その二 プレゼントを貰って旅立ちました。
やっと旅立ちます。他のヒロインは街に着くまで待ってください。
「か、神?」
「うん。神。神様。ゴッド。分かった?」
言葉の意味は分かる。文章の意味が分からない。目の前の幼女が、神様? このなんの貫禄も胸もない幼女が?
「ボクは『つくる』ことに長けた神なんだ。世界を創る、物質を作る、船を造る、キミの体を造る。『つくる』ことに関してはこの世界に居る誰よりも、どの神よりも得意なんだ」
「んむむむ……まあ、分かった。で、その神様が俺なんかをこの異世界に呼び出して何をさせたいんだ?」
「え? いや、何もないよ」
二人の間を沈黙が包む。いや、まあ俺が返答すればいいだけの話なんだが、全く予想していなかった答えが飛んできたものだから少し呆然としていた。
「何もない? それじゃあなんのためにこんな体を造ったんだ。目的がないのに造るのはおかしいだろう」
「それならあるよ。ボクは今まで何体か義体を造ってきた。でも全部人間と比べて大きすぎたんだよ。だから、今回キミの体を造った目的は義体の小型化。できるかぎり小さいものを造ろうとしたんだ」
「小さいもの……ってことは」
「多分キミの考えてることであってると思うんだけど、キミは今小さいよ。具体的に言えば……えーっと人間で言う『10歳』ぐらいの大きさかな。そして、体はボクが造ったものだから成長もしない。大きくならない。死にもしない。つまり、キミはこれからずっとその大きさってことさ。まあ口で説明するより実際に見て貰った方が早いか。『我、創造主なり。我が命に従い、かの物体をここに具現化させたまえ。《物体生成》』」
するとアレクシアの目の前に鏡が出現し、俺の姿を映し出した。そこに映っていた俺の姿は前の世界とは全く違う。髪は赤く、目は左右の色が違う。これは赤色と青色だろうか? 着ている服も黄土色の麻で出来た服だ。着心地が若干悪い。俺が鏡を見たことを確認したアレクシアが腕を横に振った瞬間、俺の目の前にあった鏡が光の粒になり消え失せた。魔法って凄いな。
ふふんと自慢げにない胸を張り、どや顔をしながらこちらを見てくる。俺が、これからずっと背丈がこのまま……いや、でも別にそこまで問題もないか。恐らく俺はこの世界で生きていくんだろうけどそこまで生活に支障が出るとも思えない。
「あれ? なんだかそこまで驚いてないみたいだね? ちぇっ、もうちょっとびっくりしてくれてもいいのに」
どや顔がふて腐れた顔に変わった。コロコロ表情が変わる。面白いなこの神様。
「まあ別に困ることもなさそうだしな。まあ目的は分かった。それで、俺はこれからどうすればいい?」
「好きに生きてくれて構わないよ。外にでてモンスターと戦うもよし、国を目指すのもよし、魔法を使うもよし」
「モンスター? そんなのもいるんだな。初耳だぞ」
「あれ? 言ってなかったっけ?」
そんな恐ろしいものがいることを忘れるなよ……。これじゃあ命がいくらあっても足りないぞ。ってそういえば俺死なないんだったな。
「おっと危ない危ない忘れるところだった。モンスターの話題で思い出したよ」
そう言ってアレクシアは俺の手を――取った。物理的に。もぎ取ったのだ。だが痛みはない。俺が呆気にとられているとアレクシアは俺の手に自分の手をかざし、なにやら呪文のようなものを唱え始めた。
「我、創造主なり。我が命に従いかの物に魔と神の祝福を。《魔掌》(ましょう)」
アレクシアがまた別の呪文のようなものを唱え終わった直後。俺の手が光を発し始めた。そして一瞬俺の視界を光が埋め尽くし、その光がはれたときに俺の手は――。
「……」
見た目は何も変わっていなかった。さっき取られたときの手のまま。
「はい、返すね」
俺の手がまたくっつけられた。……事実なのに違和感しかない。
「何が変わったんだ? 今、呪文のみたいなものを唱えていたが……」
「キミの手に《魔掌》(ましょう)という武器をくっつけた――いや、付与した? うーん……まあ、そんな感じのことをしたんだよ。いくら体が強靱で基本的には死なないとはいっても武器もない状態で右も左も分からない異世界に放り込むのはいくらなんでも酷いと思うからね。あ、そうそう。使い方も教えなくちゃね」
「ふむ。どうやって使うんだ? ついでに魔法の使い方も教えてもらえると助かる」
「合点承知! ではでは一から十までこのボクが手取り足取り教えて差し上げましょう!」
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話された内容は、纏めるとこうだ。まず《魔掌》(ましょう)とかいう武器は俺自身が魔素――魔法で言う原子みたいなもの――に触れるとその魔素が内包する属性を魔掌内に記憶、魔法を擬似的に使えるようになる武器、とのことだ。実際は腕そのものが魔素の塊となり痛覚を遮断、そこに魔力を注ぐことで腕の体積を増やし、その増えた分の魔素を操る。そのようにして擬似的に使うそうだ。一種類の魔法に対して一回だけだが臨時の防御手段としても使えるらしい。相手の魔法の魔素を吸収、属性を記憶し、魔法を無力化、という風にだな。
ただ、教えて貰うのはよかったんだが、いかんせんあいつの教え方が雑すぎる。魔力の注ぎ方や操り方を教えるときも――
「えっと、こう、体の内側にあるものを体全体に、ギュイーンって回す感じ!」
――擬音ばかりでとても分かりづらかった。まあ、最終的に理解できたからよかったんだが。次からはもっと具体的に説明するように言っておいた。
そして一番俺が驚いたのは魔法の使い方だ。どうやらこいつがさっきやっていたような『詠唱』は俺には必要ないらしい。実際に空間魔法の《瞬間移動》を試したんだが……。
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アレクシアは俺を部屋の隅っこまで連れてくると、魔法の使い方を教え始めた。
「じゃあまずは空間魔法の《瞬間移動》を試すからね。ハルオミが最初から持っていて全く変わらないものは……魂かな? じゃあ今から呪文を教えるから、きちんと唱えてね」
アレクシアはこほんと可愛らしい咳払いを一つしたあと、真面目な顔になって詠唱を始めた。
「空間よ、我が御魂の命に従い、我が身をかの場所へ運びたまえ。《瞬間移動》」
アレクシアが詠唱を終えた。しかし、彼女は移動していない。
「今アレクシアは詠唱をしたはずなのに何故魔法が発動していないんだ? 俺の目には全く動いてないように見えるんだが……」
「そんなの当たり前じゃないか。ボクら神には魂が存在しないんだから、ない魂が操った魔力で魔素が反応を示してくれるわけないじゃないか。ほら、ボクが詠唱するときは『我、創造主なり』って言ってたでしょ? 魔力を使って魔素に命令を下して魔法を発動させるときは、自分が持っている普遍的なものから命令を下さなきゃ。それが、ボクは『創造主』という肩書き、ハルオミは前世から変わらない『魂』っていうだけのことさ」
「なるほど、分かりやすい説明だった。ありがとう。それで、俺はさっき教えて貰った物をそのまま読み上げればいいんだな?」
「そうだよ。ただし、自分が今から何をするのか、何をしたいのか、どんな現象を引き起こしたいのかをしっかりとイメージすること。これが一番大切だよ。瞬間移動の場合は自分がどこに移動したいのかをイメージするんだ。そうだな……今回は、あの椅子の前まで移動することをイメージしてね」
アレクシアのその言葉を聞いた俺は一度深呼吸をしてから詠唱を始めた。
(椅子の前……俺は詠唱を終えて魔法を発動させたら椅子の前に瞬間移動する)
「空間よ、我が御魂の命に従い、我が身をかの場所へ運びたまえ。《瞬間移動》」
そして詠唱を終え、魔法を発動させた俺が立っていた場所は――
「むぐぅ!」
――小屋の壁の中だった。
「これは……ハルオミ君の元々の想像力が高かったのかな? これなら詠唱は必要なさそうだね」
(そんなことは今はどうでもいいから早く助けてくれ-!)
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アレクシア曰く「想像力が豊かなら、特に詠唱などで想像力を高める必要はないんだ。想像して魔法名を口にする、もしくは念じるだけで魔法は発動するよ」とのこと。別段想像力が高かったような覚えはないんだが……まあいいか。役に立つのは立つんだからな。でも詠唱とかかっこよかったしちょっと楽しみにしてたんだが、壁にめり込むようなリスクがあるなら詠唱は控えておこう。とりあえず体のあちこちが痛い。半ば無理矢理壁の中に入り込んだからだろうか? 神造義体と言えども痛みはあるんだな。
「どう? そろそろ落ち着いたかい?」
アレクシアが俺の顔を下からのぞき込んでくる。胸元が無防備すぎて心配になってくるなコイツ。
「ああ、ありがとう。もう大丈夫だ」
「よかった。ところで、いつ頃出発するんだい? どのみちこっちで生きるんだから、この小屋に引きこもりっきりってわけにもいかないでしょ?」
それもそうか……体の痛みも引いてきたしそろそろいいか。
「そろそろ出ようと思う。色々ありがとな、アレクシア」
「どういたしまして。ハルオミ君。……じゃあ異世界に旅立つハルオミ君におねーさんがプレゼントをあげましょう!」
(おねーさん? 胸も威厳もないのに?)
口から出かかったそんな思いを抑えつつ、アレクシアからのプレゼントを俺は待った。
*******
「はい!まずはこれね」
そう言って満面の笑みと共に渡されたのは、黒地に赤のラインが入った服と黒い布……いやこれも服か。立ち上がってその布を広げてみると、いわゆるローブというやつだった。
「お、服か。ありがとう。助かる」
「生活を送る上で衣服は必須だからね。今のキミも全裸って訳じゃないけど、その服よりこっちのほうがいいでしょ?」
正直に言って俺が今身につけている服はあまりいいものとは言えない。けっこうがさつくし、さっき壁にめり込んだせいで若干ぼろぼろだ。早速服を着替え始めると、アレクシアは二つ目のプレゼントを出してきた。
「じゃじゃーん! 二つ目はこちらです!」
着替え終えた俺が受け取ったのは、円盤状のなにか。これに至っては本当になんなのか分からない。UFOか?
「なんだ? これは。今まで見たことないんだが」
「それは通信装置。まあ、魔導道具ってやつだね。魔力を流せば対応する魔導道具と通信が出来るのさ。ほら、こんな風に……」
アレクシアは俺が持っている円盤を空間から取り出し、魔力を流し始めた。やっぱ便利だな空間魔法。収納機能もあるなんて。
俺がそんなことを考えていると俺の手元の円盤とアレクシアの手元の円盤両方に変化が起きた。突然青白い光を発しだしたのだ。かと思うと、今度はその円盤からアレクシアの姿が出てきた。これは、あのホログラムというやつだろうか。
「なるほど。こいつは便利だな。これでアレクシアに連絡をとればいいんだな?」
「別に毎日連絡することを強要するわけじゃないけど、一月に一度は連絡が欲しいかな。こっちからも連絡は出来るし、いつでもキミを見られるんだけど、出来ればキミの方から連絡が欲しいな」
「分かった。ところで、今『一月』って言っていたがこっちの日付などはどうなっているんだ?」
「キミの世界とほとんど変わらないよ。強いて言うなら呼び方ぐらいじゃない? 教えようか?」
「頼む。今がどの時期なのか把握ぐらいしておけるようにならないとな」
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簡潔に纏めよう。一月は光の月、二月は氷の月、三月は土の月、四月は風の月、五月は水の月、六月は雷の月、七月は火の月、八月は炎の月、九月は地の月、十月は闇の月、十一月は邪の月、十二月は聖の月という風に変わっているらしい。なお、曜日に関しては特にないが、恐らく土曜日が陰の日、日曜日が陽の日という程度だろう。時間や一年間の長さも変わりはない。元々が地球とほぼ同じなのだから当然と言えば当然だが。
「それじゃあ、次のプレゼントは……これです!」
次に俺に渡されたのはベルトに手の大きさぐらいの革製の鞘らしきものがくっついたこれまた謎の物。
「これはなんだ? 見たところ鞘のようだが……剣もナイフも何も入ってないぞ」
「それは、魔力を流すことで魔力でナイフを生成する魔導具さ。魔力がある限り無尽蔵にナイフは生成できるけど、生成した魔力ナイフは時間経過で消滅する。使い道は……あれだ、暗殺とかに使えるかもね」
こいつ今あっけらかんとした表情で暗殺って言いやがったぞ。幼女が暗殺って……ギャップが凄いんだが。ただ、『無尽蔵に生成できる』ってことは武器が尽きる心配がないってことだ。そこに関しては大変ありがたい。
「プレゼントはこれで全部か? ありがとう。じゃあ俺はそろそろ……」
「待って待って。あともう一個あるんだよ。だから、もうちょっとだけ待って? お願いだから」
「いや、待つのは構わないんだが。それで、最後のプレゼントってのはなんだ?」
「ボクがキミに最後にプレゼントするのは『名前』さ」
「名前? いや、でも俺にはちゃんと晴臣という名前が……」
「違うよ。この世界ではクサワケハルオミなんていう名前は存在しない。まず、苗字を持つのもミドルネームを持つのも貴族だけ。キミは貴族じゃないでしょう? そして、ハルオミなんていう名前をつけるような文化じゃないんだから。この世界でつけられる名前は『アルフレッド』とか『クロムウェル』とかそんな名前ばっかりさ」
なるほどな。外国人っぽい名前が多い中、俺みたいな名前は目立つってことか。
「というわけで、今日からキミの名前は『ハル』だ。これなら他の大勢の中にはいっても不自然じゃない。それに、呼びやすいしね」
「ハル、か。前の世界でのあだ名と変わらないが、悪目立ちするよりはいいか。ありがとう」
「どういたしまして。さあ! これでボクからのプレゼントは全部渡した。新しい世界に旅立つといいよ。ハル」
「ああ。行ってくる。アレクシア。色々ありがとな。まあ、今後も世話になると思うが」
「大丈夫だよ! ボク、キミのことは嫌いじゃないからね。さ、行ってらっしゃい」
「いってきます」
一人暮らしだった俺が誰かにいってきますなんて言ったのはいつぶりだろう。なんだか嬉しいな。そんな嬉しさに浸りながら、俺は小屋のドアを開け、新しい世界へと旅立った。
ハルという名前はHALからつけました。名前考えるのも一苦労ですね。あと貴族以外は苗字もミドルネームも持っていないという設定にしたのは単に登場人物の苗字を毎回考えるのがめんどくさいだけです。(メタ)