平穏には逆が付く
自然と言うのは、
時として人を癒し、時として人に牙を剥く。
それは、自然だけに限った話ではない。
神も、人間関係も全てが全て、時として癒し、ときとして牙を剥くのだ。
「早くしないと置いていきますよ〜?」
「あはは♪だってさ優多!よし!競争だ!」
「二人とも元気ですね」
と、
桃香・無限・優多の3人は、香花界の北北東にある木と丘以外何もない大草原に来ている。
それにしても、桃香と無限の二人は元気だ。
昨日まで、残業に追われていた僕の事を考えて欲しかった…。
「さてと、ここら辺でいいんじゃないかな?」
「あ!いいですね〜」
二人は何か同意していた。
「何しているんですか?」
「あ、優多さん。そろそろお昼にしましょう♪お弁当たくさん作っているんです!」
桃香は、ブルシートを敷きながら話していた。
そして、次々と、まあまあ大きいタイプの弁当箱を包みから出している。
1個…2個…3個…4個………10個!?
おい待て、これ3人で食べきれるのか?
弁当のおかずを見てワクワクするどころか弁当箱のお数を見て心配した。
そして、同時に無限が弁当箱の蓋を開け始めた。
1個目、おにぎり、サンドウィッチの主食系。
2個目、唐揚げ、海老フライ、コロッケなどの揚げ物系と卵焼き。
3個目、煮物。
4個目、スパゲティ、ハンバーグなどなど
5個目、サラダ。
6個目、寿司、ちらし寿司などなど海鮮系
7個目、お好み焼き、たこ焼き。
8個目、うどん、そば、などの麺類。
9個目、味噌汁。
10個目、ミネストローネ。
…最近の弁当ってのは、つゆ物まで入れるのかな?
それにしても、結構力が入っている。
「す、凄い量ですね…食べきれるかどうか…」
「お先いただきまーす」
無限…あんたは“待つ”って言葉を知らないのか?
無限は、待ちきれなかったようで、いただきますを一人でやって、一人で先に食べてしまった。
そして、卵焼きを口に入れた瞬間、目を輝かせ、
「ウマーーーイ!優多!これ滅茶苦茶美味い!」
ここまで、彼は子供のようだが、見た目でも子供にしか見えないが、
本当は僕よりもずっと年上で、ものすごく強く、地位も物凄く大きい。
その証に、この香花界という多世界の中心の世界で、主をやっている。そして、いろいろな世界の情報も知識も豊富だ。
「良かった〜ささっ!優多さんもどうぞお食べください!特にこの煮物!始めて作ったんですが、いい出来ですよ!」
そう言われ、豪勢に盛られた皿を差し出され、受け取り、大好物の唐揚げを一口食べた。
口に入れた瞬間、肉のうまみが衣と肉汁と一緒に、広がっていき、外側カリカリの衣がサクッといい音を立て、内側トロッとした衣があっさりととろけていく。
いくら大好物の唐揚げでも、10個くらいになれば、肉や揚げ物系の油で気持ち悪くなってくる。
だが、この唐揚げは口に入れた瞬間肉が、肉汁と一緒にさっぱりと溶けて、同時に肉の風味もスッと消えていく…
本当に何個でもいけそうなくらい美味しい…
そうすると今度は、卵焼きを次は、おにぎり…と、優多の箸は止まらなかった。
と、桃香はそんな優多を見て、物凄く嬉しそうだった。
「そんなに美味しかったですか!」
「ええ…いままで食べてきたものよりも断トツで美味しいです」
「桃香は凄いな〜あ、明日から夜ご飯優多と一緒に頼むよ〜」
「ええ!本当ですか!ありがとうございます!」
あれから約30分程経ち、弁当箱が根っから空になった。
「いや〜お腹いっぱい!やっぱり桃香にしといて正解だったかな〜」
「それ、僕に作らせなくて良かったってことですか?」
「いやいやいや♪そんなんじゃないよ」
本当にありえなかった。
あれだけ詰め込まれていたおかずがペロリと平らげられてしまうとは、考えられなかった。
「あ、そういえば無限さんっ!…って寝てるし…」
「主様ってやっぱり時として、幼い子供っぽくなりますよね」
時として…僕の場合は毎日なんだけど…
「それにしても、今日はこのような時間を作ってくださり、本当にありがとうございました」
「いえいえ、たまには息抜きも大事ですからね。弁当…美味しかったです」
ふと、
その場に風が吹き、
やがてその風は脅威となり、
それが人々の心に強く焼きつけられ…
「何やってんですか?」
「それは、こっちの台詞。なんでブルシートなんか敷いているんだい?」
「ピクニックです」
彼の名は、狐巻夏枯草。
万事の裏側を見通す能力をもっており、
狐妖怪で、13歳。人間の年では1500歳と、妖怪の中でもまだまだ年下だ。
そして、弱い。妖怪として、あまり修行していないためか、力が弱く会う人会う人フルボッコにされる。
だが、夏枯草がフルボッコにされるのは弱いのが原因なのではなく、その“眼”で万事の裏側を見透せるため、嫌われているからだ。
だから、ここの草原に住み、四六時中ずっと絵を描いている。
たまに、資料書の挿絵を描いてもらっているため、すっかり顔は馴染んだ仲だ。
「そうかい。そうかい。それじゃあお隣失礼するよ」
と、夏枯草が隣に座り、顔を見ようと振り向いた時、夏枯草の頬に深い傷を負っているのが見えた。
「夏枯草さん!」
「へにゃ?」
「その傷どうしたんですか!」
そうすると夏枯草は微笑み
「なんでもないぞい。気にするな!」
そしてまた夏枯草を見ると、傷は頬だけではなく足にも腕にも手にも同じく深い傷を負っていた。
だんだんと、夏枯草の顔が曇り、「実は…」と話を切り始めた。
「病気なんぞ。絶対に治りなんかせん。
今、伝染病とう物が流行とうらし。じゃけ、この病気、妖怪にしかかからへんのじゃ。じゃからこの病気に苦しんどる輩がたったいるんぞい」
夏枯草は上を向き、目を手で隠した。
指の間からは、涙が静かに流れていた。
「本当は痛いんじゃ…たっけてくれんじゃろか?」
それからは、もう夏枯草は喋らなかったし、体勢もそのままだった。
何分か経って、夏枯草はそこを挨拶もなしに、去っていき、いつの間にか寝ていないのは、陣之内 優多ただ一人だった。
他はみんなスヤスヤと寝ていた。
「無限さ〜ん起きて下さ〜い」
午後5時。外は暗くなってきた。
優多は無限を叩き起こした。
「ん?なんか肌寒いね〜」
目を覚まし、起き上がったが寒いらしく、体を両手で擦り暖めている。
そう言えば少し肌寒くなったような気がする。隣に寝ている桃香も起こし、館に向かった。
道中、こんな話をした。まあ、単なる世間話だけど…
「ねえ優多」
「はい」
「最近、伝染病が流行っているようだね」
「そうですね。自然と深い切り傷ができる意味不明なものですが…」
「切り傷…」
その時、ふと無限は、思った。
この世に新しく病原菌ができることは絶対にありえない。
それなのに、新しく伝染病が流行るなんておかしい。
これはやはり、また新たな“能力者”が誕生したのかもしれない。
そう思い、無限は優多に聞いた。
「ねえ優多」
「はい?」
無限は真面目な顔をして言った。
「ここ最近、何かおかしなことなんてなかった?例えば…新しい能力者が
ー誕生したー
とか…」
すると、さっきまで進めていた優多の足が突然止まった。
「優…多?」
顔が暗く、影になってあまり表情を確認できない。
「ねえ優多?聞こえてる?」
何度の呼びかけにも反応しない。
そして今になって、おかしいことに気がついた。
館に帰る途中の林道だけではなく、香花界自体“静かすぎる”。桃香なんてあれから“一言も喋らない”。何よりすぐ見えるはずの、香花館が“全然見えてこない”。それに流れを見ようとしても、なぜか“見れない”それどころか、能力を使えない。
なぜだ…?『恐怖』という『恐怖』が、自分の脳裏を彷徨っている。
それは、感情ではない“なにか”。
身体が締め付けられまともに身動きが取れない。
呼吸も少しずつ辛くなっていく。
ふと、優多と桃香の方を見る。
無限はその光景に身体が震え上がった。
その姿はまるで、操り人形のよう。ぎごちない動きだった。
「ゆ、優多?ど、どうしちゃったの?その…」
ギギギギギギギギギギギギギギギ
ぎこちなく首をこちらにひねり始めたが、明らかに音が変である
ギギギギギギギギギギギギギギギギギギ…
優多の顔がこちらに向いた。
真っ暗だった。
優多の顔に“表情”が無ければ目や鼻、口も眉毛も何もかも顔のパーツは全て無くなっていて、代わりにそこには、優多の顔面は、
“小さなブラックホール”
そのまんまだ。
顔面崩壊などそんなレベルではない。
ブラックホール。極めて高密度かつ大質量で、強い重力のために物質だけでなく光さえ脱出することができない天体である。
優多の顔面は、
中心に白い光が球状で浮いており、その光に向かって小さな“ゴミ”を吸い込んでいた。
ゴミがそこに吸い込まれれば、やがって消えて無くなる。
だんだん、ブラックホールが近づいてきた。
その度、吸い込む力が強いのを実感できる。今にも吸い込まれそうだ。
無限の服や髪は、ブラックホールの方向に靡いている。
そして、桃香の方を見る。
無限は震えが止まらなかった
優多と同じく、顔面は“ブラックホール”と化し、こちらに寄ってきた。
2人。桃香はそのままこちらにゆっくりと歩いてきて、優多は身体を回して、首を戻した後こちらに桃香同様にゆっくりとこちらに歩いてきた。
一歩…二歩…三歩…
だんだんとその距離は縮まる。
それに、体の締め付けは悪化していき少しでも動かすだけでもない激痛が走る。
呼吸も、しにくくなっている状況だ。
明らかに、このままだと…
ー死ぬー
七歩…八歩………
気づけば、僕の服に擦れ合うか合わないかのところにいた。いや、絶対に擦れ合うことなんかない。
だって気付けば、両腕が、
『無くなっているんだから』
両者に吸われ続け、数分もしないうちに上半身の左右が綺麗にえぐられていた。
死ぬ…死ぬ…死ぬ!
とうとう、下半身も吸い取られ、頭部に達した。
痛みなんてない。だが、それが一番恐い。
嫌だ…嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ
『嫌だァァァァァァァァァァァァァ』!
そして、ふっとその声は無くなったのと同時に、無限の頭部は、綺麗に無くなった。




