。もうこうなったらひねり潰すしかないか。最初はこんなテンプレ展開はないと思って安心しきっていたのに……。
*******
新入冒険者のテスト。これでいいところを見せればイリスちゃんも俺の方を向いてくれるに違いない!その作戦を練った俺ことマクベルトは天才だと思う。俺が格好良く坊主をあしらってこれまた格好良くアドバイスなんかをかけてやればイリスちゃんは俺にぞっこんになること間違いなしだぜ!
「よし! どこからでもかかってこい! 坊主!」
まずは格好良く自信があることを宣言。これでみんなの視線を集めて知名度もアップだ。
「今、どこからでもって言ったよな? じゃあ遠慮なく行かせて貰うぞ」
相手はたかが十歳前後の坊主だ。俺が負けるなんてことは絶対にありえない。坊主の攻撃を軽く受け止めてあしらって終わり。簡単なお仕事だ。そう考えたのが運の尽きだった。
「じゃあ行くからな。《加速》」
坊主がそう言った瞬間に俺の視界から坊主がかき消えた。そして、側頭部に衝撃が――。
俺の記憶はそこまでしかない。
*******
どこからでもかかってこいと言われたので俺の動きそのものと動体視力、演算能力を全て《加速》した。以前の山を下ったときとは違い、自分で自分が速くなっていると認識はできない。が、その代わりに周囲の景色がスローモーションになった。体も普段通りに動かせる。山下りの時もこうしておけば良かった。そしてそのままおっさんの横から走り込み、側頭部に蹴りを入れてやった。
「おらっ!」
ゴスッという鈍い音が聞こえた。蹴ったのは蹴ったがきちんと加減はしたぞ。俺自身の力は門番の股間部を軽く殴った時に分かってるからな。思いっきり蹴ったら頭がもげかねない。
蹴りを入れた後は《加速》を解除。そのまま着地。解除した瞬間におっさんが横に吹っ飛んでいった。ざまあみやがれ。なんだかすっきりした。おっさんの俺を踏み台にしようという意図が見え見えだったからかは分からないが。おっさん気絶したけど大丈夫だろ。ただ、まだ問題は残っている。俺自身がすっきりしたのはいいが、とんでもない速さで動いて蹴りを入れたわけだ。となるとその後についてくる問題は当然――。
「坊や、あなた何者なの?」
――観客の疑問だ。おまけにあのおっさん大声で叫んでたから注目集めまくってたし。
「ただの冒険者志望の男の子です」
とにかく俺はそうしらを切るしかなかった。
*******
「えっと、名前は『ハル』ね?」
「ああ、ハルであってる」
「はい、ハル君。これギルドカードね。なくしちゃ駄目だよ」
「ありがとう。あと君付けはやめてくれ」
「幾らハル君が強いと言っても私からしたら年下の男の子だし……」
「じゃあもういいや……。まあ、イリスさん、今後ともよろしく」
「うん! よろしくね! 何か困ったことがあったらなんでもお姉さんに聞いていいからね」
「そのときはよろしく頼む」
なんでもお姉さんに聞いていい、ねぇ……。最初の慌てようからして俺がサポートすることの方が多くなると思うんだがな。
とりあえず、なんとかごり押しで乗り切った。いや、乗り切ってはいない。また新しい問題が生まれた。なんとあのおっさん冒険者ランクとかいうやつがそれなりに高い人……中堅冒険者だったらしい。そして、そのランクがDのおっさんを倒せた俺は当然ながらD以上の実力を持っていることになる。いわゆる飛び級というやつだ。俺のギルドカードに書かれているランクは『D』。イリスさんによると、本来はランクFから始めてだんだんとランクを上げていくはずなんだが、まさかのテストでランクDの冒険者を倒してしまったため特別措置を執らせて貰ったとのこと。なんでも、そうしないとギルドのメンツが丸つぶれなのだとか。ランクを上げる手間が省けたのはいいが、おかげで一気に注目の的だ。ギルドの気持ちも分からなくはないが、俺の方の気持ちも考えて欲しいものだ。
「それじゃあランクSSS冒険者を目指して頑張ってくださいね」
何度も練習したであろう言葉と笑顔。肝心の笑顔が苦笑いに見えるのは俺の目の錯覚だろう。そう信じよう。ギルド内の人たちの奇異の視線にさらされながら俺はギルドの大きな扉を開けてギルドを後にした。
三月九日金曜日:微修正入れました。