表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/5

その三 はじめてのはんざい

 ドアを開けた俺を出迎えたのは、真っ白な雪が舞い、雪にまみれた木が立ち並ぶ一面の銀世界だった。


「綺麗だな……」


 そんな言葉が知らず知らずのうちに口から出ていた。だが、そこで俺はある違和感を覚えた。積もるほど雪が降っているにも関わらず、全く寒くないのだ。いくらローブを纏っているとはいえ、一切寒さを感じないのはおかしいと思い、自分の体を見下ろしてみると、服の赤いラインの一部が淡く光っていた。


(この服には温度調節効果のような物があるのか。便利だな)


 改めてアレクシアに心の中で礼を言いながら、俺は今後の方針について考えた。いざ生きると決めたものの、実際のところ方針が全く決まっていないのだ。周囲を見渡すと、どうやらここは山の上らしいということだけが分かる。


(とりあえず山を下るか。考えるのは降りながらでもできるしな)


 そして俺は山を下り始めた――。



*******



 ――ところまではよかったのだ。なんとも不幸なことに降りている途中に日が落ちてしまい、あたりが真っ暗になってしまった。


「街に着くどころか、山すら下り切れてないじゃないか……。困ったな、どうしようか」


 宿泊道具なんて持っているわけでもないし、このまま降りるとしても明かりが服のラインがぼんやり光っているものだけでは心許ない。


「こんなとき魔法が……。そうか! 魔法だよ魔法!」


 俺は時魔法を使えるはずなのだから、魔法で時間を朝にしてしまえばいいのでは? という考えが頭に浮かんだのだが、すぐにその考えが失敗だったと思い知ることになる。


(時間そのものを変えるんだから詠唱はあった方がいいよな)


「時よ、我が御魂の命に従い、世界の時を我が意のままに動かしまえ。《時間操作》」


 教えて貰ってはいないが、何となくのイントネーションが魔法の効果と一致していれば魔法は発動するとのことだったので実際に使ってみたところ、俺の体を襲ったのは朝の日差しではなく途轍もない脱力感だった。


「ぐぅっ……」


 そして脱力感に襲われた後はすぐに気を失ってしまった。あれが魔力切れというやつだったんだろうか――。



*******



「なあアレクシア」


「なんだい? ハル。次の日の朝に連絡をしてくるなんて。まあ、ボクとしてはキミと話すのは楽しいからいいんだけど……。何か問題が起こったのかい?」


 翌朝。俺は即座にアレクシアに連絡を取り、昨日の夜起こったことを話した。


「そんなの当たり前さ。世界の時を止めて自分だけが動けるようにすることや、自分自身の時を早めてスピードを上げる、動体視力を上げる、演算能力を上げる程度は時魔法でキミが行える範疇さ。でも、世界そのものに干渉するとなると、止める以外の『早める』、『巻き戻す』なんていう芸当は神にしか出来ないよ」


「そうなのか……。てっきり簡単にできるもんだと思ってたんだが」


「まあ時を操って早く朝を迎えることは無理でも、キミ自信の体感時間を遅くすることで早く朝が来た、と錯覚させることならできたと思うけど。でも、今の方法はあくまで周囲に危険がないときに限られるけどね。まあ世界に干渉する魔法はせいぜい時を止める程度が限界ってことぐらいは覚えておいてね。『早める』、『巻き戻す』っていう魔法そのものを発動させることはできても魔力が絶対に足りないんだから」


「了解した。今後は気をつけるよ」


 結構本気で焦ったからな……。まさか旅立った初日に魔力切れでぶっ倒れるとは思ってなかった。だが、これでどうすれば日が落ちる前に街にたどり着けるかが分かった。自分の時を早めてスピードを上げればよいのだ。そうすれば日が落ちる前に街にたどり着けるし、宿を探す時間もあるだろう。そう考えた俺はさっそく通信を終了して、自分の時を早め、山を下ることにした。


「《加速》」


 そう唱えると、一気に心臓の動きが体感で五倍近くになった。だが、苦しくはない。試しに手を握ったり広げたりしてみると途轍もな速さで手が動いた。これが『加速している状態』なのか。


(じゃあ行くか)


 そして俺は走り出す――が、足の動きが想定よりも速すぎる。何度も躓き、よろけて転びそうになりながら山を下った。



*******



 色々考えながら山を下っているとあっという間に山を下り終えた。日もそんなに落ちていない。躓きながらでもこの速さで下りられるなら、慣れたらもっと速く下りられるのだろう。凄いな時魔法。汎用性も高そうだ。

 あと、山を下っているうちに見つけたトンデモ魔法がある。空間魔法の《空間把握》だ。周囲の状態を分析することで、不意打ちを防げたりするんじゃないかという程度の思いで使ってみたんだが、これが凄いのなんのって周りの生き物の位置が分かるわ、どこに木がどれぐらいの高さで生えているのかが分かるわ、どの生き物が俺に対して敵対意思を持つのかが分かるわでとんでもなく便利だった。ただ、便利だったことに驚いて一回だけこけてしまった。しかし、空間魔法も時魔法も便利すぎる。おまけにこの体。いくら走っても疲れそうにない。そりゃあ走りすぎたら疲れるだろうけど、今のところはそんな感じもない。これはもう無双できるんじゃなかろうか。

 そして、俺はようやく街らしきものを見つけた。山の麓にあるだだっ広い平原に高い城壁に囲まれたものがあるのだ。あれはいわゆる城下町ってやつだろう。なんだかわくわくしてきたぞ。モンスターはいると聞かされてても今のところ見たことはないし、魔法は簡単に使えるしでファンタジー感あんまりなかったからなぁ……。とりあえず城壁にある門のようなところまで行ってみる。


「おっと危ない忘れるところだった。時魔法を解除しておかないと」


 周りから奇異の視線で見られたら困るからな。山を下りているときに一度足下を見たのだが、足がとんでもない速さで動いていた。傍から見れば凄い勢いで足を動かしながら移動している子供にしか見えないだろうからな。最初から目立つのは避けたい。この世界に冒険者的なアレがあるのかは知らないが、モンスターが出てくる、剣と魔法のファンタジーとなれば冒険者稼業に近い物があるのはほぼ確定だろう。いや、むしろないと困る。正直この体で稼げそうな職業といったら思い当たるのが戦闘関係しかない。あとは……地球の料理で宿にでも売り込みに行くか?

 考え事をしている内に門らしき物の前まで来てしまった。結構賑わってるな。とりあえず俺は人の波に乗っかって列に並んだ。あ、入国料とかいるんだろうか? ヤバイ。金なんて一銭も持ってないぞ。そうこうしている内に俺の番が回ってきた。


「ギルドカードを提出してください」


 鎧を身に纏った門番らしき人物が俺に何度も繰り返したであろう定型文を投げかけてくる。言葉は理解できるんだな。よかったよかった。急に訳の分からない外国語を話されたらどうしようかと思った。


「すみません。ギルドカードは持っていないんです。入国料とかって必要なんですか?」


 努めて笑顔で、丁寧な口調で俺は門番に話しかけた。ありがとう日本の教育! 敬語を勉強してて助かったと思ったことは今以上になかった。


「ギルドカード未所持者は入国料として銅貨三枚を提出してください。お持ちですか?」


 やっぱりそう来たか……。ここは言いくるめるしかないか? いや、一国の門番がそうそう簡単に通してくれるとも思えない。とにかくやるだけやってみるか。


「いえ、持っていません。田舎の出でして、職を探そうと遠路はるばるやってきたのですが――」



*******



 簡潔に結果だけを伝えよう。無理でした。やっぱり門番さんは門番さんだった。払えないのでしたらお帰りくださいで一蹴された。というか銅貨って……。金銭価値が全く分からない。しかし、入れないんだったらアレしかないな。アレだ。


「密入国だ」


 思わずニヤリと笑ってしまう。ちょっとわくわくしてきた。どんな方法で入ってやろうかな……。そこで俺は朝のアレクシアとの会話を思い出した。


「世界の時を『巻き戻す』ことや『進める』ことは無理だが、止めることなら出来るって言ってたな」


 時を止めて入るか。それが一番いいだろう。ローブを纏ってフードも被っていたからか、顔は見られていない。こいつは好都合だ。思い立ったが吉日と言うし、早速行動に移そう。


「時よ、我が御魂の命に従い、世界の時を止めたまえ。《時間停止》」


 俺が詠唱を終えて魔法を発動させると、俺を中心にして周りの景色の色が反転した。うっ、気持ち悪。気づけば、並んでいた人たちも全く動く気配がないし、鳥が空中で静止している。


「本当に時間が止まってるのか……。いや、今はそんなことより入国だ。急がないと。いつ魔法が切れるかも分からないし」


 先ほどの門番の目の前に立っても、静止した門番はなんの反応も示さない。なんかむしゃくしゃしたので股間部を軽く殴っておいた。これぐらいなら許されるだろう。そして、何事もなく門を通り、街の中に入った。近場の路地に入り込み、《時間停止》を解除した。


「うぐぉぉぉぉぉぉ!」


 解除した瞬間に門の方から男の悲痛な叫びが聞こえてきたが、俺は知らん。関係ないぞ。そそくさと俺は路地を出て大通りに戻った。俺が初めて入った国をようやく見ることが出来る。街並みはいわゆる中世ヨーロッパのようなアレだった。和風建築なんてものは片鱗すら見えない。完全な洋風の街だ。だが、今は観光なんてしてる暇はない。さっきの門番は『ギルドカード』と言っていた。となると、この世界にはギルドなるものが存在していることになる。それが商業ギルドのようなものだけなのかどうかは分からないが、冒険者ギルドに似たものがある可能性もある。とにかく調べてみるか。



*******



 調査はあっという間に終わった。それも街の探索を始めて五分ほど経った時に、一際賑わいを見せる大きな建物があった。これまた大きな建物に大きな看板が出ており、そこに書かれていた文字は『冒険者ギルド』。見たこともない文字だったが、まるで英語を日本語に訳すときのように――いや、それ以上にさらりと読めた。あとでアレクシアに聞いてみるか。多分『脳みその言語機能を司る部位に直接言語情報を~』なんていう答えが返ってくるんだろうな。


「そのとーり! キミは察しがいいね!」


「だろう? 今の推理は自分でも結構上手く出来たと……は?」


 俺のポケットのあたりから聞き覚えのある声。そういえば通信機器なわけだし向こうからも連絡が取れるのは当たり前だが……こいつ今俺の心を読みやがったのか?


「アレクシア? 今俺の心を読んでなかったか? 声には出してなかったはずなんだが」


「ボクは神様だよ、とだけ言っておくよ。まあ実際はテレパシーなんだけどね。ボクがなんて言うかを予想してたんでしょ? でも、このテレパシーあんまり使い勝手が良くないんだよね……。キミが、自分の体に対して何らかの疑問点があるときだけしか発動しないんだ。ちぇっ。どうせなら心を全部完璧に読めるようにしておけばよかったや」


 神様すごい。というか結局全部言ってるじゃないか。あと、全部読むのは本当に勘弁してくれ。


「それよりさっきの『そのとーり!』は俺の推理が当たってるってことでいいんだよな?」


「そうだよ。異世界に放り出しても困らないようにしておいてあげたんだからもっと感謝して崇めたたえたまえ! はーっはっは!」


 なんでだろう。ポケットの中に入っているだけだから、ホログラムは見ていないのに、ない胸を張っている姿が容易に想像できる。


「用件はそれだけか? 心が読めるっていう自慢話だけなら切るぞ」


「釣れないなぁ、ハルは。まあいいや。用件は、推理が当たっていることの報告と、自慢話。それだけだよ。じゃあね! 異世界生活頑張ってね!」


 言いたいことだけ言って切りやがった。やりづらいったらありゃしない。まあ、あの門番よりはましだけど。そんなことを考えつつ、俺は冒険者ギルドの大きな扉を開けて、建物の中に足を踏み入れた。

 「金が必要→でもその一で金貰う描写してない→密入国にしよう」

みたいな行き当たりばったりの描写してるのでろくな伏線も張れません。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ